つづきです


にのちゃん視点♪









あぁやっぱり、先生の書く文章は素晴らしい。


色、温度、香り…

文字を追う度に、感覚が再現される。


表現が独特で、それがまたジワリと心に沁みてきて…


…本当にすごい人なんだ。


うん。

あの時、アナタから離れたのは…正解だったんだね。


一度目で 小説の世界に引き込まれ

二度目に 細やかな表現に感嘆し

三度目の読了で、漸く…チェックを終えた。



「読み終わった?」



声をかけられ、我に帰る。

いけない。

すっかり文字を追うことに夢中になってしまった。


まだ現実に戻りきれていないオレに、晩飯の用意ができてるからって。

泊めてもらえるだけでありがたいのよ。それなのに、ご飯なんて申し訳ない。

お腹がすいてないかと言えば嘘になるけど、そこまで甘えるつもりは無いので遠慮しようとしたのだが。



「…作りすぎたんだよ。捨てるの勿体無いから食ってくれ」



なんて言われたら断る方が逆に失礼な気がして。

結局、言われるがままにテーブルに着いてしまった。


皿に注がれた白いシチュー。

ふわりと立ち上る湯気が、何とも言えない香りを漂わせている。


いただきます と手を合わせた綺麗な指先は

変わらない、彼の…

食事の時の決まりごとだった。


一口食べれば、びっくりするくらい美味しい。

豊かな野菜の甘みに感動していると、断る隙を与えられず、グラスにビールを注ぎ入れられた。



「いや、オレは…」


飲むつもりはなかったのだが、乾杯 とグラスを合わせられた。


どうしよう…

これは断ってもいいかのな?


もちろん、オレだって昔は酒を飲んでいた。

ビール、ハイボール…

潤くんともよく飲み歩いたけど。


でも、長い入院生活の後、めっきり酒を飲まなくなっていた。

別に医者に止められてる訳ではないし、飲めば飲めるんだろうけど。

ただ、なんとなくそういう気分にならなかった。


数年ぶりの酒…

やっぱり遠慮しようと顔を上げると


「今日はもう仕事も終わりだろ?

それとも…俺とは飲めない?」


と、軽く圧をかけられ

結局、断りきれず琥珀色のビールで満たされたグラスを恐る恐る口に運んだ。



…あ、うま。

程よい苦味と喉を通る炭酸が、空腹を刺激する。


気づけば、ビールとともに皿のシチューを完食してしまっていた。





つづく





miu