[コピー]TOBE課題「かさ」落選 | あべせつの投稿記録

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TOBE課題「かさ」

 

月暈 

あべせつ

 

 

ふと目を覚ますと、天窓から暈をまとった月が、仰臥する俺を覗いていた。見慣れぬ景色に、思わず蒲団から身を起こそうとする。

「うぐっ」

体を貫く激痛にうめき声が出た。

「お目覚めですか?」

女の声とともに襖が開いた。その声の主が行灯に火を点したとたん、浮かび上がった異形の影に俺はぎょっとした。家の中だというのに、深編笠を被っている。

「ここは? 俺はいったい」

「貴方様は沢で倒れておられました。覚えておいでですか?」

――ああ、そうか。山中であの時、足を滑らせて。

「こんなあばら家ですが、私一人ですから、気兼ねは要りません。しばらくの間、ご静養なされるとよいでしょう」

そう言いながら粥の椀を差し出したその手は、白く絖のように滑らかだった。笠で顔は定かではないが、恐らくは若い女であるのだろう。

「失礼ですが、なぜ笠を?」

女はそれには答えず、よれた封筒を差し出した。それは俺の書いた遺書であった。

「貴方様も何やらご事情のある身とお察しいたします。お互いに詮索はなしということにいたしましょう」

 

翌日は雨になった。電気も水道もないこの山小屋で、聞こえてくるのはただ屋根を打つ雨音だけ。夕刻に雨が上がると、夜には月暈がかかる。そして翌日の雨。同じ光景が幾日も連綿と続き、さながら天窓が回り灯籠のように思えてくる。笠女は食事を運んで来る以外は、ずっと隣室にこもっているようだった。

「そこで何をしているのです?」

三日目の夜、ただ臥せることの苦行に耐えかねて、たまらず声をかけると襖が静かに開け放たれた。火をくべた囲炉裏端に松毬が嵩高く積まれている。女はその一つから大粒の実を取り出して見せた。

「松の実ですか? 俺も手伝いますから、一緒にやりましょう」

「えっ? でも」

「お陰様でもう動けます。貴女に少しでも恩返しがしたい。それに正直なところ、ひどく退屈しているのです」

日がな一日、差し向かいで松毬を触る日が続くと、女の頑な態度が和らぎ始めた。幼い頃に患った瘡が顔半面に醜い痕を残したため、人目を避けて暮らさねばならないこと。今亡き両親が、裏山に自生する朝鮮五葉の松の実を粥に入れて食べていたこと。その松の実は、珍品として高値で売れること。夜毎、笠女が語る身の上話に、俺は黙って耳を傾けた。

 

そうして一ヶ月が過ぎた。

「長いこと、お世話になりましたが、そろそろ山を降りようかと思います」

「えっ? 貴方はずっとここにいて下さるのかとばかり」

「ここの暮らしは、俺にはもう」

「もう少し、もう少しだけ辛抱してくださいませんか? もうすぐ手術の費用が貯まるのです。整形して綺麗になれば、町で普通に暮らしたいと思っています。貴方と一緒に。貴方も行く場所はないのでしょう?」

その言葉を聞くなり、俺は笠女を褥に抱きすくめた。女は、抗わなかった。

 

その夜から俺は一計を案じていた。女が貯えているという金。その金さえあれば、もう一度やり直せる。

あれから幾夜となく寝物語に金の無心を試みたが、女はいつも話を巧みにすり替えた。

――盗むしかない。あのご面相なら山を降りてまでは追って来まい。

笠女は時々、松の実の袋を積んだ荷車を押してどこかへ売りに行き、夜半に畠で摘んだ松毬を山積みに持ち帰る。留守の間に家捜しをしてみたが、銭一文出てこない。

――松畠のどこかに金を隠しているはずだ。

女は俺が松畠を手伝うことを頑なに拒んでいた。

 

俺は女の出かけた晩、朝鮮五葉の影に潜んで帰りを待った。笠女が山道を登ってきた。そして俺が見ているとも知らず、松の下を掘ると壺を取りだし、札束を入れると再び埋めた。俺は、笠女が立ち去るのを見届けると、その場所を素手で掘り返した。

――うわあっ!

壺の横に白骨化した遺体が見えて、俺は腰を抜かした。

次の瞬間、鈍い音と共に脳天に衝撃が走った。振り向くと笠女の手に鋼鉄のシャベルが握られている。俺の顔に生暖かいぬめりとしたものが伝い始めた。

「あんたも、あの男と同じだ。連日連夜、闇に戸張し雨を降り込めてまで、お前を足留めしたいと思った女の思いを、裏切った」

遠退く意識の中、相変わらずの月暈が俺を嘲笑うのが見えた。      完

 

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少し早いですが、書いちゃったのでアップしてみました。

陰隠滅滅、横溝正史風(笑)

5/1になりましたら、投稿したいと思います。

 

課題があえて「かさ」と平仮名表記でしたので

『月暈』ツキカサ、『松毬』マツカサ、『瘡』カサ、『嵩高い』

『深編笠』などを入れてみました。

『傘』も思ったのですが、入れる文字数が無く……。

 

「山を下りるのに、傘を差してでは危険です。せめて雨が止むのを待たれては」という女のセリフです。

あと、粥の中に毒キノコのカサを入れて殺害とか

行燈ではなくランプのカサにしようかとか

色々考えましたが、奥深い山小屋設定なので電気は無しにしました。

 

ちなみに市販の松の実は、朝鮮五葉という種類の大粒の松毬の実ですが、主に外国産です。

日本でも関西や四国の深山に自生しているそうですが、松の実をとる手間が大変なので、なかなか国産松の実は売ってないそうです。

 

そのへんにある松の実は、食用には適さないのだそうです