〜二宮の場合〜
「ごめん…浴衣、濡れちゃったね」
「ううん、オレも楽しかった」
花火大会が行われるのは、露天の立ち並ぶ大通りからは少し離れた河川敷。
スーパーボール掬いで濡れてしまった浴衣を、夜風で乾かしながら会場に向かうつもりでいたのだが、なんだか足元がもたついて相葉くんと歩調が合わない。
あれ?これは。
自分の姿を見れば、帯が緩んで浴衣の前がはだけてきている。
どうしよう…
とりあえず、どこかで直さないと。
「相葉くん、ごめんね。あの…オレ浴衣が」
「え?あ…大変!」
そういえばこっちに…と、相葉くんはオレの手を引き、会場へと向かうメイン道路から逸れ裏道を進む。
高い建物に囲まれた隙間には、小さな空間があった。
遊具も何もない公園…
というよりも、コミュニティスペースとでもいうのだろうか?
そこにベンチを見つけて、ひとまず手に持っていた荷物を置いた。
人混みから離れ、安心したからか
緩んでいた帯がスルリと解け、足元に落ちた。
びゅぅ、と吹き抜けた風が
いたずらに浴衣の裾を舞い上げる。
「え…ぇええ?!にの、下着!!」
「え////何?!ちゃんとパンツ履いてるよ!?」
「そうだけど!浴衣用の肌着着てないの?!」
「…そんなのあるの?」
「あるよ!こういうの」
相葉くんが自分の浴衣の胸元をぐいっと開けて見せてくれたのは、浴衣の襟と同じ襟のようなものが付いたTシャツ。
オレはといえば、浴衣の中はパンツ一枚。
素肌に浴衣をそのまま着込み、帯で締めただけの格好だった。
まぁ、今更気にしても仕方ない。
オレは浴衣の前を整えて、帯をぐるぐると巻いて相葉くんに背中を向けた。
「とりあえず解けなければ良いから…
固結びしてくれる?」
「…う、うん」
ぎゅうぎゅうと強く絞めてもらい「うん、大丈夫そう。花火見に行こう?」と振り返ると、今度は相葉くんの視線が胸元に注がれている。
その暗がりでもわかるほどに、相葉くんの頬が赤く染まっていた。
「どうしたの?」
「もう少し…乾くまでここにいようか」
「でも、花火大会始まっちゃうよ?」
「…浴衣が乾くまで……」
彼の視線の先…
自分の胸元に目を落として、漸くその意味に気付いた。
淡い色の浴衣は、蒸し暑さでかいた汗と、先ほどのスーパーボール掬いで水を含んだ箇所が薄っすらと透けていた。
それは、胸の二つの…位置が分かるほどに。
普段なら全然気にしないところだが、大好きな相葉くんに見られたとなると話は別だ。
例えていうなら、鼻毛処理を忘れて推しのライブに参戦するくらい?
…いや違う。そんなの自分が恥ずかしいだけで、相手に影響を及ぼすことではない。
今のオレのこの状況は、間違いなく相葉くんに迷惑をかけている。
公式サイズよりも大きな団扇を、胸よりも高い位置で推しに向けて振っているくらい迷惑だ。
濡れた胸元を手で隠す。
「ね、相葉くん。オレは大丈夫だから、花火見てきてよ」
あまりに申し訳なくて…
オレは不恰好な笑顔を彼に向けた。
だって、あんなに楽しみにしてたのに。
花火大会に来たくて、勉強頑張ったんだもん。
相葉くんの貴重な時間をオレが台無しにするなんて無理。ダメ。
「早くしないと、良い場所なくなっちゃうから」
「一人で見たって楽しくないよ。
オレは、ただ単に花火大会に来たかった訳じゃない。にのと出かけたかったんだ。デートしたかったんだよ////」
「でも…」
その時、オレたちの頭上でパーンと弾ける音が響いた。
空を彩る大輪の花火が、高い建物の隙間から垣間見えた。
「…始まっちゃった」
「花火大会は来年でも、再来年でも見れるし。
オレはにのと一緒にいられる時間が一番大事だよ」
次々と弾ける頭上の花
キラキラと光が舞い落ちた。
つづく
次で終わりかな( ・∇・)♪
miu