車内脱落 | 見えない世界の真実が此処に®

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朝9時に出社し、朝礼とひと通りの事務処理を終えた矢留木竹刀(ヤルキシナイ)(25歳男)は、「行ってきます!」と元気に会社を出た。

 

はぁー。

今日、契約を上げなければまた課長にどやされるのか・・・。

 

矢留木は、大きなため息をつき、当ても無い、でも作らなければ叱られる為に作った、助手席に置いてあるなんちゃって見込み客リストに目を落とした。

 

「ヤル気しないのか!!!」

と叫ぶ 課長の声が思い出される。

 

お客さんの前に出ると、一気に血の気が引く。

何百回と繰り返し言葉に出し覚えた商品説明も、お客さんの前だと頭が真っ白になり、しどろもどろなのだ。

 

俺は・・・駄目な男だ。

俺みたいな・・・。

 

会社のロゴが入った営業車をしばらく当ても無く走らせると、いつもの人気の無い立体駐車場に車を止めた。歓楽街の為、夜になると車がいっぱいになるこの駐車場も昼間にはほとんど車が止まっていなかった。

4Fまであがった。ここだとほとんど車は来ないし、日陰でもあるのだ。

 

サイドブレーキを引き、エンジンを止めた。

なんちゃって見込み客リストではあるけれども、それにもう一度目を通す。

 

蝉が鳴きだした。

 

なんでこうなったのか。

入社した時にはもう少し話ができたよな・・・。

 

矢留木の教育係であった渋井結果(シブイユイカ)(26歳女)が転勤し、一人で営業に廻るようになって一年が過ぎていた。

一人で営業する事になったのだ。それまで渋井の車に同乗しており車を買おうかと悩んでいた矢留木であったが、ちょうどその頃、営業成績が悪く自主退社していった先輩社員が使っていた車が空いた。

そして、入社してから平均的に成績の良かった矢留木に、この営業車がまわってきたのだ。
 

「ありがとうございます!!」 矢留木竹刀は、喜んでいたのだが・・・。

 

「行ってきます!!」と元気良く会社を飛び出し、車に乗り込むと・・・なぜか、やる気が失せていくのだった。

 

俺は・・・俺みたいな・・・俺は・・・。

 

パチンコ屋の駐車場。スーパーの駐車場。コンビニの駐車場。

どこぞの駐車場で自分を責め続けた。

わざわざ港まで車を走らせ海岸でボーとする事もあった。

 

「エイドリアーン!」

矢留木は、大好きなロッキーの真似をして、車中で叫ぶこともあった。

 

「元気ですかー!」

矢留木は、尊敬するアントニオの真似をして、車中で叫ぶこともあった。

 

繁華街の立体駐車場の中、エンジンを切り、エアコンをかけない状態では汗が止まらない。

なんとか、自分の心を奮い立たせるように、気合を入れていく。

決して大きな声ではなかったが、矢留木は叫んだ。

エイドリアーン!

 

5分くらいたっただろうか、元気が出てきた気がした。

ヨシ!

そして、車のエンジンをかけ、汗だくになったYシャツを肌から離しながら、1階の駐車場の出口に向かった。

 

しかし出口に近づくにつれ、また溜め息が出てきた。

 

はぁ―――。

 

いかんいかん!

 

エイドリアーン!!

 

と今度はかなり大きな声で、もう一度叫んでみた。

俺は出来る男だ、俺は出来る!

 

そしてもう一度

エイドリアーン!!!!

 

今度はもっと大きな声で叫んだ。

 

と、ちょうど車を止めエレベーターに向かっていた女性と目が合った。

 

何、あの人!?

女性は、そんな目で矢留木を見ていた。

 

矢留木はもうどうにでもなれ!と思った。

 

元気ですかー!

 

え!何!変態!?

さらに女性の目は変わり、エレベーターに急いで向かっていく。

 

終わったのか・・・。

いや、終わったな俺。

なんと言っても社用車で、ロゴも入っている。

 

はっはっはっはっ!!

わっはっはっはっ!!

はっ・・・はは・・・。

 

終わり

 

次回、解説記事 につづく

 

シックスセンス管理人

 

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