トンネルを抜けるとそこに温水洋一がいた。 | 明け行く空に…。  ~ひねもすひとり?~

トンネルを抜けるとそこに温水洋一がいた。

サラリーマンと呼ばれる立場に就任して、気がつけば10年の時が経過してしまいました。

まぁ人並みに仕事を覚え、周りの連中に遅れを取ることなく昇進し、上司からの信頼もそこそこの地位に現在身を置いている。

あ、信頼に関しては直接聞いたわけではないので、多分そうじゃねーかな、もしくはそうあって欲しいとの願望……。


そんな平々凡々な現状ではあるのだが、ひとつだけ平凡ではないことがある。

それは、未だオレには部下がいないってこと。


同期の連中と同じように、むしろちょっとだけ加速度をつけて昇進しているにも関わらず、10年間部下と呼べる存在がオレにはいないのだ。

他の部署に配属されているヤツらの下にはもれなく新人が付けられているってのに、オレの下には誰もいねぇ。


おい○○君、ちょっとお茶でも淹れてくれないか。


だとか


係長ぉ~、ちょっと仕事のこととかアレのこととか相談にのって欲しいんですけどぉ~。


なんて言われて


おうおうそうかそうか、それじゃ今日は二人で夜景の見えるレストランがあるあのホテルで、二人だけの夜のミーティングでもしようじゃないか!


なんて同期のヤツらが女子新入社員とドラマのような展開を、下心丸出しで演じているのを横目に、オレは今でも雑務から上司の尻拭いまでをせっせとこなしている。


何なんですかね、この格差は。


そもそも仮にオレが係長という役職だったとしてですよ、一般の係りをまとめる役をこなさなきゃいけないとしてもですね、そんな係長の下には平社員である係りが一人もいないのですから、一体オレは誰のまとめ役として頑張ればいいのか分かりません。

むしろ係りですよ。

上司の昼食の弁当を注文したりする辺りは給食係りだし、毎朝上司の散らかった机を片付けたりする辺りは整理整頓係り。

しまいにゃ上司が旅行に出掛けるからって、ペットの犬を一時預かったりする辺りは生き物係り……。


そんな毎日が罰ゲームのような日常なわけなんです。



ところが!

そんな燻った日々を払拭するかのごとく、今年の春ついにオレの下に部下が配属されることとなった。

イェス!

やったぜイェス!


オレは今や物置と化していた隣の机を必要以上に整頓した。

良かったー、整理整頓係りを独り占めしていて。

これでオレもオフィスラバーの仲間入りだぜってな具合で、間もなくやってくるであろうまだ見ぬ部下の為に彼女の机を一生懸命綺麗にした。


あ、今度くる新人は男だから。


そんな上司の言葉を聞いて、オレは片付けをやめた。

むしろ、オレの溜まった書類をその机の上にドンドコ重ねた……。


まぁいい。

とにかくオレに部下が出来るってだけでも今や驚愕に値する。

これで幾ばくかは仕事が楽になるだろう。




そしてある日の朝。


いつものように気だるく出勤すると、その男はオレがせっせと書類を重ねていた机についていた。

なんだコイツ、つーか誰だよこのおっさん……?


あ、おはようございます。


オレの存在に気付いたおっさんは振り返りいう。

あれ?この人どこかで見たことがあるな。


あ、あれ?温水…さん?温水洋一さんですよねえ?


そういうオレに男は言葉を返す。


いや、温水、ではないですね、むしろ佐々木です。


いやいや、佐々木ではないだろ、温水だし。

その頭、昨晩テレビで見たし。



まぁそんな感じで、長い長いオレの下っ端生活に終止符を打つため、温水はやってきた。

およそ新人とは思えないその風貌は、明らかに見た目オレより上役であるに違いない。


その日、まとまりかけていた先方にとってビックなビジネスになりうる商談の契約にやってきた、取引先の担当者が初めて連れてきた営業マンの上司が、あろうことかオレより先に温水に名刺を差し出し頭を下げたので、オレは間髪いれずに商談を覇気にしてやった。

そしてついでに温水の髪と髪の間も広げてやった。



長い下積み生活というトンネルに終止符を打つためやってきた、温水とオレとの闘いが今幕を開ける……。



そんな感じで。