瞬間的に周囲にいた人間の顔色が二色に分かれた。


頬にキスを受けたキョーコがパニック混じりに潤んだ瞳で見上げたあまりの愛らしさに赤面した者と…それを間近で見てしまった、たった今目の前の愛らしい少女に告白して想いを繋げ合ったばかりの青年の凍り付く様な怒りの気配に恐怖のあまり青褪めてしまった者。


頬にキスをした青年はというとまさに後者であった。

自分の想い人への決別のキスが、自らを地獄にまっしぐらの崖っぷちに追い込んだ様な心境であった。


青年は慌ててキョーコを離すと、平謝りに謝って最後には謝る声が間延びしながらフェードアウトしていった。


残っていた他の若者達も、同じ恐怖の轍は踏むまいとキョーコに軽く手を振って別れを告げると、バラバラと足早に会議室から去って行った。


残ったのは長老と側近の若者一人。


「…やれやれ、キョーコの想われ人は呆れた焼きもちやきじゃのう。
それではキョーコに愛想を尽かされるぞ?
良いのかキョーコ、こ~んな心の狭い男で?」


ほっほっと笑いながら蓮を指差し、長老はキョーコを見遣る。


「え…えっと、それだけ私の事を想ってくれているんだと…思うので、それに…焼きもちなら多分、これからいっぱいお互い様になるでしょうからいいんです。
ありがとうございました、長老さま。
いつかまたお会いしに行きます。
…お元気で。」


「息災でな。
海の向こうにはわしら、お前の家族たちがいる。
その焼きもちやきに愛想を尽かす事があったらいつでもおいで?
喜んで新しい相手を見つけてやろう程にな?」


長老のその言葉に、蓮は慌ててキョーコを抱き抱えて腕の中に隠した。


「キョーコは誰にも渡しません!!」


「分かっておるよ。
そうだ、次に会う時は子供を見せに来なさい。
儂にとっては曾孫のようなものじゃ、お主らの子ならさぞかし可愛いかろうな。
楽しみにしておるよ、達者でな。」


散々蓮をからかった最強の強者の長老はゆっくりと会議室を後にした。

残った最後の1人、長老の側近の若者も、蓮の腕の中のキョーコの頭をポンポンと軽く叩いて、元気でな、と兄のような優しげな笑顔を残して去っていった。


「…ありがとうございました、椹さん。
皆さんも。
ご迷惑お掛けしてすみませんでした。」


せめて見送りたいと言うキョーコに付き添いながら正面玄関が見える吹き抜けの上階フロアの端で、通訳を連れて事務所を出ていく若者たちを遠くから見送った後、会議室に残っていた社員や友人達、上司に深々と頭を下げるキョーコの横で、蓮もまた同様に頭を下げていた。


椹はそんな2人に、大したことじゃないさと笑って社員達を伴って会議室を出ていった。


最後の最後に残ったのは、キョーコのラブミー部の同志と敏腕マネージャーだった。


「…社さん、ありがとうございました。
琴南さんも天宮さんもありがとう。
おかげでやっとキョーコを捕まえられましたよ。」


きょとんとしているキョーコを後目に満面の笑みを浮かべる蓮に、ツカツカと近付いて満足気に背中を叩いて労う社と、少し離れた位置でホッとした様に笑うラブミー部仲間の2人。


今一つ状況把握が出来ていないキョーコに、ちゃんと説明してやるように社に言われた蓮がスケジュールの確認をして事務所をキョーコと共に後にしたのは、それから30分も経たない時間であった。


訳がわからぬまま、最後は横抱きされ頭をぐるぐるさせていたキョーコを、生け贄の仔山羊か売られていく子牛を見送る様な目で3人が見ていたのは仕方のない事であろう。








すっかりおまけが本体より長々と…あ~あ。