つづきです







「…ごめんなさい。
じゅ…先生が怒るのは当たり前だと思います。あの…個人的な謝罪なら、いくらでもします。
でも、お願いします。仕事の件とは…分けて考えてもらえませんか」


床の上に正座して両手をつき、深く…床に擦り付けるように頭を下げ続ける。

…どれだけの時間そうしていただろう。

二人の間に流れる静寂を、無機質な機械音が破った。

その音源は、スマホではない家電。
先生はチラリと窓の外へと視線を向けると、険しい顔をしながら電話を取った。


「はい、松本です。あー相葉さん、午前中はどうも。…え?!あー…そうなんだ。もしかしたらとは思ってたんだけど。うん。連絡ありがとう」


先生が、未だ激しく雨が打ちつけている窓の外を指さした。


「和がここに来た時通った道。あれ土砂崩れで通れなくなってるって連絡があった。迂回路もあるんだけど、そっちも川が増水していて通行止めらしい。
だから…今日は戻れないと思う」

「え…、ええぇ?!
そんな、どうしよう…そしたら原稿、間に合わないんじゃ!?」


慌てて自分のスマホを見れば、圏外の表示が。
途中までは確かに使えたのだが…もしかしたらこの悪天候が影響しているのかもしれなかった。

オレが震える手でスマホを握りしめていると、察したのか先生が電話を差し出してきた。


「…普段でも、この辺はスマホの電波ギリだからな。これ使っていいから、連絡してみろよ。
まぁ、多分…大野さんに言われてた締め切りよりも早く上がってるから、まだ2〜3日余裕があるはずだと思うけど」

「すいません、電話お借りします」

ここは遠慮しても仕方がない。素直に電話を受け取った。
大野社長に連絡すると、電話の向こうで『そりゃあ災難だったなぁ』なんて呑気な答えが返ってきた。
締め切りに関しては先生の言ったとおり、まだ数日の余裕があるとのこと。今日無理して戻らなくても良いと言われたのだが。

どう考えても、この近くに泊まれる場所なんてない。
出版社に戻れない以上、車で寝るの一択。
土砂崩れまで起きている現状、車に泊まるのも危険な気がするが…

言葉の出ないオレに


「…今日は泊まっていけよ」

「え…?」


想像もしていなかった提案が降ってきた。


「誤解するなよ?別に…何もしねぇし。
車で寝るよりはマシだろう?
それに…トイレだって、その辺にされても困るから」



外は、今なお激しい雷雨が降り続いている。

泊めてくれるという先生の申し出は、とてもありがたいのだが…


なにせ気まずい。気まずさ大爆発。


だが、編集者にとって原稿は命。

これだけは絶対に持ち帰らなければないない。



「えっと、お世話になります…」



先生も同じように気まずかったのだろうか?

原稿をテーブルの上に置くと、部屋を出て行ってしまった。





つづく



miu