さようなら、ありがとう。

一つのご縁が終わった、そんな季節。





似た境遇の中で苦しんでいた従姉妹。

恐怖に支配され、親の態度に辛い思いをしてきた従姉妹。

たくさん話を聞く中で多くの共感と同情と、

そしてこんなにも深く話せる人が身内にいたのかという喜びをお互いに感じていた。



彼女が家を出るという決断をした年。

奇しくもそれは私が実家を出た年齢と同じで

私のこれまでを役立てて欲しいと

惜しまず情報を共有した。



親に対する悲しい思い、人の目を窺ってしまう自分への葛藤を

涙ながらに教えてくれた時、

自分の事と重ねては精一杯励ました。




その事への感謝はあれど、彼女の親への執着心は消えず

距離を置く事で穏やかになった現状に喜ぶばかりで

結局彼女は両親との歪んだ依存へと戻っていった。



親離れ、精神的な自立と安定を目指していたのだと思ったが

ここまでで、きっと満足してしまったんだな。

親からされた仕打ちに向き合うことなく

その甘い毒の中へと望んで戻っていったのだ。




その上、かなり意を決して引越し先を訪問しているというのに

私がコロナに対し非常に警戒心を持って過ごしていることを知りながら

家に着くなり平気でマスクを外して

やんわりと指摘をしても「うつらない自信がある」というばかり。



ずっと厳格に自粛をしていた私が

意を決して訪問した事を気遣っているようでいて、

不安を感じると伝えても態度は何も変わらなかった。

とても、とても残念だった。



料理の直箸、タオルの共有、飲食時の会話、マスク無しでの接近。

外食こそ私に合わせて控えてくれたものの、

それが至極当たり前のような彼女の態度に固まってしまい、

もうこんなに話してしまったから一緒にいる時間が長かろうと短かろうと何も変わらない、と

感覚が麻痺して流されて

結局長時間過ごしてしまった。



心を込め、少し奮発したプレゼントも

気が付けば部屋の隅で開けられないままになっていた。




帰り道、夜の繁華街を歩いて

日中とは違う治安の悪さを肌で感じた。

お酒に酔い、人との距離もお構い無しで大声で笑いながら通り過ぎていく団体。

マスクの着け方も無頓着な人が多く見られて

これはまずい、と恐ろしい気持ちになり足早に駅へと歩いた。


色々なものに対する拒絶感が湧き起こり、

その日、一年以上ぶりに誰かと遊べた事、長時間会話を楽しんだ事への満足感を上回る

「行かなければよかった」という後悔が胸にモヤモヤと広がった。




従姉妹はリモートワーク続きで近所しか出歩いておらず

最近は友人とも会っていないと言っていたため、

コロナへの罹患の確率はかなり低いというのが頭では分かっていながら

あの状況に対して何も感じていない事にとてつもなく不安を覚えた。



もっと徹底して対策すればよかった。

持参したタオルを使って、食べ物も別包装の物を買い、取り箸をお願いして、マスクもすぐに着けるようお願いすればよかった。

早々に見切りをつけて帰ればよかったのに

久々の対面で人と話せる事に後ろ髪を引かれ、

結局彼女の想定していた時間まで一緒に居てしまったことを深く悔いる。





もうこういうのはやめよう。

後悔するくらいなら、相手に嫌がられてでも対策を徹底しよう。

自分の決めた線引きを守ろう。


同情から何でも先回りして相手に尽くすのをやめよう。

マナーを理解していない人に目を瞑って共に過ごすのはやめよう。

期待を裏切られた相手の行動は必ず繰り返すから、

もうその人との付き合いをやめよう。



二週間問題なく過ごせますように。

そして金輪際、このような事に流されず自分の意思を大切に出来ますように。



近くにあったご縁が離れゆく寂しさや悲しさ、

深い深い残念な気持ちを時間に預けて浄化し

これからの大切な日々を生きていこう。