つづきです
にのちゃん視点








潤くんを追って外に出ると、駐車場には見覚えのある車が。
あの日…先生の家の前に停められていた車だ。


目の前で響き始めたエンジン音に
オレは、反射的にドアを開けた。


「ね、待って!」

「うわっ!!誰だよ…って、和?!」

「話がしたいの」

「…いや、もう話すことないから」


潤くんの言葉に構わず、助手席に乗り込んだ。
でも…このままここで話すというのも落ち着かない。

どうする?

オレは考えて、潤くんに指示を出した。


「そこで出て、左!」

「は?」

「とりあえずウチまで送ってよ。良いでしょ?」

「何で俺が」

「良いから!!」 


ぴしゃりと言い放つと、潤くんは気圧されたように固まっていたが、オレが頑として車から降りようとしない様子を見て、やがて…
潤くんは、ぶつぶつと文句を言いながらも、諦めて車を出した。

オレのアパートは、出版社からほど近い。
3つ信号を過ぎたところで、コインパーキングに停めさせた。


「降りて。一緒に来て」

「…いや…俺は」


運転席に回り、ドアを開けると
渋る潤くんの手を引いて歩き出す。


「おい、俺は…」

「…お願い。来てよ」


手を引いたまま…
オレは、狭いアパートの鍵を開けた。


「適当に座って?」

「…あぁ」


殺風景な部屋。
寝るためだけに借りているアパートには、ベッドとパソコン、仕事に使う最低限の物しかなかった。
かろうじて置いてある電気ポットで湯を沸かし、ひとつしかないマグカップにインスタントのコーヒーを注ぐ。


「こんなのしかなくて…ごめん」

「いや、良いけど。…で?話って?」

「……あの、さ…」


オレは深く息を吐き出し
そして彼の…瞳を見つめた。


「書くの…やめないでよ」


聞いてたのか、と 
潤くんは居心地悪そうに、オレから視線を逸らした。


「それは編集者としての意見?大野さんに頼まれた?」

「違う!そうじゃなくて…

………オレね?あなたの書いた本に出会って…もう少し頑張ってみようって思えたの。

自分の命の…先を知って。
怯えて…全部を手放して、そして諦めて。

だから、退院した時には
もうオレには何も残ってなかった。

そんな時よ。
妻戸先生の本に出会ったの。

この人の本、もっと読みたいなぁって。

そっか、生きてたら…
命があれば読めるのかって、そう思ったの。

だから、真面目に病院に通って治療して、定期的に検査を受けた。

その頃は本屋でバイトしてたからさ?妻戸先生の新刊、発売日を楽しみに待ってた。
それこそ、あの頃みたいに…寝る時間を削って読んだよ。

…今だってそうよ。
先月の原稿を読ませてもらってからずっと、続きを読みたくてワクワクしながら待ってた。
それは、編集者だからじゃなくて…
ただの読者として、あなたのファンとして読み続けたいのよ」


感情が昂ってしまったからか、目頭が熱い。
静かに瞬きをすると、こぼれた涙が頬を伝うのがわかった。




つづく





miu