最上さんのこの後の予定を考えると、時間的に事務所に戻る頃だと予想できた。

テレビ局においては、正面玄関からではたとえ彼女のファンでなくとも出待ちの一般人に揉みくちゃにされるのはほぼ間違いない。

ならば逆の社員出入り口からだろうと当たりをつけて、先を急いだ。


俺が出入り口に着いて10分も掛からずに、黒髪のロングストレートの、モデルらしき美女が近付いて来た。

…おそらく最上さんだが、あの見事な変身ぶりは誰にも真似できないだろう。

美女はこちらに気付くと、いつもとは違う風に挨拶してみせた。


「…お疲れ様です。」


にっこり笑う彼女の笑顔が眩しい。


「…お疲れ様、最上さん。
もう今日は終わり?」

「はい、お仕事は…。

  …うーん、こんなにあっさり見破られたんじゃ変装になりませんね。

まだまだ研究しなくちゃ…。」


少し拗ねたような彼女の仕種に見惚れてしまう。


「いや、判らなかったよ?
実はあてずっぽうなだけ。」


引っ掛かったね、と愉しくて笑うと、敦賀さんを騙せるまで頑張ります!と握りこぶしを作られてしまった。


「これから事務所?
もちろんタクシーだろうね。」

「いえ、電車ですが…。」


彼女の言葉に猛烈に脱力した。


「…あのねぇ。
いい加減に君も芸能人としての自覚を持った方がいい。
そんな格好で電車に乗ったら、事務所に着く前にナンパ男の餌食になっちゃうよ?」


「そんなに変ですか…?」


「そうじゃないよ。
普段俺達がする変装って、目立たないようにするのが基本でしょ。
君のは綺麗過ぎて悪目立ちしてるよ?
…ああ、ちょっと待ってて。」


しゅんとうなだれた彼女にきちんと説明していたところに、マナーモードにしてあった携帯電話が震え出した。


「…はい、分かりました。
社さん、すみませんが大急ぎで裏口に…、はい、社員用の出入り口に来て下さい。
俺、今そこに居ますから。
…お願いします。」


携帯を切り、彼女に視線を戻すとモデル風な出で立ちとはアンバランスな可愛らしい仕種でこちらを見上げていた。


「今、社さんに来てもらうから。
…そうだ、君が俺のご飯作ってくれてるのって、“仕事”じゃないのか?」


さっきの会話で気になっていた事を問いただす。


「ああ…。
ええとですね、表向き社さんからの依頼ということになってますが、その実は…私が頻繁に社さんに敦賀さんの食事について聞いているからなんです。
ですから、私の中では敦賀さんのお食事のお世話はもう当たり前というかしないとおさまらないというか…依頼なんて関係ないんです。」


…本当に彼女は俺が喜ぶ言葉をくれる。

俺に直接聞いてくれればいくらでも頼むのに…。












お仕事の都合上、自分でキョーコちゃんをお持ち帰りできない事がじれったい蓮さんでした。