アリーが人気があって嬉しいです☆
*****
君のかけら 5
蓮の明らかに高級車だと一目見てわかる車の助手席に乗せられた。
『わ!!凄い!!ふかふか!!』
『ちゃんとシートベルト閉めてね?』
『うん!』
シートベルトを閉めたアリーが顔を上げると、蓮の顔がすぐ側に近づいてて驚くが、そっと目を閉じた。
唇に優しく触れる感触は、心に暖かい温もりを与える。
それがくすぐったくて、幸せで自然と笑顔が零れた。
それでも少し困った顔で蓮を見つめる。
『もうっ!不意打ちなんて…』
『ごめん。なんか君がそこにいるのが嬉しくって。』
『なにそれ!変な蓮!』
『うん。変でいいよ。』
蓮はそう言って、もう一度唇を合わせてきた。
車窓から流れ行く景色を見ながら、ガラスに映る蓮の顔を思わず盗み見てしまう。
そして赤信号で止まると『アリー?』と呼ばれてハッとなる。慌てて振り返ると、またキスをされた。
その後も赤信号で止まるたびにキスされて、いくらなんでもし過ぎじゃない?とつっこんでしまった。
でも、蓮はそんな言葉にも嬉しそうに顔を崩して笑った。
蓮に連れられて入ったマンション。最上階のワンフロア丸ごとが自分の家だと聞いて開いて口が塞がらない。
ちょっと待っててね?と通された広いリビングで、何をしていいかわからず、ソファに座ったまま背筋を伸ばして思わずキョロキョロしてしまった。
ーーーここが、蓮の家…なんだ。
そう思いながら見回していると、不思議な感覚になった。初めて来たはずなのに、何故か初めて来た気がしないのだ。
立ち上がって家具を一つ一つ見て行く。
磨かれて、整理整頓された完璧な部屋。モデルルームのように綺麗で、生活感がまるでない。
しかし、蓮を知っていれば、こんな部屋がしっくりくるのも頷けた。
ーーーあの顔で、狭くて汚い部屋とか想像も出来ないもんね。
そうして一つ一つの家具を確認するように部屋を巡ると、リビングのすぐ横のキッチンに目が向いた。
『あれ?ここ…。』
何だか懐かしいような、そんな気がした。
中に入って、棚を開ける。
冷蔵庫の中が気になって開けると、そこには期限の切れたマヨネーズや味噌などの調味料が入っていてずっと使われていないということがわかった。
冷凍庫も開けてみると、霜がついたまま放置されてる食材と、タッパーに詰められた料理が少しだけ残っていた。
他の棚にも期限が切れた食材や調味料が沢山あり、そこだけ空間が何年か前に止まったままになっているようだった。
『そういえば、大切な人を事故でなくしたって…そっか…。』
きっとここは、その大切な人のテリトリーだったのだ。だから、物を動かしたくなかったのだろう。片付けることが出来なかったんだろう。
アリーは胸が詰まった。
蓮は今もまだ、その人のことを思い続けているのだろうか?
リビングに戻ると、小さめの真新しい冷蔵庫があった。
その中にはミネラルウォーターやアルコール、栄養ドリンクが所狭しと並んでいる。
『蓮ったら、こんなのばっかりなのね。』
アリーは淋しそうに微笑んだ。
蓮を探そうと立ち上がると、ちょうどタイミング良く蓮がリビングに戻ってきた。
『蓮!!』
そう言って飛びつくと、蓮は驚いた顔をしたのち、嬉しそうに微笑んで抱きしめかえしてくれた。
『アリー』
ぎゅぅぅと抱きしめてくる蓮は何処か淋しさを埋めようとしている気がした。
そっと蓮を見上げて、切ない気分になる。自分が蓮の心の傷を埋めることは出来ないかもしれない。それでも、力になりたいと思った。
蓮の首に腕を回すと、アリーは初めて自分から蓮に唇を合わせたのだった。
『ねぇ、途中パン屋に寄れるかしら?』
スタジオに向かう道すがらアリーが蓮に聞いた。
『あ、お腹すいた?そうだよね。どこか寄ろうか。』
『うん。どこかある?』
『確か、この先にあったはずだよ。』
そう言って、辿り着いたパン屋で蓮も降りようとするのでアリーは慌てて止めた。
『私が行くから蓮はここで待ってて。』
『何で?俺も行くよ。』
『ダメよ。蓮が行くと騒ぎになるでしょ?ちゃんと日本のお金も持ってるもの。だから、いい子に待っててね。』
そう言って、渋る蓮に唇を合わせると、蓮は仕方ないなというように苦笑した。
『わかった。すぐ戻ってきてね。』
『うん。』
蓮の分と自分の分のサンドウィッチと飲み物を購入して、車に戻る。
すぐに車を発車させた蓮に横からサンドウィッチを差し出す。
『はい。蓮の分。持ってるから食べて。』
蓮はおとなしく言われるがまま口を開き、アリーの手から施される朝食を運転しながらキチンと噛み締めたのだった。
朝から食事をキチンと取ったのも久しぶりな気がした。
「おー!蓮!!来たか!!今日もギリギリだぞっ…と、え?!アリー?!」
「おはようございます。社さん。アリーを見学に連れて来ちゃいました。」
『おはよう。社!今日はよろしくね!』
『う、うん!こちらこそ!』
社はアリーに返事をしながら蓮をジロリと睨みつけた。
「おい!蓮!!どういうことだよ!!」
「すみません。社さん、今日だけなんで…よろしくお願いします。」
「いや…だからさ…何で朝から一緒に…はーーー。まぁいいか。わかったよ。いいけどさ!でも、アリーは…ジムの…」
社は心配して蓮の目を覗き込んだが、蓮は心配いりませんとばかりに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ジムにも了承頂いたので。」
「なら…いいんだけど…」
何についての了承を得たのかもよくわからない。とりあえず腑に落ちないまま社は渋々同意するしかなかった。
『今日は?何撮るの?』
『ドラマだよ。サスペンス。』
『蓮が刑事役なんだ。』
『へー!楽しみ!』
ニコニコと楽しそうな笑顔で微笑むアリーに蓮同様、社の空気も和む。
ーーー本当に、キョーコちゃんが帰ってきたみたいだ…。はぁー。これでアリーの目が緑じゃなかったらなぁ~。
社は嬉しいような、残念なような気分になりつつも、蓮の嬉しそうな笑顔を見て、とりあえずは見守ることに決めたのだった。
「あ、そうだ。社さん。アリーは男性恐怖症みたいなんです。だから、俺の撮影中は気をつけて見てていてくれますか?」
「え?あ、そうなのか?わかった。」
「よろしくお願いします。」
「あぁ。任せろ!」
社はそう言って蓮を送り出した。
『わぁぁ!!凄い!!蓮、かっこいいー!!』
ーーーラブミー部のキョーコちゃんだったら絶対に言わない言葉だな。
社はアリーの反応を見て苦笑してしまった。
そして気付く。どうやら自分はアリーをキョーコと比べてばかりいるようだ。
ーーーそれは流石に…アリーに失礼だよな…。
そう思って、気を引き締める。
しかし、じゃあ蓮は…どうなのだろう?
もしかして、アリーにキョーコを重ねて見たりしてないだろうか?
社の中で少しだけ不安が生まれた。
蓮は、まだアリーがキョーコだと確信を持てたわけではない。キョーコに結びつく手掛かりが少ない中でそう決めつけるのは危険だということもわかっている。
他人の空似ということも充分に考えられるのだ。
昨日は確かめに行ったはずなのに、思わぬアリーの辛すぎる出来事を知り、キョーコなのかどうかを確認することなど出来なかった。
昨日話を聞いたあの夢の話が、ただの夢だったらまだいい。
だけど、それが現実に起こったことだとしたら?
そんな過去を無理矢理アリーが思い出して、何の得があるというのだろう。
アリーの過去を無理に思い出させるような行為はアリーにとって酷な気がして蓮は確かめる術をなくしていた。
それでも、今 目の前にいるアリーがキョーコだとしても、そうじゃなかったとしても、ありとあらゆる危険からアリーを守りたいというように、蓮の気持ちは固まっていたのだった。
カットが掛かると、蓮はアリーのいるところに真っ直ぐ戻ってきた。
「お疲れ。蓮!!」
「社さん、ありがとうございます。」
社から差し出されたタオルとミネラルウォーターを手に取って、アリーに微笑みかける。
『どうだった?』
『すっごく良かった!!蓮カッコ良かったわよ!!ドラマってこんな風に撮るのね!!CMとも違って何だか感動!!』
アリーの称賛する言葉を聞きながら、ペットボトルの水を飲む。
『CMは15秒の世界だけど、ドラマは1時間あるからね。』
蓮は蕩けるような笑顔でアリーをみて、頭を撫でる。
『またCMとは違った面白さがあるんだ。』
『素敵ね。私もやってみたいわ。』
『きっと出来るよ。アリーなら。』
そう言う会話を交わす蓮とアリーの甘い雰囲気に、社は二人を交互に見て、まさか!!と蓮に物言いたげな視線をぶつけた。
「なんですか?社さん…?」
「ちょっと来い!!」
無理矢理アリーから蓮を引き離し、端に寄って、蓮にこっそりと問う。
「もしかしてお前!!アリーに…」
「あーー。社さん、そこ突っ込まないでもらえますか?」
恥ずかしそうに頬を染めて、そっぽを向く蓮の胸ぐらを掴み、社は牙を向く。
「お前、正気か?!アリーはジムの恋人だって言っただろ?!何手を出してんだよ!!しかもまだ出会って三日しか経ってないじゃないか!!キョーコちゃんに似てるからって、そんなことしていいと思ってるのかよ!!」
「失礼な。最上さんに似てるからって、そんなことするわけないじゃないですか!!」
「じゃあ何でだよ!それ以外にお前がアリーに手を出す理由なんて…」
「…愛してるんです。アリーを…最上さんの代わりとしてじゃない、アリー自身に惹かれたんです。」
「おま…本気…なのか?キョーコちゃんのことは…もういいのか?」
「……。今は、アリーを守りたい。言えるのは、それだけです。」
「そうか…」
「それと、ジムについては…ちゃんと決着をつけたので…。俺とアリーを認めてくれました。」
「え?!あんなに…仲良さそうだったのにか?」
「色々…あるんですよ。」
蓮はそれ以上言わなかった。
社は暫くジト目で蓮をみていたが、やれやれと諦めたように息を吐き出した。
「ふーん。まぁ、ならいいけど、で?それつけたのアリーだろ?」
社はトントンと自身の首元を指で叩いた。
「え?!」
蓮は慌ててその場所を手で隠した。上手く隠して来たつもりだったが、見られていたとは思わなかった。
「さっき、タオルで拭いた時、取れたんだよ!始まる前に、隠して来いよな!!」
「は、はい!ちょっとすみません。いってきます。アリーをお願いします。」
そんな蓮をやれやれと見送って、社はアリーに声を掛けた。
蓮と社がコソコソと話している間、アリーの耳には女優の囁き声が聞こえて来ていた。
「ちょっと!何あれ!!今のみた?!」
「蓮の微笑んでるとこなんて久しぶりにみたー!!」
「あの子、何者?」
「あ、モデルのアリーだって!さっき、蓮のマネージャーさんが言ってたわ。今、蓮とのCMの共演で海外から来てるんだって!」
「なんかさ、何処と無くだけど京子に似てない?」
「え?京子って、あのタレントの事故にあって亡くなったって言う…あぁー、言われてみれば似てるかもー!そっくり!!」
「でしょ?!何かさ、蓮と並んでるからか、余計にそう見えるんだよねー!」
「あぁ、仲良かったもんねー!蓮と京子!一時期付き合ってるんじゃって噂出てたぐらいだし!」
「それがさ、蓮の片想いだったって噂があんのよ!知らない?」
「え?!知らない!!なにそれ!そんな情報あったの?!」
「ほら、あの事故の後からじゃない?蓮が笑わなくなったの…」
「あぁ、言われてみればそうかも!あの事故の報道があってから傍目からみてもわかるくらい元気なくしたよね?」
「そうそう、だからさ、あの子を見る目がさ、なんか京子と重ねてる感じするのよね。」
「まぁ、元好きな子にそっくりな子が突然目の前に現れたらそうなるわよ!」
「なんか、気の毒っていうか、なんというか…。蓮も苦しいかもしれないけど、相手の子もちょっと可哀想よね?同情しちゃう。」
「あぁ、代わりにされちゃってるのがね…それは可哀想かも…。でも、似てるのって容姿くらいじゃない?あと全然似てないよ?」
「そうだけどさ、やっぱり容姿って大事だと思うのよね。そこにいてくれるだけで、京子が帰ってきたような気になってるんじゃないのかな?」
「あー。それあるかもね。」
そう言う彼女たちの会話が聞こえる中、急に後ろから社に声をかけられアリーは飛び上がって変な悲鳴をあげてしまった。
『アリー?どうかした?』
『え?いえ、何にも…』
『そう?何か…具合悪そうだけど…』
『ぜ、全然!!平気よ!…あ、それより…蓮は?』
何とか動揺を誤魔化したくて社だけで姿の見えない蓮をキョロキョロと見回した。
『あ、蓮は今メイク直しに…』
『そう…。』
アリーはそれから黙った。
頭の中では先ほど聞いた会話がぐるぐると巡っていた。
日本語なんて勉強してないはずなのに、何故か会話の内容が全て聞き取れてしまったのだ。
どう言うことだろう?自分が『京子』に似てるって…。
だから、蓮は会いに来てくれたのだろうか?
だから、抱いたのだろうか?『京子』の代わりとして…?
いつも、微笑み掛けてくれるのはどうして?
その顔は…誰をみてるの?
ーー『君がそこにいるのが嬉しくて』
車の助手席でそう言って嬉しそうに笑った蓮。
信号で止まるたびにキスしてくれたのは、『京子』に重ねてたから?
足元が崩れる。ガラガラと音を立てて。
『社…京子って知ってる?』
『…?!えっ?!あ、アリー、キョーコちゃんのこと…知って…?!』
京子という単語を聞いた瞬間、明らかに動揺した声、それだけで答えとしては充分な気がした。
社を絶望的な目でみていたアリーの背後から声がまた掛かった。
『アリー』
その優しい声の響きは、『京子』のもの?
その笑顔も…力強い腕の中も…あの車の助手席も…キッチンも…全部…?全部…私が、『京子』の代わり?
アリーは涙が溜まった目でゆっくりと蓮を振り返った。
柔らかく微笑んでいた蓮の表情が心配そうな顔に変わる。
『アリー?!どうかした?!何かあったのか?』
ーーー近寄らないで!触らないで…!!私は…京子じゃない!!アリーよ!!アリーなの!!
アリーは首を振って、一歩、二歩と蓮から離れるように下がった。
『アリー!』
駆け出した瞬間、背後から呼び止めようとする声が聞こえたが、それを吹っ切って、アリーは走った。
走って走って走って、それでーーー。
ーードンッ!!
「うわっ!!」
『きゃあ!!』
「んだよ!お前あっぶねーな!ちっとは気をつけ…ってお前…!!キョー、コ…?!」
『違う…違う…京子じゃない…私は…』
「おいっ!!待てよ!!お前!!キョーコ!!」
『いや!!やだ!!離して!!』
「待てって!暴れんなよ!!俺だよ!!」
力強い腕に掴まれてうんともすんとも言わない。
振り払おうにも、ふりほどけない。
ーーーやだ!!怖い!!怖い!!怖い!!助けて!!助けて!!敦賀さん!!!!
『アリー!!』
蓮が廊下の向こうから現れた。
その姿を見た瞬間、安心して身体から力が抜けた。
「その子は最上さんじゃない!!不破!!アリーを離せ!!」
突然力を失い倒れそうになったアリーと、蓮の言葉に驚いて不破がアリーの手を離した瞬間、倒れる寸での所で、蓮に抱きとめられた。
その瞬間、ふわっと意識が途切れる。
蓮の温もりに包まれて、アリーは意識を深く沈めたのだった。
(続く)
*****
予想外に出てきた松太郎!
でも出番は少しです☆
拍手コメのお返事ためちゃってますので、後日纏めてさせていただきますねー!
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君のかけら 5
蓮の明らかに高級車だと一目見てわかる車の助手席に乗せられた。
『わ!!凄い!!ふかふか!!』
『ちゃんとシートベルト閉めてね?』
『うん!』
シートベルトを閉めたアリーが顔を上げると、蓮の顔がすぐ側に近づいてて驚くが、そっと目を閉じた。
唇に優しく触れる感触は、心に暖かい温もりを与える。
それがくすぐったくて、幸せで自然と笑顔が零れた。
それでも少し困った顔で蓮を見つめる。
『もうっ!不意打ちなんて…』
『ごめん。なんか君がそこにいるのが嬉しくって。』
『なにそれ!変な蓮!』
『うん。変でいいよ。』
蓮はそう言って、もう一度唇を合わせてきた。
車窓から流れ行く景色を見ながら、ガラスに映る蓮の顔を思わず盗み見てしまう。
そして赤信号で止まると『アリー?』と呼ばれてハッとなる。慌てて振り返ると、またキスをされた。
その後も赤信号で止まるたびにキスされて、いくらなんでもし過ぎじゃない?とつっこんでしまった。
でも、蓮はそんな言葉にも嬉しそうに顔を崩して笑った。
蓮に連れられて入ったマンション。最上階のワンフロア丸ごとが自分の家だと聞いて開いて口が塞がらない。
ちょっと待っててね?と通された広いリビングで、何をしていいかわからず、ソファに座ったまま背筋を伸ばして思わずキョロキョロしてしまった。
ーーーここが、蓮の家…なんだ。
そう思いながら見回していると、不思議な感覚になった。初めて来たはずなのに、何故か初めて来た気がしないのだ。
立ち上がって家具を一つ一つ見て行く。
磨かれて、整理整頓された完璧な部屋。モデルルームのように綺麗で、生活感がまるでない。
しかし、蓮を知っていれば、こんな部屋がしっくりくるのも頷けた。
ーーーあの顔で、狭くて汚い部屋とか想像も出来ないもんね。
そうして一つ一つの家具を確認するように部屋を巡ると、リビングのすぐ横のキッチンに目が向いた。
『あれ?ここ…。』
何だか懐かしいような、そんな気がした。
中に入って、棚を開ける。
冷蔵庫の中が気になって開けると、そこには期限の切れたマヨネーズや味噌などの調味料が入っていてずっと使われていないということがわかった。
冷凍庫も開けてみると、霜がついたまま放置されてる食材と、タッパーに詰められた料理が少しだけ残っていた。
他の棚にも期限が切れた食材や調味料が沢山あり、そこだけ空間が何年か前に止まったままになっているようだった。
『そういえば、大切な人を事故でなくしたって…そっか…。』
きっとここは、その大切な人のテリトリーだったのだ。だから、物を動かしたくなかったのだろう。片付けることが出来なかったんだろう。
アリーは胸が詰まった。
蓮は今もまだ、その人のことを思い続けているのだろうか?
リビングに戻ると、小さめの真新しい冷蔵庫があった。
その中にはミネラルウォーターやアルコール、栄養ドリンクが所狭しと並んでいる。
『蓮ったら、こんなのばっかりなのね。』
アリーは淋しそうに微笑んだ。
蓮を探そうと立ち上がると、ちょうどタイミング良く蓮がリビングに戻ってきた。
『蓮!!』
そう言って飛びつくと、蓮は驚いた顔をしたのち、嬉しそうに微笑んで抱きしめかえしてくれた。
『アリー』
ぎゅぅぅと抱きしめてくる蓮は何処か淋しさを埋めようとしている気がした。
そっと蓮を見上げて、切ない気分になる。自分が蓮の心の傷を埋めることは出来ないかもしれない。それでも、力になりたいと思った。
蓮の首に腕を回すと、アリーは初めて自分から蓮に唇を合わせたのだった。
『ねぇ、途中パン屋に寄れるかしら?』
スタジオに向かう道すがらアリーが蓮に聞いた。
『あ、お腹すいた?そうだよね。どこか寄ろうか。』
『うん。どこかある?』
『確か、この先にあったはずだよ。』
そう言って、辿り着いたパン屋で蓮も降りようとするのでアリーは慌てて止めた。
『私が行くから蓮はここで待ってて。』
『何で?俺も行くよ。』
『ダメよ。蓮が行くと騒ぎになるでしょ?ちゃんと日本のお金も持ってるもの。だから、いい子に待っててね。』
そう言って、渋る蓮に唇を合わせると、蓮は仕方ないなというように苦笑した。
『わかった。すぐ戻ってきてね。』
『うん。』
蓮の分と自分の分のサンドウィッチと飲み物を購入して、車に戻る。
すぐに車を発車させた蓮に横からサンドウィッチを差し出す。
『はい。蓮の分。持ってるから食べて。』
蓮はおとなしく言われるがまま口を開き、アリーの手から施される朝食を運転しながらキチンと噛み締めたのだった。
朝から食事をキチンと取ったのも久しぶりな気がした。
「おー!蓮!!来たか!!今日もギリギリだぞっ…と、え?!アリー?!」
「おはようございます。社さん。アリーを見学に連れて来ちゃいました。」
『おはよう。社!今日はよろしくね!』
『う、うん!こちらこそ!』
社はアリーに返事をしながら蓮をジロリと睨みつけた。
「おい!蓮!!どういうことだよ!!」
「すみません。社さん、今日だけなんで…よろしくお願いします。」
「いや…だからさ…何で朝から一緒に…はーーー。まぁいいか。わかったよ。いいけどさ!でも、アリーは…ジムの…」
社は心配して蓮の目を覗き込んだが、蓮は心配いりませんとばかりに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。ジムにも了承頂いたので。」
「なら…いいんだけど…」
何についての了承を得たのかもよくわからない。とりあえず腑に落ちないまま社は渋々同意するしかなかった。
『今日は?何撮るの?』
『ドラマだよ。サスペンス。』
『蓮が刑事役なんだ。』
『へー!楽しみ!』
ニコニコと楽しそうな笑顔で微笑むアリーに蓮同様、社の空気も和む。
ーーー本当に、キョーコちゃんが帰ってきたみたいだ…。はぁー。これでアリーの目が緑じゃなかったらなぁ~。
社は嬉しいような、残念なような気分になりつつも、蓮の嬉しそうな笑顔を見て、とりあえずは見守ることに決めたのだった。
「あ、そうだ。社さん。アリーは男性恐怖症みたいなんです。だから、俺の撮影中は気をつけて見てていてくれますか?」
「え?あ、そうなのか?わかった。」
「よろしくお願いします。」
「あぁ。任せろ!」
社はそう言って蓮を送り出した。
『わぁぁ!!凄い!!蓮、かっこいいー!!』
ーーーラブミー部のキョーコちゃんだったら絶対に言わない言葉だな。
社はアリーの反応を見て苦笑してしまった。
そして気付く。どうやら自分はアリーをキョーコと比べてばかりいるようだ。
ーーーそれは流石に…アリーに失礼だよな…。
そう思って、気を引き締める。
しかし、じゃあ蓮は…どうなのだろう?
もしかして、アリーにキョーコを重ねて見たりしてないだろうか?
社の中で少しだけ不安が生まれた。
蓮は、まだアリーがキョーコだと確信を持てたわけではない。キョーコに結びつく手掛かりが少ない中でそう決めつけるのは危険だということもわかっている。
他人の空似ということも充分に考えられるのだ。
昨日は確かめに行ったはずなのに、思わぬアリーの辛すぎる出来事を知り、キョーコなのかどうかを確認することなど出来なかった。
昨日話を聞いたあの夢の話が、ただの夢だったらまだいい。
だけど、それが現実に起こったことだとしたら?
そんな過去を無理矢理アリーが思い出して、何の得があるというのだろう。
アリーの過去を無理に思い出させるような行為はアリーにとって酷な気がして蓮は確かめる術をなくしていた。
それでも、今 目の前にいるアリーがキョーコだとしても、そうじゃなかったとしても、ありとあらゆる危険からアリーを守りたいというように、蓮の気持ちは固まっていたのだった。
カットが掛かると、蓮はアリーのいるところに真っ直ぐ戻ってきた。
「お疲れ。蓮!!」
「社さん、ありがとうございます。」
社から差し出されたタオルとミネラルウォーターを手に取って、アリーに微笑みかける。
『どうだった?』
『すっごく良かった!!蓮カッコ良かったわよ!!ドラマってこんな風に撮るのね!!CMとも違って何だか感動!!』
アリーの称賛する言葉を聞きながら、ペットボトルの水を飲む。
『CMは15秒の世界だけど、ドラマは1時間あるからね。』
蓮は蕩けるような笑顔でアリーをみて、頭を撫でる。
『またCMとは違った面白さがあるんだ。』
『素敵ね。私もやってみたいわ。』
『きっと出来るよ。アリーなら。』
そう言う会話を交わす蓮とアリーの甘い雰囲気に、社は二人を交互に見て、まさか!!と蓮に物言いたげな視線をぶつけた。
「なんですか?社さん…?」
「ちょっと来い!!」
無理矢理アリーから蓮を引き離し、端に寄って、蓮にこっそりと問う。
「もしかしてお前!!アリーに…」
「あーー。社さん、そこ突っ込まないでもらえますか?」
恥ずかしそうに頬を染めて、そっぽを向く蓮の胸ぐらを掴み、社は牙を向く。
「お前、正気か?!アリーはジムの恋人だって言っただろ?!何手を出してんだよ!!しかもまだ出会って三日しか経ってないじゃないか!!キョーコちゃんに似てるからって、そんなことしていいと思ってるのかよ!!」
「失礼な。最上さんに似てるからって、そんなことするわけないじゃないですか!!」
「じゃあ何でだよ!それ以外にお前がアリーに手を出す理由なんて…」
「…愛してるんです。アリーを…最上さんの代わりとしてじゃない、アリー自身に惹かれたんです。」
「おま…本気…なのか?キョーコちゃんのことは…もういいのか?」
「……。今は、アリーを守りたい。言えるのは、それだけです。」
「そうか…」
「それと、ジムについては…ちゃんと決着をつけたので…。俺とアリーを認めてくれました。」
「え?!あんなに…仲良さそうだったのにか?」
「色々…あるんですよ。」
蓮はそれ以上言わなかった。
社は暫くジト目で蓮をみていたが、やれやれと諦めたように息を吐き出した。
「ふーん。まぁ、ならいいけど、で?それつけたのアリーだろ?」
社はトントンと自身の首元を指で叩いた。
「え?!」
蓮は慌ててその場所を手で隠した。上手く隠して来たつもりだったが、見られていたとは思わなかった。
「さっき、タオルで拭いた時、取れたんだよ!始まる前に、隠して来いよな!!」
「は、はい!ちょっとすみません。いってきます。アリーをお願いします。」
そんな蓮をやれやれと見送って、社はアリーに声を掛けた。
蓮と社がコソコソと話している間、アリーの耳には女優の囁き声が聞こえて来ていた。
「ちょっと!何あれ!!今のみた?!」
「蓮の微笑んでるとこなんて久しぶりにみたー!!」
「あの子、何者?」
「あ、モデルのアリーだって!さっき、蓮のマネージャーさんが言ってたわ。今、蓮とのCMの共演で海外から来てるんだって!」
「なんかさ、何処と無くだけど京子に似てない?」
「え?京子って、あのタレントの事故にあって亡くなったって言う…あぁー、言われてみれば似てるかもー!そっくり!!」
「でしょ?!何かさ、蓮と並んでるからか、余計にそう見えるんだよねー!」
「あぁ、仲良かったもんねー!蓮と京子!一時期付き合ってるんじゃって噂出てたぐらいだし!」
「それがさ、蓮の片想いだったって噂があんのよ!知らない?」
「え?!知らない!!なにそれ!そんな情報あったの?!」
「ほら、あの事故の後からじゃない?蓮が笑わなくなったの…」
「あぁ、言われてみればそうかも!あの事故の報道があってから傍目からみてもわかるくらい元気なくしたよね?」
「そうそう、だからさ、あの子を見る目がさ、なんか京子と重ねてる感じするのよね。」
「まぁ、元好きな子にそっくりな子が突然目の前に現れたらそうなるわよ!」
「なんか、気の毒っていうか、なんというか…。蓮も苦しいかもしれないけど、相手の子もちょっと可哀想よね?同情しちゃう。」
「あぁ、代わりにされちゃってるのがね…それは可哀想かも…。でも、似てるのって容姿くらいじゃない?あと全然似てないよ?」
「そうだけどさ、やっぱり容姿って大事だと思うのよね。そこにいてくれるだけで、京子が帰ってきたような気になってるんじゃないのかな?」
「あー。それあるかもね。」
そう言う彼女たちの会話が聞こえる中、急に後ろから社に声をかけられアリーは飛び上がって変な悲鳴をあげてしまった。
『アリー?どうかした?』
『え?いえ、何にも…』
『そう?何か…具合悪そうだけど…』
『ぜ、全然!!平気よ!…あ、それより…蓮は?』
何とか動揺を誤魔化したくて社だけで姿の見えない蓮をキョロキョロと見回した。
『あ、蓮は今メイク直しに…』
『そう…。』
アリーはそれから黙った。
頭の中では先ほど聞いた会話がぐるぐると巡っていた。
日本語なんて勉強してないはずなのに、何故か会話の内容が全て聞き取れてしまったのだ。
どう言うことだろう?自分が『京子』に似てるって…。
だから、蓮は会いに来てくれたのだろうか?
だから、抱いたのだろうか?『京子』の代わりとして…?
いつも、微笑み掛けてくれるのはどうして?
その顔は…誰をみてるの?
ーー『君がそこにいるのが嬉しくて』
車の助手席でそう言って嬉しそうに笑った蓮。
信号で止まるたびにキスしてくれたのは、『京子』に重ねてたから?
足元が崩れる。ガラガラと音を立てて。
『社…京子って知ってる?』
『…?!えっ?!あ、アリー、キョーコちゃんのこと…知って…?!』
京子という単語を聞いた瞬間、明らかに動揺した声、それだけで答えとしては充分な気がした。
社を絶望的な目でみていたアリーの背後から声がまた掛かった。
『アリー』
その優しい声の響きは、『京子』のもの?
その笑顔も…力強い腕の中も…あの車の助手席も…キッチンも…全部…?全部…私が、『京子』の代わり?
アリーは涙が溜まった目でゆっくりと蓮を振り返った。
柔らかく微笑んでいた蓮の表情が心配そうな顔に変わる。
『アリー?!どうかした?!何かあったのか?』
ーーー近寄らないで!触らないで…!!私は…京子じゃない!!アリーよ!!アリーなの!!
アリーは首を振って、一歩、二歩と蓮から離れるように下がった。
『アリー!』
駆け出した瞬間、背後から呼び止めようとする声が聞こえたが、それを吹っ切って、アリーは走った。
走って走って走って、それでーーー。
ーードンッ!!
「うわっ!!」
『きゃあ!!』
「んだよ!お前あっぶねーな!ちっとは気をつけ…ってお前…!!キョー、コ…?!」
『違う…違う…京子じゃない…私は…』
「おいっ!!待てよ!!お前!!キョーコ!!」
『いや!!やだ!!離して!!』
「待てって!暴れんなよ!!俺だよ!!」
力強い腕に掴まれてうんともすんとも言わない。
振り払おうにも、ふりほどけない。
ーーーやだ!!怖い!!怖い!!怖い!!助けて!!助けて!!敦賀さん!!!!
『アリー!!』
蓮が廊下の向こうから現れた。
その姿を見た瞬間、安心して身体から力が抜けた。
「その子は最上さんじゃない!!不破!!アリーを離せ!!」
突然力を失い倒れそうになったアリーと、蓮の言葉に驚いて不破がアリーの手を離した瞬間、倒れる寸での所で、蓮に抱きとめられた。
その瞬間、ふわっと意識が途切れる。
蓮の温もりに包まれて、アリーは意識を深く沈めたのだった。
(続く)
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予想外に出てきた松太郎!
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拍手コメのお返事ためちゃってますので、後日纏めてさせていただきますねー!
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