「……あのぅ、殿下?」
「駄目だ」
取り付く島もないとはまさにこのこと。
「まだなにも言ってないよ?」
「言わずともわかる。却下だ」
厳しい応えに、マサキはがくりと項垂れた。
ハレの日らしく大気まで浮き足立った宵の刻。
行き交う者はすべて、賓客から使用人に至るまで皆きらびやかな装いに身を包み、
今日の王宮はいつにも増して華やかだというのに、この部屋の雰囲気といったら最悪だ。
「殿下のいじわる。もういいよ、ジュンかカズに連れてってもらうから」
「……それを俺が、許可するとでも?」
地を這うような低い声…
視線が鋭く突き刺さる。
部屋付きの侍女たちは不穏な空気に顔を見合わせ、ショウが下がれと合図をすれば畏まりつつ慌てて控えの間に引っ込んだ。
ジュンは流石に慣れたもので何食わぬ顔でスケジュールの確認などをしていたが(またやってるの? と呆れてはいた)、
つい先程、顔見知りの侍従に呼ばれて席を外した。まだ戻ってきていないので今はショウと二人きり。
「なんで? どうしても行っちゃダメ?」
「そんな声出しても駄目なものは駄目だ」
普段なら頃合いを見てジュンが仲裁してくれる言い合いも、彼が不在の今は平行線を辿っている。
好奇心旺盛なマサキと心配性なショウとで意見が食い違うのは日常茶飯事だったが、
外部の目がある場所でここまで感情的になるなんて賢明なショウらしくない。
「ハァ……良い子だから言うこと聞けよ」
「子ども扱いしないでよ」
「子どもじゃないなら俺を困らせないでくれ。とにかくマサキはパーティには連れて行かない」
この話は終わりだと告げられて、はいそうですかと素直に頷けるくらいならマサキだって最初から反抗などしない。
犬か猫でもあやすように頬に伸ばされたショウの指を触れる寸前で振り払う。
一瞬傷ついた顔をされてたじろいだが…
あの手に撫でられたら懐柔されて、抵抗なんかロクに出来ないのはマサキ自身よく分かっていた。
「だって、いっしょに行こうって約束したのに。殿下はオレにウソをついたってこと?」
大事を控えた局面でショウの機嫌をこれ以上損ねるべきではないとわかっていたが、諦めきれないマサキは一縷の望みをかけて食い下がる。
「状況が変わったと……前に説明した通りだ。
本当なら離宮で待機させておくものを、ここまで連れてきてやっただけありがたいと思え」
高圧的な態度に険悪なムードが立ちこめる。
「王宮には連れて行くが宴には俺ひとりで出席する。兄上に挨拶をする機会は別で設ける。
不特定多数のいる場で顔見せするリスクの方が大きいと宮殿内の情勢を鑑みて判断した。
お前もそれで、一度は納得していただろう?」
「でも…」
「でもじゃない。マサキ、お前の主は俺だ。所有権もお前ではなく俺にある」
キツい眼差しを向けられて負けじと睨み返したら、ショウは目を伏せ困った顔で「いいからここで大人しくしてろ」とマサキの肩を押さえつけた。
「やだよ、オレだけ留守番なんて。危ないって何が危ないのかも教えてくれないし、それにパーティはひとりじゃ参加できないんでしょ?
殿下はオレを置いて…誰と一緒に行くつもり?」
「……誰だ、余計なことを吹き込んだのは」
威嚇のような鋭い舌打ちに身がすくむ。
よそよそしい物言いは出会った頃に戻ったようで歯向かうのは内心ドキドキしたが、ショウは怒っているというよりも、どちらかというと困っているように見える。
二人して押し黙っていると、やがて戻ってきたジュンの足音がして気まずい沈黙は破られた。
「おまたせー! 早めに挨拶できるよう調整してきたよ。殿下はもう出れるよね?」
城下では景気よく花火が幾つも上がっている。いよいよ宴が始まるらしい。
「まぁいい。とにかく、お前の不満は後で必ず聞いてやるから。
今は俺の言うことを聞いてくれ。頼む、な?」
「うん……」
不承不承、頷いたマサキの頬にショウが触れる。
振り払われなかったことに安堵してか、小さく息を吐いて絞り出すように名を呼ばれた。
つづく