どうにか事態の収拾が着くと胸を撫で下ろすLMEの社員達と、ガッツポーズする蓮とキョーコの関係者の前に、海外からの求婚者を代表してアフリカからの長老と側近の若者が声を掛けた。


「…キョーコの気持ちは判りましたが、我々はまだ彼が彼女の夫に相応しいと認めた訳ではない。
最も相応しい男こそがキョーコをめとる権利を持つのではないか?」


通訳越しにでも分かる蓮への敵意がむき出しで、キョーコは思わず蓮の背に回した手に力を込めた。


そんなキョーコに、蓮は優しく微笑み返し、長老と若者に向き直った。


「…彼女の気持ちを知りながら、その意思を無視するつもりですか?」


言葉遣いは穏やかだが、明らかに凍えた気配の蓮の口調に一気に場の雰囲気が凍り付いた。


「キョーコの…彼女の気持ちが俺に向いていると判った以上、彼女は誰にも…渡さない…!!」


いつも温厚で春の日差しの様だと名高い筈の所属俳優の変貌ぶりに、LMEのその場にいた社員一同が驚愕した。


「お、落ち着け蓮!!
この際キョーコちゃんの気持ちを皆さんにはっきり伝えないと、事態の収拾は着かないぞ?
キョーコちゃん、君の言葉できちんと彼らに言わなきゃダメだ。」


慌てて宥める社に、蓮はフッと視線を逸らして深呼吸した。


キョーコはそんな蓮の腕の中から抜け出し、もう一度その腕に身を寄せて指を絡め合うように手を繋ぐと、じっと自分を見る海外からの求婚者達と向き合った。


「…私が皆さんの好意をそういう意味で受け止めていなかったばかりに、こんな事になって申し訳ありません。
私も気付いたばかりですが、今の私には…好き…な人が…います。
その気付いたばかりの気持ちを大切にしたいんです。
  ですから、皆さんの中の誰かの奥さんには…なれません。
…ごめんなさい…。」


止めを刺されてがっくりする一同を見渡して、蓮の気持ちは漸く治まったらしい。


ゆっくりと近付いて来た長老は、残念そうに首を振るとキョーコの頭にぽん、と手を置いた。


「…残念だのう。
儂の孫の嫁になって欲しかったのに。
もしその男が厭になったらいつでもおいで。
お前を嫁にしたいと願った村の若い者は両手足の指じゃ足らんからな?」


そう言って蓮に向き直ると、射殺さんばかりの殺気に満ちた目で睨み付け、冷やかに言い放った。


「…キョーコがお前を選んだんじゃ。
儂らは皆自分がキョーコを幸せにしたいと思ってここに来た。
だからもしキョーコを泣かせる様な事をしたら、たとえ何処からであろうと奪いに来るから覚悟しておくがいい。」


「…全力で護ります。
彼女の笑顔も、幸福も…。
泣かせるなら嬉し泣き限定にしておきますから、ご容赦下さい。」


悲しませる様な真似は決してしないと言う蓮の誓いを聞いた長老は、満足げに頷くと項垂れた男達に発破をかけて立ち上がらせた。


「さぁ皆、キョーコの幸せを願うなら祝福してやるのだ。
お前たちは遥々日本まで来るほど真剣だった。
キョーコもその気持ちを知ってくれた。
皆自分の力でキョーコを幸せにしたかっただろうが、キョーコの気持ちはこの男のものだ。
己が幸福の為にキョーコの気持ちを踏みにじる愚か者は我々の中には居らぬ筈。
辛いだろうが我等がキョーコの為に出来る事はそれぞれの生活に戻っていく事だけだ。」


長老の言葉に、若者達は哀しみに満ちた目をしながらもゆっくりとキョーコに向かって近付いてきた。


先程までの狂気に近い勢いや血走った目では無いにしろ、恐怖の拭えないキョーコが蓮の後ろに隠れようとすると、一番近くにいた若者が苦笑いした。


「…怖がらせてゴメンよ、キョーコ。
僕らは帰るから。
最後の思い出を頂戴?」


その優しい笑顔に嘘はないと、自分の知っている青年の顔だとほっとしたキョーコが差し出された手に応えようと蓮の後ろから出て来ると、勢いよく握手したままの手を引かれ、キョーコは青年の胸に顔を押し付けられて頬にキスされてしまった。