被災された方々に 心よりお見舞い申し上げます。

今私にできることは
少しばかりの募金(本当はSmileUpの募金箱に入れたかったけど行けないので、石川県の義援金受付口座にしました)と、一人でも多くの方が救われるよう祈ることです。

どうか、この願いが届きますように。










では、再開します


にのちゃん視点







「大変だったな。ご苦労さん」

「いいえ…あの、原稿です」

「おう」


社長に原稿を手渡すと、目が合った。
じっ…と見つめられ、なんだか居た堪れなくて視線を逸らす。


「…何かあった?あいつ気難しいからな」

「いえ、そんなことは!とても…良くしてきただきました」


大野社長と妻戸先生は、古い知り合いだと聞いていた。この人なら何か知っているかもしれない。


「あの、社長。妻戸先生って…」

「うん?」


たった一晩一緒にいただけ。
それだけ、だけど…

あなたの優しさは変わらない。立ち居振る舞いも。
見た目は…
整った顔立ちは同じだけど、少し痩せた。顔色もあまり良くなかった気がする。
7年も会っていなかったのだから、そのくらいの変化は仕方ないのかもしれない。

…でも。

何より、あの乾いたような笑顔。
表情としては笑っていないわけじゃない。
口角は上がり、目は細められている。

だけど…彼の目の奥に滲んでいた、何かを諦めたような、悲しみの色。

…それには見覚えがあった。

それに、先生の言った

”余命宣告をされた主人公が、猫のように…ひっそりと独りで死に向き合う物語、かな。
大好きな恋人や、大切な友人に自身の死による悲しみを残したくなくて、その真実を隠して離れる…
覚悟の深さと清廉な潔さを、文字にしたい"

これって、まさか…

嫌な想像が胸を締め付ける。


「妻戸先生、どこか…具合が悪いんじゃないですか?大丈夫なんでしょうか」

「あー…まぁ、な。でも心配すんな」

「心配するなって…しますよ!するに決まってるじゃないですか!!」

「こればっかりは、本人が何とかするしかないからな」

「…オレに何かできることないでしょうか」

「?お前…何でそんなに気にするんだ?編集者として心配するのはわからないでもないけど。それにしては随分と必死だな。
…なぁ、ニノ…
もしかして、潤と知り合いか?」

「………」


普段はニコニコとしていて優しい人だが、勘が鋭く、嘘の匂いは確実に嗅ぎ分ける。ウチの出版社では週刊誌も出しているが、ガセネタを出した事がないのはこの人の判断が的確だからだ。


「…はい」


社長は、何かを思い出すような仕草で
ぽんぽんと自分の頭を数回叩いた。


「あ、前の会社…そういや潤と同じだったか?うわぁ…何で気づかなかったんだろ。
それに、ニノの既往歴…あぁ…わかった」


もしかして、履歴書とか入社時の書類を脳内再生してるの?
この人…ただの人の良いオッサンじゃなかった。


「そっか、なら…話した方が良いかな。
あいつ…潤は、恋人が突然いなくなってから、必死に探してさ。でも結局見つからなくて。…自分を責めてたよ。で、精神的にかなり不安定にもなって。
あ、身体の方は大丈夫だと思う。おれの人間ドックに潤も付き合わせてるから。
小説書くようになってからは、精神的にも落ち着いたんだけど。
それでも、まだ味覚が戻らないって言ってたな。夜も深く眠れないとか…」

「………そんな、」


目の前が ぐらりと揺れた。


オレと離れて正解よ

大好きだった小説を仕事にできて
今じゃベストセラー作家
成功者
勝ち組


……本当に?

潤くん…
あなたは本当に幸せなの?


大好きだった、あなたの笑顔

それを奪ったのは…オレ?


「…まだ間に合うよ」


小さく震える手に、温かな…手が重ねられた。




つづく



miu