つづきです








彼とは、同じ会社で同期だった。

社交的で華やかで人目を引いて。
…地味なオレとは全く違うタイプ。
部署も違ったため、会社での接点はほとんどなかった。
だが、仕事帰りにたまたま立ち寄った本屋で、買おうと思って文庫本に手を伸ばしたら、横から伸びてきた手とぶつかるという、謎の少女漫画のような出会いを果たした相手が、彼…


松本潤だった。


お互い、三度の飯より本が好きで

競うように本を読んでは
感想を言い合うようになり

やがて、互いの家を行き来するようになる。


そこから、ふたりの距離が縮まるのは あっという間だった。


笑い合い

手が触れ

寄り添い

唇が重なって


やがて、深く躰を繫げるようになった。



…ふたりで紡いだ甘い時間

確かに…愛しあっていたと思う。




でも。

彼には、死にゆくオレのことなど忘れて
幸せになって欲しかった。

彼の笑顔が大好きだったし

何より…
オレが自分の弱っていく姿を見せたくなくて


「ごめん、もう…アナタとは終わりにしたい」


と、一方的に別れを告げ
彼の前から姿を消した。


まぁ、まさかこんなに元気になるとは
夢にも思わなかったけど笑

今思えば…ずいぶん身勝手だったよなぁ と苦笑いする。

完全、自分都合。
彼がどんなに傷つこうが、知ったこっちゃなかった。

でも、あの時は
迫り来る死の恐怖に、彼のことを思いやる余裕なんて無くて。

壊れていく身体を 諦めながらも
心だけは、なんとか守ろうとしていたんだと思う。


「…潤くんには忘れて欲しいけど、オレは忘れないよ…」


お気に入りの作家の新刊を手に取ると
オレはレジへと向かった。





ほぼ健康体になったオレが、次にやること。

それは仕事探しだ。

いつまでもバイト生活というわけにもいかなくて。就職先を探していると、それを聞きつけた叔母が「あんた、本好きでしょう?」と仕事を紹介してくれた。

そこは、小さな出版社。
人手が足りず、長いこと募集しているのだが、今時にしては給与や勤務形態、福利厚生といった条件があまりよろしくないようで、ちっとも希望者が現れないという。
だが、オレにとっては大したことじゃない。
多少ブラックで給料が安くても、本に関わる仕事ができるなら、そんな嬉しいことはなかった。


「まあ、座ってよ」

出版社を訪れると
ふにゃりと笑う、どうにも緊張感のない人に面接され、それが社長だというからびっくりした。

とんとん拍子に話は進み
オレは無事…新たな仕事に就くことになった。




それから一年ほどは、雑用や事務仕事をしていたのだが、今では時折持ち込まれる作家希望者の原稿をチェックする役目を任されていた。

まぁ…自分の会社のことを悪く言うつもりはないけれど、吹けば飛ぶような弱小出版社。
うちに持ち込みするってことは、大概 大手出版社で才能がないと門前払いされた人であり、その作品たちだ。
そして、今のところ…
心に響くような作品とは出会えていない。

それでも 大野さん…
社長曰く、あの妻戸先生を最初に見出したのは自分なんだそうだ。
何でも、彼は社長の知り合いで、あの処女作は元々ノートに書き溜められていたものだという。驚いたことに、小説として書かれたものでは無かったのだ。

それを手直しし、何とか小説として形にしたところで…大手出版社に横から掻っ攫われてしまった。
酷い話だが、この業界ではままあることだ。

まぁ、社長が言うには、それも正直売れるとは思ってなかったらしい。ベストセラーになって、一番驚いたのも自分だと言っていた。


過去のそんな経緯もあり、短編ではあるものの、今回、妻戸先生がうちで書いてくれるという話に編集部は大騒ぎとなっていた。


いつか…
先生とお会いできるといいなぁ。

そんなことを思いながら…
オレは、自分のデスクに積み上げられた書類の山に、ため息を吐いた。



つづく



miu