「で、雅紀の願い事ってなに? 俺に出来ることならすぐにでも叶えますけども」
頼むから怪我を労われと厳しい顔で諭された。
反省の名残で正座をしたままゼリーを頬張る雅紀にぴたりと貼りつき(重い)
手持ち無沙汰なのかシャツや短パンの紐をちょいちょい引っ張りながら(食べる邪魔だ)、
立て続けに意外なことを言ってくる翔にちょっと驚く。
「ふふ、魔法ってそういうシステムだったの?」
「ではないけど。とにかく何でもいいから好感度上げたくて、俺だって必死なの」
真面目な顔で冗談を言うから笑ってしまう。
吹き出した雅紀に唇をむっと尖らせて、拗ねてるアピールをする翔がこれまた珍しくて微笑ましい。
よしよしと、頭を撫でたら怒るだろうか。怒るだろうな。
プラスチックのスプーンをせっせと口に運び、むずむずする衝動を誤魔化した。
ごちそうさまと手を合わせると「またこぼしてる」と肩を竦めながら紙おしぼりで拭ってくれる。
「わ、ごめん。教えてくれたら自分でやるのに」
「いいよ。子どもみたいで可愛いし、こうやって触る口実にもなるからな」
俺が雅紀に触りたいだけ、と、にっこり笑顔を向けられて雅紀は耳まで熱くなった。
誰かに世話を焼かれるのはくすぐったい。
それが翔だと尚更だ。
下手くそで不慣れなのが丸わかりの不器用な動作でも、なんだか妙に嬉しくて、切なくなるし落ち着かない。
「しょ、翔ちゃん…急にそんな、あんまり優しくされると照れるんだけど」
「イヤか? 優しくしたいし、大切にしたいって言っただろ。てか、俺の願い事も叶えてよ」
甘い声で確信犯的に迫られて、ダッシュで逃げたくても服の裾を掴まれているせいで身動き取れず、とにかく翔の顔を見ないように目をキツく閉じたら、
「無防備」「ふがっ」
雅紀の鼻をむぎゅっとつまみ、可笑しそうににやにや笑って抱きしめられた。
「……翔ちゃんの願い事って、なに?」
聞いたら後戻り出来ないような気はしたけれど好奇心が勝ってしまう。
案の定翔は、獲物を目にした捕食者の顔で、
「ん? そりゃあ雅紀のこと。もっと知りたいし、全部欲しいし好きなだけ触りたい」
雅紀に敬遠されるのを恐れて抑圧していた気持ちを今後は隠さずに接したいと言われ、喩えようのない恥ずかしさに雅紀は内心仰け反った。
「そ、それってつまり、翔ちゃんはオレのこと」
「だから、さっきから言ってるだろ? 聞く気があるならいつでも言うって。
知りたいなら俺の目、ちゃんと見て?」
「あっ…ちょっと、ずるいよそれっ…!」
背中に回った腕がぐいと雅紀の身体を引き寄せる。
足で羽交い締めにされて、距離をほとんど無くされて、強制的に視線をからませられる。息がかかってこそばゆい。
「目、開けてよ雅紀」「ずるい…」
腫れた頬に触れないように耳の後ろに優しく指が添えられて「ごめん」なんて囁かれたら逃げ場なんかどこにもない。
「好きだよ」
声があたたかくて、胸の奥までじんじんした。
緩い拘束に捕えられた雅紀は、ぼんやりその声を反芻するしかできず惚けたまま。
「わかってるくせに、俺の口から言わせたかったんだ? 雅紀ってやらしー」
「ち、ちがっ……うひゃ、ちょっと翔ちゃん!」
「んはは、うひゃって。色気のねぇ叫び声」
くすくす笑いながら翔の唇が頬を掠め、辿りついた耳元で「雅紀が好き」だと繰り返し囁く。
翔が触れたところはどこも熱くてたまらないのに、唇はやわらかくてひんやりしてる。
誰のそばよりドキドキするけど抱きしめられるとほっとして、安心感で胸が満ちる。
「翔ちゃん、もういいって。わかったから」
「まだよくない。キレーな外見も好きだけど内面もちゃんと見てるからな?
博愛主義と見せかけてドライなとことか、慈悲深そうなのに芯が強くて頑固なとこも意外性があっていいし、」
「……あの、オレってそんな感じ?」
「自分の魅力に気づかず謙虚なとこも、意外と人見知りで殻が硬いとこも、人懐っこい笑顔も可愛いと思うし独り占めしたい。
笑顔といえば、俺に抱かれてるとき朦朧としてるのに名前呼んだら笑ってくれるあの感じが最高で」
「もっ、もういい! もういいからストップ」
「──ああ、ヤバいな。思い出したら今すぐ見たくなってきた。
雅紀、ここの準備できてるんだっけ?」
イタズラな手が 尻をむんずと掴んできたせいで雅紀は再び奇声をあげた。
「あの、オレ今日はそんな気分じゃなくて…」
「いいよ、全部俺がするから雅紀は寝てて大丈夫。どうしても嫌なら添い寝だけでも…
ああでも、時々キスは応えてくれたら嬉しいな」
無理だ。できない。冷や汗が出る。
人格が入れ替わったのかと疑いたくなるくらい健気で優しい、べったべたに甘い今夜の彼は一緒にいると心臓への負担が大きすぎる。
「お、オレやっぱり帰るね? 雨降る前に」
「なんでだよ。つーか雨ならもう降ってるし、止むまでウチにいたらいいじゃん」
たしか今夜は夜通し土砂降りだったはず…
「好きだよダーリン。俺のもんになって?」
「ひゃ…」
不敵に口角を上げた翔に、怪我してない方の頬をかぷりと齧られ身体が跳ねる。
「食っちゃいたい」とも聞こえたが、茶化されてるのかと思いきやギラギラした目は本気だった。
「なぁ、拒否んないで雅紀。俺、お前のことすげぇ好き。大切にする自信もあるよ」
「わ……わかったから…ちょっと、はなれて!」
今の翔にこのテンションで抱かれたら、雅紀はおそらく干上がってしぬ。
つづく(LAST)