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ネタバレありますのでご注意ください。

 

ようやく観ましたドキドキ

 

シェイクスピアのローマ史劇(悲劇)『コリオレイナス』の映画化。

レイフ・ファインズの初監督映画でもあります。

現代化しているシェイクスピアということは公開前から知っていたので、

たぶんだめだろうなぁと観なかったのですよね。


いや、それ以前に



なんで初監督で、あのマイナーでおもしろくない『コリオレイナス』を映画化???


と思えてなりませんでした。

相当なシェイクスピア好きでないと、読んでないのが『コリオレイナス』。

私は白水とちくまの両訳で5回ほど読んではいるけれど、原書では読んでいません。

・・・読もうと思えなくて。

駄作 と言ったら言い過ぎなんだろうけれど


何よりもシェイクスピアが好きで好きでたまらなくってとにかく愛している私が

「つまんない」 って言うんだから、

大抵の人は「つまんない」と思うのでは・・・・・・・と思います、よ。

でもね、この映画はすっごく良かった!!!!

『コリオレイナス』をよくぞ、ここまで!むしろ現代化して正解でしたね。


あらすじはこんな感じ。
最後までネタバレします。


ローマの将軍ケイアス・マーシャス・コリオレイナス(レイフ・ファインズ)は、民衆の暴動を力で制圧する。そこへヴォルサイ人が攻めてきたとの報が入る。
ヴォルサイ人の将軍オーフィディアス(ジェラルド・バトラー)はローマと幾度となく戦いをしていたが、そのたびにコリオレイナスに破れ、今回もまた決着がつかなかった。



ローマに帰ったコリオレイナスは、その戦功から執政官に推薦されるが、その傲慢さから出た失言で反逆罪に問われ、国外追放にされる。



コリオレイナスはローマへの復讐を誓い、オーフィディアスにつくことを選ぶ。



コリオレイナスの母ヴォラムニア(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)、妻ヴァージリア(ジェシカ・チャステイン)がコリオレイナスの基へ赴き、ローマを滅ぼさないでくれと嘆願する。




その願いを受け入れて和平を結んだコリオレイナスは、オーフィディアスの放った刺客に裏切り者として暗殺される、という内容です。






『コリオレイナス』は、本当はタークイン追放後の間もないローマが舞台で、具体的には紀元前5世紀前半ってところですね。




見落としがちだけど、ここが重大なポイントだと思っています。


タークイン、って、あれですよ。ルクレツィア(英語読みルークルース)を凌辱した男。

この事件がきっかけとなってタークインを始めとした王族が追放され、ローマに共和制が成立したわけです。


ルクレツィアも実在したし、その凌辱と自害も史実ということになっていますが

共和制誕生のすべての原因が彼女の凌辱・・・というわけではないみたいですがね。


この事件が大体紀元前510年と言われています。


これから「間もない」ローマが舞台なんだから、

『コリオレイナス』は、政治的対立の劇であり、民主制と貴族制の対立がこれまたポイントになっているのですが、

共和制が始まったばかり、というのが重要な意味を持つ…と思うのですよ。


但し、この映画は「現代」が舞台だから、そこは消え去っちゃうんだけど

たしか「タークイン」という言葉は出てきましたよ。


ちなみに、コリオレイナスも実在した人物で、種本としてプルタークやリウィウスをシェイクスピアが用いていることからからもそれは窺えます。

他シェイクスピア劇にもタークインやコリオレイナスは、比喩としてよく出てきますよ。



なぜ私が『コリオレイナス』を嫌いだったか、というと、


コリオレイナスは傲慢という設定で、その性格がないと悲劇が起こるはずはないくらいの不可欠な性格要素なのに、


本当にシェイクスピアが書いたのか?というくらい

第三者に「あいつは傲慢だ」と、ひたすらに言わせて、はい、終了、となっているところ。


あんなにも人間を描くのが上手いシェイクスピアなのに・・・・・・。


まーーーったく説得力がないのですよ。

5回ほど読んでも、毎回、「・・・傲慢・・・・かぁ・・・・・?」と思ってしまう。



しかし、今回の映画はそのあたりが上手く表わせていていました。


コリオレイナス=傲慢 では別にないと思うのだけれど

少なくとも、一般の市民から見れば、傲慢に見えてしまうというのはよく伝わったから。


ローマはコリオレイナスのお陰で何度も救われているわけで、どちらにせよ

「傲慢になる権利がある」 と言えるのではないか・・・・と思えてなりませんが。


傲慢と誇り高さって似ているし。


市民の言っていることがそれはもうころころ変わっており、

その移ろいやすさが前半からよーーく描かれています。


だからこそ、コリオレイナスがローマから追放されることにもある意味納得がいくようになっていて。

特にこの映画はテレビの使い方が上手いですね。


ジュリー・テイモアの『タイタス』は、全体的には凄く良かったのに

意味の分からない現代化になっていて、変なところが現代で、まあものすごい違和感&テレビの使い方も下手 だったので

えらい違いだなぁ、と思ってしまいました。

 ※どちらも古代ローマが舞台。


『コリオレイナス』は、現代に通ずる悲劇なんだ、ということが改めて、いや、初めて実感させられました。




原作は前半がまあ、かなりの退屈さで

中盤になるとちょっと追い上げてくるかなぁという印象があります。


そのきっかけとなるのが、映画ではブライアン・コックスが演じるメニーニアス・アグリッパ

彼が、コリオレイナスに「ローマを攻撃しないでくれ」と頼みに行く場面が一番の読み(観)どころだと思うし、そこが一番面白いのに、

映画ではかなりカットされていた、というのが唯一の残念なところかな。

そもそも、メニーニアスの出番が少ない。


映画では、やたらとオーフィディアスにスポットが当てられています。

原作の最後のコリオレイナスの死にしても、その場にオーフィディアスはいることはいますが

直接手を下すのは、オーフィディアスではなかったし。





かの有名なA. D. ブラッドレーが、「主人公が分裂しない心を持っていて、相手の敵に立ち向かうような形の悲劇は、シェイクスピア的ではない」と言っています。


言われてみると、このシェイクスピア最後の悲劇とされる『コリオレーナス』が、シェイクスピア的ではないのですよね。


シェイクスピア的とは何か、ときかれてもなかなか上手いように答えられませんが、

悲劇であれば、何らかの葛藤が主人公を押しつぶしてしまうもの、なのかもしれません。

コリオレーナスはそれとちょっと違う。


ギリシャ悲劇は運命の悲劇(つまり、逆らえないということ。オイディプス王なんかが代表例かな)である一方、シェイクスピア悲劇は性格の悲劇であるとよく言われていて、

『コリオレーナス』も、まあ、傲慢という彼の性格が引き起こした悲劇であることには変わりはないですけどね。



ブラッドレーの批評は賛否両論ありつつ、

私個人としては結構好きなのですが

「母の叱責に抵抗できない大きな子供の悲劇」と見るのはあんまり好きじゃないな。


簡単に言うと、マザコンってこと。

こういう読みもかなりされているけれど、最近は「いやいや、マザコンなんかじゃない」という読みが主流となってきている気がします。



ブレヒトが『コリオレイナス』の改作をしていて、それにまつわる論文なら読んだことがあるのだけれど

肝心の作品は翻訳がないようで読めません・・・・↓


『コリオレイナス』が、好きになってきたかも。

そんな風に思える映画でした。



今度は、12月に『もうひとりのシェイクスピア』が公開されますね。トレイラー→ こちら


シェイクスピア別人説を映画化しちゃう、という、とんでもないことをやってのけちゃった映画。


特にシェイクスピア研究者やシェイクスピア好きからの評判はすこぶる悪い!

けれど、気になっています。

私確実に激怒しそうだけど。




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