蓮キョ…ともちょっと違うお話?
*****
君のかけら 6
ふわふわと意識が漂う。
白い霧の中で、笑うのは顔の整った綺麗な男の人。
でも、その顔は霧で良く見えない。
『最上さん』
ーーー蓮?その声は蓮なの?…最上さんって誰?
『待ってるよ。いつまでも…。』
ーーー待ってるって…何を?どうして待ってるだなんていうの…?
『頑張ってきてね。戻ってくるの楽しみにしてる。』
優しい声が心をくすぐる。
そして場面が急に切り替わり、突然気持ち悪い男達の手が伸びてきて、アリーは恐怖で飛び起きた。
『アリー?!目が覚めたか!!』
『ッ!!』
部屋の端で壁にもたれかかっていたジムは、目覚めたアリーを心配して駆け寄ってきたのだがビクリとアリーの身体が思わず強張ると、すぐに察して立ち止まり、それ以上近付かないでくれた。
『アリー…気分は?』
『ジム…。大丈夫よ。ここは?』
『医務室だよ。アリー、何があった?また無理に記憶を思い出そうとしたのか?』
アリーは首を振った。
『ううん。混乱…したみたい。なんでかわからないけど…心配掛けてごめんね。ねぇ、蓮は?』
『あぁ、さっきまでここにいたんだけど、撮影で呼び戻された。』
アリーの身体には布団の他にジャケットがかけられていた。
そのジャケットからは蓮の香りがして、そばにいてくれているように感じて安心する。
恐らく蓮がアリーが目覚めた時のために置いて行ってくれたのだろう。
『私…蓮に謝らなきゃ…』
『あの様子ならまたすぐ来るだろう。大丈夫だよ。』
すると、外で揉めてるような声が聞こえた。
『外…騒がしいね?』
『あぁ、なんかわかんないんだけど、アリーのことを幼馴染だと勘違いしてるやつがいてさ、蓮のマネージャーが今外に出してるんだ。』
『それってさっきの人?』
『あぁ、お前が意識手放す時に一緒にいたやつ。』
『そう…なんだ。』
無意識に蓮のジャケットを抱き締める。
『蓮に…会いたい…』
小さく震えるアリーにジムは頷いた。蓮に『何かあったらここに。』と渡された番号にその場で電話をしてアリーが目覚めたと留守電を残す。
『すぐ来るだろう。大丈夫か?また…例の夢…見たのか?』
『うん。少し…。』
ジムは拳を握り締めた。アリーがパニックを起こすのでジムは近付いて慰めてやることも出来ない。それがずっと歯がゆいのだ。
『蓮はきっと、すぐ…来るから』
『うん…』
そんな言葉で慰めることしか出来なかった。
暫く無言だったが、ジムが口を開いた。
『そういえば、この撮影が終わったらお前はどうする?』
『え?』
『蓮と別れてあっちに…戻れるのか?』
『…………わからない。』
アリーは蓮のジャケットに顔を埋めて答えた。
『まぁ、あと1ヶ月はある。ゆっくり、考えたらいい。』
『ありがとう…ジム。』
ジムが留守電に連絡をいれてから10分程で蓮は現れた。
『アリー…』
ドアの側でアリーに呼び掛ける。
先ほど逃げられたので、近付くことを少し躊躇しているようだった。
『蓮…』
アリーが助けを求めるように蓮を見つめたので、蓮は駆け寄ってアリーを抱き締めた。
アリーもそんな蓮にしがみ付く。震えが段々と収まってくるのがわかった。
ーーーあぁ、私…震えてたんだわ。
蓮の腕の中で漸くそのことを自覚した。
『また、あの夢を見たの。』
蓮はアリーを抱き締めたまま黙って聞いた。優しい手が頭を守るように包んでくれる。
『蓮…ごめんなさい。貴方から逃げたりして…。』
『気にしなくていいんだよ。アリー。いいんだ。』
蓮の抱き締める腕に力が篭る。
『一つ…聞きたいの。私は…京子って人の代わりなの…?』
『?!誰がそんなことを…!!違う!!代わりなんかじゃない!!アリーはアリーだ。京…最上さんにも、アリーにも代わりなんていない!!俺にとってはどちらも…比べられないくらい、大切な人なんだ。』
『…最上、さん…?』
ーーーズキッ
頭に鈍い痛みが走った。
『そうだよ。誰から京子のこと聞いたのかわからないけど、俺は京子のこと、最上さんって呼んでたんだ。』
『最上…さ、ん…?うっ…うぅ…。』
アリーはその響きがどこか懐かしくて考えようとしたが、激しい頭痛と眩暈に襲われて、それ以上考えられなかった。
『アリー?!』
突然苦しみ出したアリーに狼狽えた蓮が声をかけると、ジムが蓮に教えた。
『アリーは記憶が混乱してるだけだ。大丈夫。すぐに収まる!』
蓮はジムに頷くと、アリーを安心させるように背中をポンポンと叩いた。
『大丈夫、大丈夫。大丈夫だから。』
呪文のように繰り返された優しい響きに、アリーは落ち着きを取り戻した。
『蓮…。』
『大丈夫。俺がずっと側にいるからね。』
そう言って、頭に口付けると、アリーは漸くふわりと微笑んだ。
『歩ける?』
『うん。』
そろそろ蓮がスタジオに戻らなくてはいけなくなったので、アリーもついて行くことにした。
ドアを出るとまだそこには不破が立っていた。
「さっきは…悪かったな。」
アリーを見て、罰が悪そうに不破が謝った。
『彼は、君がいなくなった幼馴染に似てるって思って手を掴んだみたいなんだ。悪かったって謝ってる。』
『そう。気にしないで。』
アリーの目の色を見て、不破もキョーコとは別人だと納得したようだった。明らかに肩を落として落胆していた。
『アリー行こうか。』
『えぇ。…ごめんなさいね?』
最後に不破に振り返り、アリーはそう声を掛けた。
その日の夜、アリーはホテルではなく蓮の家に来ていた。
アリーが蓮の為に料理を作りたいと言ったからだ。
蓮が料理を出来るのかと聞くと、初めて作るということだった。
ジムの家にはプロの料理人が雇われていて、いつも食事はその人が作ってくれていたようだ。
それでも、アリーが自分の為に進んで何かしようとしてくれるのが嬉しくて、蓮はお願いすることにしたのだ。
キッチンにアリーを案内して、蓮は洗面所へ向かった。
ここ数日嵌めっぱなしになっていたコンタクトを取り、新しいのに付け替える。
そして、片目を外して何気なく鏡を見たとき、蓮の背中に衝撃が走った。
黒と碧色の瞳…二色の瞳を見た瞬間、蓮はある可能性に行き着いたのだ。
震える手で新しいコンタクトを嵌める。
自分自身に落ち着くように言い聞かせて、蓮は逸る心を抑えてアリーのいるキッチンへ向かった。
何か手伝えることはないかと聞きながら、蓮はアリーに意を決して問いかけた。
『そういえば、その目の色って…自前?』
『え…?』
『あ、いや…ごめん。何と無く…。』
聞き返されたことで、自分があまりにも些細な可能性にすがりつこうとしていたことに気付いてしまった。
『いえ、いいけど…何で自前じゃないってわかったの?』
『え?!自前じゃないの?!本当に?!』
『うん。』
蓮は動揺が隠せない。
もしかして、本当の本当に…?でも、何で目の色を変える必要があったんだ?
バコバコと煩くなる心臓を落ち着けて、冷静さを保つように心がける。
『何で…変えてるの?その目の色に…』
『あぁ、これは…、ジムの妹のアリーの瞳の色なの。もちろん髪の色もね。何と無く、アリーとして過ごすならこの色がいいかなって思って目にはコンタクトを入れてるのよ。』
蓮はやっぱり…と内心で思った。
「役作り、か?」
思わず日本語で呟き、アリーを見る。
「アリー、俺の日本語…わかる?」
アリーは驚いたように目を見張ったあと、コクリと小さく頷いた。
「やっぱり…日本語…わかるんだね。」
『自分でも戸惑ってるの。勉強してなかったのに、何でわかるんだろうって…。』
「最上さんって名前に聞き覚えがあるの?」
先程の名前に反応を示したアリーを思い出して、蓮は問いかけたのだが、アリーは力なく首を振った。
『わからない…の。』
『そうか…』
蓮はさみしそうに微笑んで、気持ちを切り替えるように話を変えた。
『で?何を作ってくれてるの?』
『このハンバーグ!!美味しそうだなって。』
アリーはレシピを指差して嬉しそうに言った。
そんなアリーを蓮は微笑ましく眺める。
『ハンバーグ…か…。アリーは初めて作るんだろ?』
『んーでも、何と無くだけど、手順がわかってる気がするのよね。』
そういいながら、アリーはすでに野菜を刻み終わっていた。
『早いし…綺麗だね。』
野菜の大きさも均等に刻まれており、それを見た蓮は目を見張った。
やはり、キョーコなのではないだろうかという思いが益々深まる。
アリーがキョーコでも、キョーコでなくてもいいと思ってはいるが、キョーコでいて欲しいという気持ちもやはり捨て切れないのだ。
キョーコが生きていてアリーとして戻ってきたのなら、そんなに素晴らしいことはない。
テキパキと料理をするその後ろ姿はキョーコの時と同じだ。
レシピも開いているのに、殆ど見ずに身体が覚えているかのように料理をこなしていた。
あっという間にスープと付け合わせまで作ってしまった。
そうしているうちにお米も炊き上がり、ジューっという美味しそうな音ともに香りが広がる。
久しぶりに、暖かい食事の匂いが部屋に満ち、蓮は蕩けるような目でずっとアリーを見続けていた。
そんな蓮の姿に気付いて、アリーが怪訝な顔をする。
『蓮?そんなとこに突っ立って見てないで、お皿準備してくれない?』
姿はキョーコなのに、その口から飛び出る言葉はアリーのもので思わず笑ってしまった。
『あ、うん。そうだね。』
『何、笑ってるの?変な蓮。』
そう言って、二人で和気あいあいと食事の準備を整えた。
『いただきます。』
『どうぞ、召し上がれ。』
作ってくれた料理を口に運ぶと、蓮は驚いて吹き出しそうになった。
『え?!蓮、大丈夫?!』
『ごほっ!ごほっ!!んっ。ごめ…』
そう言って、蓮は慌てて水を口に含んだ。
アリーもそんな蓮の様子に訝しみながら恐る恐る一口食べると、蓮同様、吹き出しそうになってしまった。
『何これ!辛っ!!そして酸っぱい!!』
『くく。アリーはまだまだ修行が必要だね。』
『あー。調味料の量間違えたのかしら?ごめんなさい、蓮。』
『いや、いいよ。これはこれでこういうものだと思えば食べられるし、初めてにしては上出来なんじゃない?』
そう言って、蓮はニコニコと嬉しそうに口に運んだ。
先ほどはキョーコの料理の味を想定して口に運んでしまったから思わず吹き出しそうになってしまったが、幼少期に食べさせられた母親の怪物のような料理と比べたら、これはまだ可愛い方だ。何故ならちゃんと食べられるもので作られているということが判別出来る。
アリーは自分で作っておいてなんだが、とても食べられるものではない気がしたのに、蓮が嬉しそうに口に運ぶので嬉しくなった。
『ありがとう。蓮』
そしてアリーも作った責任として蓮と一緒に全て平らげたのだった。
『部屋はここ使って。』
お風呂から上がるとアリーが案内されたのはゲストルーム。
不満げに蓮を見上げると、蓮は優しい顔で首を傾げた。
『どうかした?』
『蓮はどこで寝るの?』
『俺はあっちの寝室で寝るよ。』
『何で一緒じゃないの?一緒がいい!』
『だって、アリー…今日倒れたばっかりだろ?ちゃんとゆっくり休まないと…』
アリーは蓮が言い終わる前にギュッと蓮に抱き付いた。
『一緒がいい。一人にしないで…』
蓮は狼狽えた。自分の寝室という空間に愛しい少女を連れて入って何もしなくて平気でいる自信がなかったのだ。
既にその身体の魅力に囚われているから尚更手を出さないという自信がない。
それなのに、アリーはそんなこととは知らず蓮を追い込んでいた。
『それとも…昼間に逃げたから?嫌いになったの?』
潤んだ瞳で見上げられ、蓮はあっさりノックアウトされてしまった。
『そんなわけないだろ?!だって……。また…倒れても知らないよ?』
『もう倒れないもの。お願い…蓮といたいの。』
そういうアリーを抱え上げて、キスをすると、アリーもキスを返した。
そうしてアリーを抱えたまま、寝室へ入る。
ベッドへ下ろしながらも夢中で二人はキスを繰り返す。
蓮が上着を抜いで投げ捨てながらアリーにのし掛かると、アリーは蓮の寝室を見て感心していた。
『広いベッド…!五人は寝れそうね。』
『キングサイズだからね。』
『ふふ。私のホテルのベッドじゃ蓮にとっては窮屈だったわね?』
笑いながら言うアリーに触れるだけの戯れるようなキスを繰り返し服を脱がす。
『蓮…愛してる。』
『俺もだよ。アリー…愛してる。』
お互いに遮るものは何もない状態で抱き合って、初めて蓮の寝室で二人揃って朝を迎えるのだった。
蓮が目覚めると、アリーは蓮の胸板にキスしているところだった。
『アリー…何可愛いことしてるの?』
そう言ってギュウギュウに抱き締める。
『ふふ。だって蓮の筋肉が素敵なんだもの。』
『筋肉だけ?』
『ううん。全部。』
そういうとアリーは伸び上がって蓮にキスをした。
『おはよう。蓮。』
『おはよう。アリー。』
そう言って、蓮もお返しとばかりにキスで返した。
『そういえば、コンタクト外さないの?』
ベッドの中でいちゃつきながら、蓮はアリーに問いかけた。
『あぁ…そうね。そろそろ変えなきゃ…。でも、蓮本当になんでわかったの?私の目のこと…』
『うん。…役作りで日常から目の色変えてる人を一人知ってるからね。』
そう言って蓮は苦笑した。
『ふーん。そうなんだ。』
『ねぇ、外したとこ…見てもいい?』
蓮は緊張しながらも聞いていた。
目の色が違うということはわかってもだからと言ってキョーコの目の色だとも限らない。
アリーの本当の目の色を見るということは現実を知るという意味で蓮にとってはかなりの勇気が必要だった。
『別にいいけど…。みたいの?』
『……うん。』
キョーコだとしても、キョーコではなかったとしても、アリーを愛してる気持ちはきっと変わらない。
しかし、それでもやはり…キョーコへの気持ちが薄れた訳ではない蓮は、現実を知ることが怖くもあった。
『わかった。ちょっと待ってて。』
そういう蓮の要望に答えて、アリーは蓮に背を向けると、コンタクトレンズを両目とも外した。
蓮はそのアリーがコンタクトを外すたった数秒が何十秒にも感じていた。
そして顔を上げた瞬間、アリーの正面にあった姿見の中で、蓮とアリーの目が合った。
蓮が驚きで息を飲むのがアリーにもわかった。
その驚きが伝染したように、アリーも何故か固まってしまった。
『……蓮?』
鏡に向かって呼びかけると、蓮はガバッと後ろからアリーを力一杯抱き締めた。
蓮の目からは大量の涙が流れていた。無言でただただ啜り泣く蓮に、アリーは戸惑うしかない。
蓮ははっきりと確信したのだ。アリーの目を見て、キョーコが自分の元に戻ってきたのだと。
姿見の中にははっきりと記憶の通りの瞳の色をもつキョーコが写っていた。蓮が恋い焦がれてたまらなかったキョーコの姿がそこにあったのだ。
誰がなんと言おうと、アリーが全ての記憶をなくしたキョーコだと、希望でしかなかったものが確信に変わった。
ずっとずっと、生きて戻ってくると信じていた。
全ての記憶を失っても尚、キョーコは蓮の元へ戻ってきてくれたのだ。
それがただただ嬉しかった。
涙を流すのなんてみっともないと思いながらも、抑えることが出来ない。
『アリー…アリー!!アリー!!!!』
『蓮…?』
泣きながらギュウギュウに抱き締めてくる蓮をアリーは戸惑いつつも落ち着かせようと腕をポンポンと叩く。
『愛してるっ!!君を世界中の誰よりも!!愛してるっ!!本当に本当に心から愛してるんだっ!!ずっとずっとずっと!!君に逢える日を待ってた!!ずっと君に逢いたかった!!』
『蓮?』
蓮は戸惑っているアリーを正面に向き直らせるとその両頬を挟んで、顔を覗きこむ。
瞳を覗き込んでその目の中にキョーコをみつけ、そのまま熱く口付けた。
なんと言っていいかわからない。この喜びをなんと伝えたらいいのかわからない。
この日をこんなにも待ち侘びていたいたのだ。
涙が止まらず、アリーの身体を抱き締めその頭に頬を何度も擦り付けた。
ーーー生きてた!!生きて戻ってきてくれた!!!!
蓮はその後、30分近くも泣き続けた。
大の男が30分も泣き続けてしまった。それでもアリーは何も聞かず、戸惑いながらもただ蓮の涙を優しく受け止めてくれた。
『少しは…落ち着いた?』
蓮はポンポンとアリーに頭を撫でられ宥められていた。
『うん…。ごめん。突然、こんな…』
『いいのよ。ビックリはしたけど…』
アリーはクスリと笑った。
ずっとベッドの上にいるので、まだ目はキョーコの色だ。
蓮はそんなアリーに問いかける。
『キス…していい?』
『どうぞ?』
そう言われ、蓮は壊れものにでも触れるかのように優しく甘いキスをした。
『ん…蓮…。』
そして、蓮はその後も嬉しくて堪らず夢中でアリーにキスを繰り返す。
ベッドに再びアリーを押し倒し、のしかかるようにキスをした。
アリーもそんな蓮の首に腕を回して縋り付くようにキスを返す。
味わうように唇をその肌に滑らせる。昨日つけたばかりの印の上にまた上書きするように素肌に吸い付いていた。
柔らかな肌の存在を確かめるように丁寧に丁寧に唇で触れていた。
『ん。もうっ!蓮…そろそろ…』
『おかえりっ。アリー。』
『もう、蓮ったら意味わかんない。』
蓮の言葉に、アリーは可笑しそうにクスクスと笑い、それを見て蓮も照れたように笑うのだった。
もうすでに新しいコンタクトを嵌めていたので、アリーの目は深い緑だったが、蓮を迎えにマンションに来た社は、アリーが蓮のマンションにいることに驚いていた。
『アリー?!』
「あ、社さんおはようございます。」
『社も食べるよね?朝食。蓮が来るっていうから社の分も作ってたんだけど…。』
『う、うん。ありがとう。じゃあ折角だから頂こうかな。』
蓮が心底美味しそうに目玉焼きを頬張っているのをみて社も腰を落ち着けた。
「じゃあ遠慮なくいただきます。」
ーーーガリッ。
キョーコの笑顔で勧めされたので、つい目の前にいるのがキョーコだと錯覚して社は目玉焼きを口に含んだのだが、変な音が口の中から響いた。
「…………。」
社が固まっていると、蓮の口からも、ガリッバリッボリッという目玉焼きにあるまじき音が聞こえていた。
『蓮、どう?』
『うん!美味しいよ。アリーの料理は最高だね!』
蓮はニコニコと嬉しそうだが、味つけがちょっと濃すぎる目玉焼きは社が飲み込むまでに暫く時間を要した。
蓮の笑顔を見ながら、アリーも口に含んだ後、少し首を傾げた。
『んー。イマイチ?』
『そう?昨日よりも上達してるよ!それに、これはこれで俺は好きだよ。でもアリーならもっと料理の数こなせばきっとすぐ上達できるだろうね。初めてでここまで美味しく出来れば素質は充分あると思うな。』
『ふふ。蓮がそういうなら頑張ってみようかな?』
キョーコの料理の腕を知っている社は内心がっかりしてしまった。
本当は社もアリーがキョーコなのではないかと今の今まで少なからず期待を持っていたのだ。
しかし、この味は違う。キョーコではないと社ははっきりと思い知らされた気がしたのだ。
チラリと蓮を横目で伺う。
蓮はアリーのことをキョーコに似ているからではなく、アリーとして愛してると言っていた。本当にもうキョーコのことは良いのだろうか?
とはいえ、キョーコが生きているのかどうかもわからない現状では社は何とも言えず、悶々とするしかない。
キョーコはもう帰ってこないとわかってはいながらも、社も蓮と同じようにキョーコならひょっこり帰ってくるのではないかと心の何処かで期待していたのだ。
前をみろと言いつつも、蓮がキョーコをそんなに簡単に忘れられるはずがないと思っていたのに…なんとも複雑な気分だ。
ーーーもしも、これでキョーコちゃんが急に帰ってきたりなんてしたら…蓮はどうするんだろう?アリーを取るのか?それともキョーコちゃんを?
社はそんなどうしようもない疑問を胸に抱いて、複雑な気持ちで仲睦まじい蓮とアリーを見守ることしか出来ないのだった。
(続く)
*****
五話で終わるはずじゃなかったのか…っ!!
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君のかけら 6
ふわふわと意識が漂う。
白い霧の中で、笑うのは顔の整った綺麗な男の人。
でも、その顔は霧で良く見えない。
『最上さん』
ーーー蓮?その声は蓮なの?…最上さんって誰?
『待ってるよ。いつまでも…。』
ーーー待ってるって…何を?どうして待ってるだなんていうの…?
『頑張ってきてね。戻ってくるの楽しみにしてる。』
優しい声が心をくすぐる。
そして場面が急に切り替わり、突然気持ち悪い男達の手が伸びてきて、アリーは恐怖で飛び起きた。
『アリー?!目が覚めたか!!』
『ッ!!』
部屋の端で壁にもたれかかっていたジムは、目覚めたアリーを心配して駆け寄ってきたのだがビクリとアリーの身体が思わず強張ると、すぐに察して立ち止まり、それ以上近付かないでくれた。
『アリー…気分は?』
『ジム…。大丈夫よ。ここは?』
『医務室だよ。アリー、何があった?また無理に記憶を思い出そうとしたのか?』
アリーは首を振った。
『ううん。混乱…したみたい。なんでかわからないけど…心配掛けてごめんね。ねぇ、蓮は?』
『あぁ、さっきまでここにいたんだけど、撮影で呼び戻された。』
アリーの身体には布団の他にジャケットがかけられていた。
そのジャケットからは蓮の香りがして、そばにいてくれているように感じて安心する。
恐らく蓮がアリーが目覚めた時のために置いて行ってくれたのだろう。
『私…蓮に謝らなきゃ…』
『あの様子ならまたすぐ来るだろう。大丈夫だよ。』
すると、外で揉めてるような声が聞こえた。
『外…騒がしいね?』
『あぁ、なんかわかんないんだけど、アリーのことを幼馴染だと勘違いしてるやつがいてさ、蓮のマネージャーが今外に出してるんだ。』
『それってさっきの人?』
『あぁ、お前が意識手放す時に一緒にいたやつ。』
『そう…なんだ。』
無意識に蓮のジャケットを抱き締める。
『蓮に…会いたい…』
小さく震えるアリーにジムは頷いた。蓮に『何かあったらここに。』と渡された番号にその場で電話をしてアリーが目覚めたと留守電を残す。
『すぐ来るだろう。大丈夫か?また…例の夢…見たのか?』
『うん。少し…。』
ジムは拳を握り締めた。アリーがパニックを起こすのでジムは近付いて慰めてやることも出来ない。それがずっと歯がゆいのだ。
『蓮はきっと、すぐ…来るから』
『うん…』
そんな言葉で慰めることしか出来なかった。
暫く無言だったが、ジムが口を開いた。
『そういえば、この撮影が終わったらお前はどうする?』
『え?』
『蓮と別れてあっちに…戻れるのか?』
『…………わからない。』
アリーは蓮のジャケットに顔を埋めて答えた。
『まぁ、あと1ヶ月はある。ゆっくり、考えたらいい。』
『ありがとう…ジム。』
ジムが留守電に連絡をいれてから10分程で蓮は現れた。
『アリー…』
ドアの側でアリーに呼び掛ける。
先ほど逃げられたので、近付くことを少し躊躇しているようだった。
『蓮…』
アリーが助けを求めるように蓮を見つめたので、蓮は駆け寄ってアリーを抱き締めた。
アリーもそんな蓮にしがみ付く。震えが段々と収まってくるのがわかった。
ーーーあぁ、私…震えてたんだわ。
蓮の腕の中で漸くそのことを自覚した。
『また、あの夢を見たの。』
蓮はアリーを抱き締めたまま黙って聞いた。優しい手が頭を守るように包んでくれる。
『蓮…ごめんなさい。貴方から逃げたりして…。』
『気にしなくていいんだよ。アリー。いいんだ。』
蓮の抱き締める腕に力が篭る。
『一つ…聞きたいの。私は…京子って人の代わりなの…?』
『?!誰がそんなことを…!!違う!!代わりなんかじゃない!!アリーはアリーだ。京…最上さんにも、アリーにも代わりなんていない!!俺にとってはどちらも…比べられないくらい、大切な人なんだ。』
『…最上、さん…?』
ーーーズキッ
頭に鈍い痛みが走った。
『そうだよ。誰から京子のこと聞いたのかわからないけど、俺は京子のこと、最上さんって呼んでたんだ。』
『最上…さ、ん…?うっ…うぅ…。』
アリーはその響きがどこか懐かしくて考えようとしたが、激しい頭痛と眩暈に襲われて、それ以上考えられなかった。
『アリー?!』
突然苦しみ出したアリーに狼狽えた蓮が声をかけると、ジムが蓮に教えた。
『アリーは記憶が混乱してるだけだ。大丈夫。すぐに収まる!』
蓮はジムに頷くと、アリーを安心させるように背中をポンポンと叩いた。
『大丈夫、大丈夫。大丈夫だから。』
呪文のように繰り返された優しい響きに、アリーは落ち着きを取り戻した。
『蓮…。』
『大丈夫。俺がずっと側にいるからね。』
そう言って、頭に口付けると、アリーは漸くふわりと微笑んだ。
『歩ける?』
『うん。』
そろそろ蓮がスタジオに戻らなくてはいけなくなったので、アリーもついて行くことにした。
ドアを出るとまだそこには不破が立っていた。
「さっきは…悪かったな。」
アリーを見て、罰が悪そうに不破が謝った。
『彼は、君がいなくなった幼馴染に似てるって思って手を掴んだみたいなんだ。悪かったって謝ってる。』
『そう。気にしないで。』
アリーの目の色を見て、不破もキョーコとは別人だと納得したようだった。明らかに肩を落として落胆していた。
『アリー行こうか。』
『えぇ。…ごめんなさいね?』
最後に不破に振り返り、アリーはそう声を掛けた。
その日の夜、アリーはホテルではなく蓮の家に来ていた。
アリーが蓮の為に料理を作りたいと言ったからだ。
蓮が料理を出来るのかと聞くと、初めて作るということだった。
ジムの家にはプロの料理人が雇われていて、いつも食事はその人が作ってくれていたようだ。
それでも、アリーが自分の為に進んで何かしようとしてくれるのが嬉しくて、蓮はお願いすることにしたのだ。
キッチンにアリーを案内して、蓮は洗面所へ向かった。
ここ数日嵌めっぱなしになっていたコンタクトを取り、新しいのに付け替える。
そして、片目を外して何気なく鏡を見たとき、蓮の背中に衝撃が走った。
黒と碧色の瞳…二色の瞳を見た瞬間、蓮はある可能性に行き着いたのだ。
震える手で新しいコンタクトを嵌める。
自分自身に落ち着くように言い聞かせて、蓮は逸る心を抑えてアリーのいるキッチンへ向かった。
何か手伝えることはないかと聞きながら、蓮はアリーに意を決して問いかけた。
『そういえば、その目の色って…自前?』
『え…?』
『あ、いや…ごめん。何と無く…。』
聞き返されたことで、自分があまりにも些細な可能性にすがりつこうとしていたことに気付いてしまった。
『いえ、いいけど…何で自前じゃないってわかったの?』
『え?!自前じゃないの?!本当に?!』
『うん。』
蓮は動揺が隠せない。
もしかして、本当の本当に…?でも、何で目の色を変える必要があったんだ?
バコバコと煩くなる心臓を落ち着けて、冷静さを保つように心がける。
『何で…変えてるの?その目の色に…』
『あぁ、これは…、ジムの妹のアリーの瞳の色なの。もちろん髪の色もね。何と無く、アリーとして過ごすならこの色がいいかなって思って目にはコンタクトを入れてるのよ。』
蓮はやっぱり…と内心で思った。
「役作り、か?」
思わず日本語で呟き、アリーを見る。
「アリー、俺の日本語…わかる?」
アリーは驚いたように目を見張ったあと、コクリと小さく頷いた。
「やっぱり…日本語…わかるんだね。」
『自分でも戸惑ってるの。勉強してなかったのに、何でわかるんだろうって…。』
「最上さんって名前に聞き覚えがあるの?」
先程の名前に反応を示したアリーを思い出して、蓮は問いかけたのだが、アリーは力なく首を振った。
『わからない…の。』
『そうか…』
蓮はさみしそうに微笑んで、気持ちを切り替えるように話を変えた。
『で?何を作ってくれてるの?』
『このハンバーグ!!美味しそうだなって。』
アリーはレシピを指差して嬉しそうに言った。
そんなアリーを蓮は微笑ましく眺める。
『ハンバーグ…か…。アリーは初めて作るんだろ?』
『んーでも、何と無くだけど、手順がわかってる気がするのよね。』
そういいながら、アリーはすでに野菜を刻み終わっていた。
『早いし…綺麗だね。』
野菜の大きさも均等に刻まれており、それを見た蓮は目を見張った。
やはり、キョーコなのではないだろうかという思いが益々深まる。
アリーがキョーコでも、キョーコでなくてもいいと思ってはいるが、キョーコでいて欲しいという気持ちもやはり捨て切れないのだ。
キョーコが生きていてアリーとして戻ってきたのなら、そんなに素晴らしいことはない。
テキパキと料理をするその後ろ姿はキョーコの時と同じだ。
レシピも開いているのに、殆ど見ずに身体が覚えているかのように料理をこなしていた。
あっという間にスープと付け合わせまで作ってしまった。
そうしているうちにお米も炊き上がり、ジューっという美味しそうな音ともに香りが広がる。
久しぶりに、暖かい食事の匂いが部屋に満ち、蓮は蕩けるような目でずっとアリーを見続けていた。
そんな蓮の姿に気付いて、アリーが怪訝な顔をする。
『蓮?そんなとこに突っ立って見てないで、お皿準備してくれない?』
姿はキョーコなのに、その口から飛び出る言葉はアリーのもので思わず笑ってしまった。
『あ、うん。そうだね。』
『何、笑ってるの?変な蓮。』
そう言って、二人で和気あいあいと食事の準備を整えた。
『いただきます。』
『どうぞ、召し上がれ。』
作ってくれた料理を口に運ぶと、蓮は驚いて吹き出しそうになった。
『え?!蓮、大丈夫?!』
『ごほっ!ごほっ!!んっ。ごめ…』
そう言って、蓮は慌てて水を口に含んだ。
アリーもそんな蓮の様子に訝しみながら恐る恐る一口食べると、蓮同様、吹き出しそうになってしまった。
『何これ!辛っ!!そして酸っぱい!!』
『くく。アリーはまだまだ修行が必要だね。』
『あー。調味料の量間違えたのかしら?ごめんなさい、蓮。』
『いや、いいよ。これはこれでこういうものだと思えば食べられるし、初めてにしては上出来なんじゃない?』
そう言って、蓮はニコニコと嬉しそうに口に運んだ。
先ほどはキョーコの料理の味を想定して口に運んでしまったから思わず吹き出しそうになってしまったが、幼少期に食べさせられた母親の怪物のような料理と比べたら、これはまだ可愛い方だ。何故ならちゃんと食べられるもので作られているということが判別出来る。
アリーは自分で作っておいてなんだが、とても食べられるものではない気がしたのに、蓮が嬉しそうに口に運ぶので嬉しくなった。
『ありがとう。蓮』
そしてアリーも作った責任として蓮と一緒に全て平らげたのだった。
『部屋はここ使って。』
お風呂から上がるとアリーが案内されたのはゲストルーム。
不満げに蓮を見上げると、蓮は優しい顔で首を傾げた。
『どうかした?』
『蓮はどこで寝るの?』
『俺はあっちの寝室で寝るよ。』
『何で一緒じゃないの?一緒がいい!』
『だって、アリー…今日倒れたばっかりだろ?ちゃんとゆっくり休まないと…』
アリーは蓮が言い終わる前にギュッと蓮に抱き付いた。
『一緒がいい。一人にしないで…』
蓮は狼狽えた。自分の寝室という空間に愛しい少女を連れて入って何もしなくて平気でいる自信がなかったのだ。
既にその身体の魅力に囚われているから尚更手を出さないという自信がない。
それなのに、アリーはそんなこととは知らず蓮を追い込んでいた。
『それとも…昼間に逃げたから?嫌いになったの?』
潤んだ瞳で見上げられ、蓮はあっさりノックアウトされてしまった。
『そんなわけないだろ?!だって……。また…倒れても知らないよ?』
『もう倒れないもの。お願い…蓮といたいの。』
そういうアリーを抱え上げて、キスをすると、アリーもキスを返した。
そうしてアリーを抱えたまま、寝室へ入る。
ベッドへ下ろしながらも夢中で二人はキスを繰り返す。
蓮が上着を抜いで投げ捨てながらアリーにのし掛かると、アリーは蓮の寝室を見て感心していた。
『広いベッド…!五人は寝れそうね。』
『キングサイズだからね。』
『ふふ。私のホテルのベッドじゃ蓮にとっては窮屈だったわね?』
笑いながら言うアリーに触れるだけの戯れるようなキスを繰り返し服を脱がす。
『蓮…愛してる。』
『俺もだよ。アリー…愛してる。』
お互いに遮るものは何もない状態で抱き合って、初めて蓮の寝室で二人揃って朝を迎えるのだった。
蓮が目覚めると、アリーは蓮の胸板にキスしているところだった。
『アリー…何可愛いことしてるの?』
そう言ってギュウギュウに抱き締める。
『ふふ。だって蓮の筋肉が素敵なんだもの。』
『筋肉だけ?』
『ううん。全部。』
そういうとアリーは伸び上がって蓮にキスをした。
『おはよう。蓮。』
『おはよう。アリー。』
そう言って、蓮もお返しとばかりにキスで返した。
『そういえば、コンタクト外さないの?』
ベッドの中でいちゃつきながら、蓮はアリーに問いかけた。
『あぁ…そうね。そろそろ変えなきゃ…。でも、蓮本当になんでわかったの?私の目のこと…』
『うん。…役作りで日常から目の色変えてる人を一人知ってるからね。』
そう言って蓮は苦笑した。
『ふーん。そうなんだ。』
『ねぇ、外したとこ…見てもいい?』
蓮は緊張しながらも聞いていた。
目の色が違うということはわかってもだからと言ってキョーコの目の色だとも限らない。
アリーの本当の目の色を見るということは現実を知るという意味で蓮にとってはかなりの勇気が必要だった。
『別にいいけど…。みたいの?』
『……うん。』
キョーコだとしても、キョーコではなかったとしても、アリーを愛してる気持ちはきっと変わらない。
しかし、それでもやはり…キョーコへの気持ちが薄れた訳ではない蓮は、現実を知ることが怖くもあった。
『わかった。ちょっと待ってて。』
そういう蓮の要望に答えて、アリーは蓮に背を向けると、コンタクトレンズを両目とも外した。
蓮はそのアリーがコンタクトを外すたった数秒が何十秒にも感じていた。
そして顔を上げた瞬間、アリーの正面にあった姿見の中で、蓮とアリーの目が合った。
蓮が驚きで息を飲むのがアリーにもわかった。
その驚きが伝染したように、アリーも何故か固まってしまった。
『……蓮?』
鏡に向かって呼びかけると、蓮はガバッと後ろからアリーを力一杯抱き締めた。
蓮の目からは大量の涙が流れていた。無言でただただ啜り泣く蓮に、アリーは戸惑うしかない。
蓮ははっきりと確信したのだ。アリーの目を見て、キョーコが自分の元に戻ってきたのだと。
姿見の中にははっきりと記憶の通りの瞳の色をもつキョーコが写っていた。蓮が恋い焦がれてたまらなかったキョーコの姿がそこにあったのだ。
誰がなんと言おうと、アリーが全ての記憶をなくしたキョーコだと、希望でしかなかったものが確信に変わった。
ずっとずっと、生きて戻ってくると信じていた。
全ての記憶を失っても尚、キョーコは蓮の元へ戻ってきてくれたのだ。
それがただただ嬉しかった。
涙を流すのなんてみっともないと思いながらも、抑えることが出来ない。
『アリー…アリー!!アリー!!!!』
『蓮…?』
泣きながらギュウギュウに抱き締めてくる蓮をアリーは戸惑いつつも落ち着かせようと腕をポンポンと叩く。
『愛してるっ!!君を世界中の誰よりも!!愛してるっ!!本当に本当に心から愛してるんだっ!!ずっとずっとずっと!!君に逢える日を待ってた!!ずっと君に逢いたかった!!』
『蓮?』
蓮は戸惑っているアリーを正面に向き直らせるとその両頬を挟んで、顔を覗きこむ。
瞳を覗き込んでその目の中にキョーコをみつけ、そのまま熱く口付けた。
なんと言っていいかわからない。この喜びをなんと伝えたらいいのかわからない。
この日をこんなにも待ち侘びていたいたのだ。
涙が止まらず、アリーの身体を抱き締めその頭に頬を何度も擦り付けた。
ーーー生きてた!!生きて戻ってきてくれた!!!!
蓮はその後、30分近くも泣き続けた。
大の男が30分も泣き続けてしまった。それでもアリーは何も聞かず、戸惑いながらもただ蓮の涙を優しく受け止めてくれた。
『少しは…落ち着いた?』
蓮はポンポンとアリーに頭を撫でられ宥められていた。
『うん…。ごめん。突然、こんな…』
『いいのよ。ビックリはしたけど…』
アリーはクスリと笑った。
ずっとベッドの上にいるので、まだ目はキョーコの色だ。
蓮はそんなアリーに問いかける。
『キス…していい?』
『どうぞ?』
そう言われ、蓮は壊れものにでも触れるかのように優しく甘いキスをした。
『ん…蓮…。』
そして、蓮はその後も嬉しくて堪らず夢中でアリーにキスを繰り返す。
ベッドに再びアリーを押し倒し、のしかかるようにキスをした。
アリーもそんな蓮の首に腕を回して縋り付くようにキスを返す。
味わうように唇をその肌に滑らせる。昨日つけたばかりの印の上にまた上書きするように素肌に吸い付いていた。
柔らかな肌の存在を確かめるように丁寧に丁寧に唇で触れていた。
『ん。もうっ!蓮…そろそろ…』
『おかえりっ。アリー。』
『もう、蓮ったら意味わかんない。』
蓮の言葉に、アリーは可笑しそうにクスクスと笑い、それを見て蓮も照れたように笑うのだった。
もうすでに新しいコンタクトを嵌めていたので、アリーの目は深い緑だったが、蓮を迎えにマンションに来た社は、アリーが蓮のマンションにいることに驚いていた。
『アリー?!』
「あ、社さんおはようございます。」
『社も食べるよね?朝食。蓮が来るっていうから社の分も作ってたんだけど…。』
『う、うん。ありがとう。じゃあ折角だから頂こうかな。』
蓮が心底美味しそうに目玉焼きを頬張っているのをみて社も腰を落ち着けた。
「じゃあ遠慮なくいただきます。」
ーーーガリッ。
キョーコの笑顔で勧めされたので、つい目の前にいるのがキョーコだと錯覚して社は目玉焼きを口に含んだのだが、変な音が口の中から響いた。
「…………。」
社が固まっていると、蓮の口からも、ガリッバリッボリッという目玉焼きにあるまじき音が聞こえていた。
『蓮、どう?』
『うん!美味しいよ。アリーの料理は最高だね!』
蓮はニコニコと嬉しそうだが、味つけがちょっと濃すぎる目玉焼きは社が飲み込むまでに暫く時間を要した。
蓮の笑顔を見ながら、アリーも口に含んだ後、少し首を傾げた。
『んー。イマイチ?』
『そう?昨日よりも上達してるよ!それに、これはこれで俺は好きだよ。でもアリーならもっと料理の数こなせばきっとすぐ上達できるだろうね。初めてでここまで美味しく出来れば素質は充分あると思うな。』
『ふふ。蓮がそういうなら頑張ってみようかな?』
キョーコの料理の腕を知っている社は内心がっかりしてしまった。
本当は社もアリーがキョーコなのではないかと今の今まで少なからず期待を持っていたのだ。
しかし、この味は違う。キョーコではないと社ははっきりと思い知らされた気がしたのだ。
チラリと蓮を横目で伺う。
蓮はアリーのことをキョーコに似ているからではなく、アリーとして愛してると言っていた。本当にもうキョーコのことは良いのだろうか?
とはいえ、キョーコが生きているのかどうかもわからない現状では社は何とも言えず、悶々とするしかない。
キョーコはもう帰ってこないとわかってはいながらも、社も蓮と同じようにキョーコならひょっこり帰ってくるのではないかと心の何処かで期待していたのだ。
前をみろと言いつつも、蓮がキョーコをそんなに簡単に忘れられるはずがないと思っていたのに…なんとも複雑な気分だ。
ーーーもしも、これでキョーコちゃんが急に帰ってきたりなんてしたら…蓮はどうするんだろう?アリーを取るのか?それともキョーコちゃんを?
社はそんなどうしようもない疑問を胸に抱いて、複雑な気持ちで仲睦まじい蓮とアリーを見守ることしか出来ないのだった。
(続く)
*****
五話で終わるはずじゃなかったのか…っ!!
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