つづきです

松潤視点…







ふらりと立ち寄った本屋で、好きな作家の新刊を見つけた。

やばい。嬉しい。
このシリーズ好きなんだよな。

ワクワクしながら積み上げられた本に手を伸ばすと、同じタイミングで横から伸びてきた手とぶつかった。


「あ…」
「すいませ…」


こちらを見上げた、飴色の瞳。

え?俺…こいつを知っている。たしか…


「二宮…だよな。
お前もこの本好きなのか?」

「え?あ…うん。シリーズ全部持ってる」

「すげー面白いよな。読み始めると止め時が分からなくてさ。結局朝まで読んじゃうんだよ」

「わかる!ページを捲る手が止められないんだよね」

「お前…明日、会社休むなよ?」

「ふふ。そっちこそ」


それぞれ一冊ずつ手に取り、会計を済ませる。
本屋の前で「じゃあ…」と言うと、二宮は小さな手を遠慮がちに左右に振り「バイバイ」と微笑んだ。


その夜、眠れなかったのは
きっと本のせいじゃない。

何故なら、あんなにも楽しみにしていたはずの本の内容は全然頭に入ってこなくて。その代わりに…二宮のことばかり考えている自分がいた。


同じ会社の同期とはいえ、全くタイプの違うオレたちは、それまであまり話したことも無かった。
でも、偶然知った小説が好きだという共通点が、二人の距離を急速に縮めていった。


「ここの表現はさ」「ねぇ、この伏線ってこっちに繋がる?」「やっぱ上手いよなぁ」「この本も面白いよ?」「マジ?借りて良い?」


昼休憩
仕事終わり

毎日のように顔を付き合わせては
読んだ本の感想を語り合い

"松本くん" "二宮" と呼び合っていたのが
"潤くん" "和" と呼び合うように変わる。

そして、いつしか
隣にいるのが当たり前になっていた。

それなのに…



「ごめんね、潤くん」

「待って、和!」


抱きしめようと手を伸ばすのだが
和はその手をすり抜け、遠ざかっていく。

振り返った瞳が、悲しみに歪んで…




♪〜♪〜♪〜


「……っ、あれ…?」


洗濯機が、洗い終わりの音楽を奏でた。

…思い出せない。

さっきまで 確かに見ていたはずの夢を諦め
気怠い体をゆっくりと起こす。


何もない場所。
駅から車で30分、近くにコンビニもない。

あるのは綺麗な空気と、静かな時間だけ。

でも、オレにはそれで充分だった。

元々一人暮らしをしていたから、家事は苦じゃない。
自分の好きなように生きられる反面
今の仕事に、少しだけ…息苦しさを感じるようになっていた。


文字を書くのは好きだ。もちろん読むのも。

でも…
文字を綴るたび、過去の幻影が現れ 
俺を悲しげに見つめる。

何がいけなかったんだろう。
どうしたら…良かったんだろう。

いくら考えても、答えは出ない。


「いい加減、忘れろよな…俺」


洗い上がった洗濯物を手に、日当たりの良い庭に出ると、その眩しさに思わず目を細めた。




つづく



miu