いつもなら、クリスマスに浮かれた人々を冷めた目でみていたオレだけど、今年ばかりはクリスマスがこんなにも素敵な季節だと思わずにいられない。

バイトに向かう足元は、おろしたてのスニーカー。
足取りは軽い。

だが、そういう時に限って、道に迷ったらしいおじいさんに声をかけられた。すがるような目でオレを見る。いくら説明しても理解できないらしく、教えた方とは反対を指さして首を捻っていた。

ちらりと時計をみれば、バイトの時間が迫っている。

あぁもう!
少し遅くなるからと店に連絡を入れ、赤い上着に白い髭を蓄えたそのご老人を目的地まで案内した。


おじいさんを無事送り届け、店に戻ろうとすると
頬に冷たいものが触れた。

ひらひらと舞い落ちてきたのは雪。

…どうりで寒いはずだ。
オレはパーカーのフードを被り、今きた道を走り戻った。


予想外に雪は降り続き、店に戻る頃には歩道が薄っすらと白くなっていた。
東京では珍しいホワイトクリスマスに、オレは少し浮かれながら店のドアを開けた。

昨日と同じ真っ赤なサンタクロースの衣装に身を包み、店を見渡す。

…相葉くんの姿が見えない。

「あれ?相葉くんは?」
「今日はもうあがったよ?早番だったし」
「え…?」
「予約してたケーキ持って、さっき帰ったけど」

なんで?だって今日約束してたよね?
バイト終わったら映画に行くって…
慌ててスマホを取り出してみたが、相葉くんからのメッセージはない。
…オレのバイト終わりに来てくれるとか?
いや、そんな感じじゃなかった。それに、ケーキを持って帰ったってことは、これからクリスマスパーティをするってことで。

…どういうこと?
でも、相葉くんはウソをつくような人じゃないし、何より昨日のあの笑顔は。

「ごめん、ちょっと…」
「え、かず?どこ行くんだよ!?」
「すぐ戻るから!」

相葉くんに渡そうと用意していたクリスマスプレゼントをバッグから取り出すと、オレは店を飛び出した。

雪のクリスマスに、人混みをかき分けながら夢中で走るサンタクロースなんて我ながら笑える。

はぁはぁと息が切れたが…それでも足を止めることはなかった。

あ…

角を曲がる相葉くんの姿を見つけ、思わず叫んでしまった。

「相葉くんっ!」

振り返った相葉くんは驚いたようにオレをまんまるい瞳に写し、そして花が咲いたようにふわりと笑った。

「にの、どうしたの?」
「……」

走ってきたせいか、息が切れて言葉が出ない。

どうして帰っちゃうの?
オレとの約束は?

聞きたいことは山ほどあるのに…
相葉くんの手にあるクリスマスケーキの箱を見たら何も言えなくなってしまった。

無言で立ち竦む。
それでも昨日の約束を思い出してもらいたくて…
握りしめていたクリスマスプレゼントをそっと差し出した。

「え?オレに?うわー嬉しい!ありがとうにの」
「うん…」
「にのはこれからバイトだよね?」
「…うん」
「明日、楽しみにしてるね。
それとオレからのクリスマスプレゼントは、その時に渡すから」
「…へ?明日?」
「うん。映画。クリスマス…だよね?」
「クリスマス…って、あれ?」

オレの中ではクリスマスといえば12月24日なんだけど。聖夜。クリスマスイブ。
ん?…イブ?

「あの、相葉くん。クリスマスって…」
「明日だよね!」
「あ…そ、そうね。明日よね」

確かに、正確には今日はクリスマスではない。
勘違いして相葉くんを疑うなんて…
なんとも気まずくて俯いていると、相葉くんは手に持っていた箱をヒョイと持ち上げてオレに見せた。

ん?この箱って…
クリスマスケーキとは違う、バースデーケーキ用のデザインボックス。

「今日ね、誕生日なんだ。オレの」
「…え?そうなの?!」
「うん。だから今日は家で誕生日パーティーするって弟がうるさくてさ。早番に変えてもらったんだ。にのもバイトじゃなきゃ誘いたかったんだけど…」
「……えっと、あの…お誕生日おめでとう」
「くふふ、ありがとう。…あのさ」

そう言うと、照れたように目を細めた。

「にのの、サンタクロースの衣装…
真っ白な雪の中、なんかケーキの上の苺みたいだね」

相葉くんの声が
見つめる瞳が…

あまりにも甘くて 優しくて

「じゃあ、食べてみる?」なんて 訳の分からないことを口走ってしまった。

「冗談!何言ってんだろうね、オレ」
あはは、と笑って誤魔化そうとしたけれど
そんなオレを見つめる相葉くんの瞳は、さっきよりも、ずっと…ずっと、甘くて。

「ねぇ。明日言うつもりだったんだけど…今言っても良い?」
「何よ?」
「好き」
「…え?」
「オレ、にのが好き」
「…ん」
「にのは?」
「……好き」

相葉くんは、オレを人目から守るように大通りに背を向けると、ギュッと抱きしめた。

そしてそのまま…
とろけるような甘いキスが落ちてくる。



(メリークリスマス)

「え?」

耳元で 微かに聞こえた声は
相葉くんでも オレのでもなくて 

何故か…
ここに来る途中、道案内をしたおじいさんを思い出した。
赤い服に白い髭のおじいさん。
あの人がいなかったら、オレは相葉くんに
”誕生日おめでとう"って伝えられなかった。

…本当のサンタクロースだったりして。


まさかね と思いながらも
オレは雪の舞い落ちる空を見上げ


「メリークリスマス」


と、ひとこと呟いた。



miu