あと7時間ちょっとで、丸1年。



『もうすぐ休憩時間だね』
なんて言いながら、工場の一番奥で、新人さんに仕事を教えてた。



突然の激しい揺れ。



妊娠7ヶ月の大きいお腹。



逃げる事も、隠れる事も出来なくて



どんどん揺れが強くなり、棚や机が通路を狭める。



そんな中を、机伝いに出口を目指した。





1年経っても、全く褪せることなく、まるで昨日のように思い出すことができる。



思い出すと、決まって涙も溢れてくる。



地震には鈍くて、揺れても気付かなかったのに、今じゃ、震度1でも解るほど、敏感になってしまった。
揺れてないのに、揺れてる気がして落ち着かなかったり、車が通る音が、地鳴りに聞こえたり



テレビで当時の映像が流れると、動悸がして涙が溢れてくる。



病んでるなぁ…。



私は、実際には津波を見ていないのに。





でも、幸いにも家族はみんな無事だった。



義伯父さんの家は流出。
義弟の家は避難区域にはなっちゃったけど。



電気も水道も使えない。
携帯も繋がらない。
産婦人科とも連絡がとれない。
ガソリンは軽自動車に半分。
徒歩圏内にお店はない。



ないない尽くし。



でも、米はあった。
ガスが使えた。
水は、汲みに行けばなんとかなった。



毎日当たり前に使ってた、水道、電気のありがたさを知った。



毎日、子供達にはひもじい思いはさせたくないと、食料を集めてまわった



買えるかわからないガソリンスタンドに1時間も2時間も並んだ。



放射線が怖くて、実家に一次避難した。すぐに帰ってきたけど。



仕事行くようになって、会社から水を汲ませてもらった。



会社に寄せられた、支援物資のパン。嬉しかったなぁ。



友達の旦那さんが、東京から、物資を持って、炊き出しに来てくれた。



本当にありがたかったなぁ。



しばらくして、落ち着いてきて、電気も水道も使えるようになって、ガソリンも買えるようになって、産婦人科とも連絡とれて



震災から3ヶ月後。



無事に明里を出産。



オムツ、おしり拭き、ベビー服等、たくさん支援でいただいたおかげで、本当に助かった。



そんな明里も、もう9ヶ月。



すくすく成長してる。



来月からは保育所に通う事になる。



私も仕事復帰だ!






最近じゃ関東方面でも地震が多発してるね。



近い将来、また大地震がくると言われてる。



気をつけてつも仕方ない。
備えて、準備しておくことが大事。



地震なんてもう懲り懲りだけど、みんなで乗り越えて行こうね!






今日は、旦那も休み。幸誠のサッカーも休み。



天気が良ければ、みんなで合同慰霊祭に行ってきます。