$マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩 明石書店のHPはこちら


「東大に勤務する彼が、しがない私立大学に勤務している私に「東大」というレッテルを貼るのも奇妙だ」と池田氏は言うが、これも氏が本書を読んでいない証拠となろう。

この本は、私が東京大学をフィールドとして研究した成果であり、東大にいないと「東大話法」の研究はできない。東大でこんな研究をして、出版するには、院生や助教は言うに及ばず、准教授でも命が危ないので、教授でないと、とてもではないが怖くて出せない。教授でも怖いが。

そういうわけで、東大教授の私が「東大話法」を研究する必然性がある。しかも、私はちゃんと、東大関係者や東大卒業生に、これを得意としている者が多い、と書いている。それゆえたとえ「しがない私立大学に勤務している」としても、東大をご卒業になっている池田氏は当然、その範囲内である。(ちなみに、自分の職場を「しがない」とか仰るのは、上武大学に対して失礼ではないだろうか、と心配する。)

尤も、本書で繰り返し書いたように、東大関係者・卒業生が全員、東大話法を使うわけでもないし、逆に、東大と何の関係もない人でも、東大話法を使う人は多い。日本社会にこの種の欺瞞言語は蔓延しているのだが、そのある種の中枢たる東大でそれが顕著でかつ危険だ、というに過ぎない。

さてそのあとが、彼の「反論」の本体であるが、

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ただ、彼の事実についての指摘には、ここでお答えしておこう。
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といって、本の方ではなくて、私のブログの元記事を二つ引用して批判している。まぁ本を批判するなら本から引用して欲しかったが、ブログを修正して本にしているのであるし、引用が面倒くさいだろうから、これは問題にしないでおこう。

まず池田氏は私のブログを引用する。

==============安冨のブログの記事===========
=======池田氏の記事============
福島第一原発の状況はまだ予断を許しませんが、かなり大量の放射性物質が周囲に出たことは間違いありません。しかし、いま発表されている程度の放射線量であれば、発電所の周辺を除いて人体には影響がないでしょう。これについては過去の核実験で多くのデータが蓄積されており、計算可能なリスクです。
=======池田氏の記事============

これは既に暴論である。低レベル放射線量被曝もたらす長期的影響についてのデータの蓄積は極めて乏しい。なぜなら、この調査を科学的に厳密にやるためには、

(1)沢山の人を調べないといけない。
(2)非常に長期にわたって調べないといけない。
(3)身体の全ての部位について調べないといけない。
(4)子々孫々にわたる遺伝的影響について調べないといけない。
(5)被曝量を正確に見積もらないといけない。
(6)被曝部位を正確に見積もらないといけない。

からである。これらを全てやって、何の影響もない、ということがわかれば「健康に影響がない」と言えるのである。しかし実際問題として、こんな調査は不可能に近い。それゆえ、全ての調査はいい加減である。最も正確とされるのは、広島長崎の原爆の被爆者の調査であるが、これとても、放射能の影響が軽く見積もられていた時代に始まっているので、不十分である。
==============安冨のブログの記事===========

これを引用した上で池田氏は、

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これは「わからないことが多い」と言っているだけで、何も新事実を指摘していない。広島・長崎の生存者12万人を60年近くにわたって追跡した被爆者調査が「不十分」だというなら、十分な疫学データは世界のどこにもないし、完全なデータがなければ何も言えないというなら、放射線についての議論は成り立たない。
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と言う。

しかしこれはおかしい。私が言っているのは、

「人体には影響がないでしょう。これについては過去の核実験で多くのデータが蓄積されており、計算可能なリスクです。」

という池田氏の主張が暴論だ、ということである。完全なデータがなければ何も言えないと言っているのではなく、

「影響がない」というためには「完全なデータがないと言えない」

と言っているのである。池田氏が良く振り回す「科学的」という言葉を振り回させていただければ、

不完全なデータで言えることは、「影響があることを示すデータはない」ということだけ

だというのが科学的態度である。それを「影響がない」と言うのは暴論だ、というのが私の指摘である。

それに、「何も新事実を指摘していない」などというが、ワハハハである。なんで私のような素人に、低レベル放射線医学の新事実を指摘できようか?!池田氏は、自分にそういうことができると思っているのかもしれないが、だとしたら誇大妄想である。

続けて池田氏はこう言う。

==============池田氏の「反論」=========
だから安冨氏が自分の主張に誠実なら、原発は危険かどうかもわからないのだから、何も言えないはずである。
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これは無茶苦茶である。低レベル放射線被曝障害の研究の現状と歴史とを少しでも知るものなら、放射線障害の影響は、安全側に立って考えないといけない、それが誠実というものだ、ということを当然のこととして理解するはずである。

なぜなら、その現状は、

(1)極めて不完全なデータしかなく、
(2)専門家には巨額の金が原子力や核兵器や放射線医療を肯定する政府や組織から金が流れこんでおり、
(3)危険を訴える人は排斥される仕組みになっていて、
(4)それでも専門家の意見が割れている、

というものだからである。しかも歴史的に、

(5)昔は全然問題ないと思っていた。
(6)ところが学者がバタバタ癌や白血病で死んだ。
(7)これはヤバいと基準を定めた。
(8)それでも被爆者や、アトミック・ソルジャーがバタバタ死んだ。
(9)これでもヤバいと基準を下げた。
(10)年々、基準は下がっていった。

という経緯を辿っている。

こういう状況を前にして、素人が誠実であろうと思えば、

「安全側に立って判断する」

という以外になかろう。

(つづく)