つづきです








風呂から出たら、食事の用意が済んでいて。
色鮮やかなトマトのパスタとサラダがテーブルの上に並んでいた。


「オレが好きなの…覚えててくれたの?」

「…別にそんなんじゃ」

「そっか、そうだよね」


付き合っていたころ。
ふたりで家飲みしていると、無性にトマトのパスタが食べたくなる時期があった。
なんとなく…それを思い出したのだけれど、違ったのかな。


「潤くんは飲むんでしょ?ビール?」

「ん…いや、やめとく」

「?そう」


向かい合って座り、いただきます と手を合わせる。
くるくるとパスタをフォークに巻き付けると、温かな湯気とともにトマトの爽やかな香りが立った。


「わ、美味しいよ!潤くん」


トマトのほどよい酸味とフルーツのような甘み、玉ねぎやニンニクの風味が口の中でバランス良く広がっていく。
手が止まらないオレを見て、潤くんも恐る恐るパスタを口に運んだ。


「うん…美味い…」

「……潤くん?」


ひと口ずつ、味を確かめるような彼の姿に、オレは大野さんの言葉を思い出した。


「あ、そう言えば味覚…」

「…全く味がしない訳じゃなかったんだけどさ。
美味しくなかったんだよ。何を食べても。まるで色の褪せたモノクロの写真のようで。
だから、食事は最低限 身体を維持できれば良いと思ってた。
でも、この間…和と食べたシチューはすごく美味しくてさ。
けど、お前が帰って…
その後はやっぱり元どおりだった」

「そう…だったの」

「でも、美味い。
お前の部屋で飲んだインスタントのコーヒーも、コンビニのおにぎりも…みんな美味かった」

「…これからは、ずっと…美味しいよ」

「そうか…そうだな」


手が止まっていた潤くんの口元に、パスタを巻きつけた自分のフォークを差し出した。


「はい」

「いや、自分で食えるよ」

「ん!」

「……////」


潤くんが恥ずかしそうに小さく口を開けたから、そこにパスタを突っ込んでやった。
当然、口の周りはトマトソースで真っ赤に。
紅を刺したような、その唇に…

オレは、くすくすと笑いながら
潤くんの横へと移動し

自分の唇をそっと重ねた。


「ふふ。美味しいね♪」

「お前っ////そういうことを!」

「良いじゃない。誰も見てないし。あ、じゃあ…」


今度は、潤くんの皿からパスタをとり、自分の口に運ぶ。

上目遣いで ジっ と見つめると

近づいてきた唇が重なり
トマトソースとオレを…ゆっくりと味わっていた。



つづく






miu