「…慣れてらっしゃるから上手なんですね…。」


キョーコの言葉に、漂い始めていた甘い空気が一気に冷えた。


「……キスシーンは何度もあるし、付き合った女性がいない訳でもないからね、経験値がないとは言わないよ?
でもね……。」


幾分低くなった声音を不審に思った、ぼんやりした意識をかき集めたキョーコが見上げると、先程までの夜の帝王が一気に最強レベルになっていた。


(え!?
な、何!?
今まで敦賀さんの近くにいて、身の危険を感じた事なんて無かったのに!)


身体が勝手に逃げ始めるのを、蓮が逃す筈もない。
元々ソファーに座っていたのだから、逃げるには立ち上がるか横にずれるしかないのだが、立ち上がるにしても横に逃げるにも蓮がいるので動けないのだ。
そうしているうちにも妖しげな笑みを浮かべた蓮がキョーコに迫っていた。


「……今まで、こんなにもっとしたいって思えるキスは誰ともした事ないな…。
堪らないね…。」


(え、演技じゃない!?
何か至らない私へのお仕置きなの?
それともただあの馬鹿の嫌がらせを上書きしたいだけ!?)


舌なめずりする肉食獣の前に放り出されたウサギの気持ちを、キョーコは味わっていた。


固まって動けないキョーコの頤に手をやり、再びその唇に蓮が自分の唇を重ねようとしたその時、控室の扉がコンコン、と音を立てた。


『蓮、キョーコちゃん、そろそろ移動しないと間に合わなくなりそうだよ。
積もる話は今夜、ラブミー部に夕食の依頼してあるし、その時にしてくれ。』


ドア越しに聞こえる社さんの声に、蓮もキョーコも一気に正気に戻ったのか、弾かれた様に距離を取った。


「分かりました、社さん。
直ぐに支度します。
…最上さん。」


既にいつもの“敦賀 蓮”に戻ったその男は、鞄を手にしながら座ったままのキョーコに目線を併せる様に膝をついた。

キョーコは顔を覗き込む先輩に、精一杯の返事をする。


「ははは、はいっ!」


「あいつのしたコトと、俺が君にしたキス…。
した事自体に大した差は無いかもしれないけどね……。
想いの強さと、受け取る君の心の差は大きいよね…。
だから、この続きはまた今夜。
  …頑張って早く終わらせる様にするからね?
ちゃんと待ってて。
これ、家の鍵。
一つしかないから、無くさないで。
君が居てくれないと、俺は家に入れないよ?」



そう言って蓮はキョーコにカードキーを手渡し、一足先に控室を後にした。

残されたキョーコは、手の中のカードキーを見詰め、心の中で叫んでいた。



(これ渡したって事は、逃げようとしても無駄だって事~!?
…カードキー、ポストに入れて逃げたい…。
でも逃けられないわよ~~~!!!)



…ソファーから転がり落ちても尚、床を転がり回るキョーコが、控室の清掃に来たおばちゃんに目撃され、後々までの清掃員の語り種になったのは仕方ない事だろう…。







きついっす!
桃色風味目指してるつもりなのに、上手く動いてくれないよ、お二人さんっ!!
次回はおそらく桃色風味…かな。