こんな凄い博物館は他にない!「カイロ考古学博物館」 | misaのブログ

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いよいよ「カイロ考古学博物館」の中に入ります。

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エジプトの初日なのに、いきなりの感動です。

◆ナルメル王のパレット⬇︎
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紀元前3000年ごろ、ナルメル王が上下エジプトを統一し、エジプト初の首都メンフィスの建設を命じたと言う。

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◆アメンエムハト3世のピラミッド・キャップストーン⬇︎
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◆アメンホテプ3世とティィ王妃の像(7m)⬇︎
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アメンホテプ3世は、アクエンアテンの父であり、40年に渡りエジプト最盛期の最後の時代を治めた王。

ルクソール神殿を建立した。

◆メルエンプタハ石碑⬇︎
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石碑の最後の部分に、メルエンプタハが打ち破った地名、民族名が記されており、その中に「イスラエル」の名が刻まれています。

これはエジプト史上最古の「イスラエル」という名の記述であるため、「イスラエル碑」とも呼ばれます。

◆ツタンカーメンと王妃アンケセナーメン⬇︎
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◆アクエンアテン(アメンホテプ4世)の像⬇︎
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宇宙人とも両生具有とも言われているアクエンアテン。

あの有名な像に、こうしてお目にかかれて感激でした。

◆アクエンアテンの黄金の棺⬇︎
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無残に黄金がはぎ取られています。

彼を呪い殺してしまったかも知れない過去世を深くお詫びしてきました。

◆アテン神のレリーフ⬇︎
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アクエンアテンは、太陽神をアメン神からアテン神に改宗しました。
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◆ネフェルティティの胸像⬇︎
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こちらの⬇︎有名な胸像は、ベルリン博物館にあります。
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ドイツの発見者が「石こうに色を付けた王女の胸像だ」と偽装し持ち去ったと伝えられています。

タイム誌の「略奪された美術品トップ10」の中に、ネフェルティティの胸像が入っています。

ハトシェスプト女王の像⬇︎
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葬祭殿第3テラスのオシリス柱となっていたもの。女王だけどヒゲをつけてファラオになりました。

◆ハトシェスプトのスフィンクス⬇︎
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◆トトメス3世の像⬇︎
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ハトシェスプト葬祭殿の女王の顔を削り取ったのはこの方です。

◆クフ王のミニ像⬇︎
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発掘されたクフ王の像は、これだけしかありません。ちっちゃ。。

◆ラーホテプとネフェルト夫妻の座像⬇︎
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4600年前に造られたもので、瞳は水晶。1871年にマイドゥームのマスタバ墳から発見された。彩色石灰岩。

あまりのリアルさに、発掘した人たちが生きていると勘違いして逃げ出したとか。

◆カフラー王の像⬇︎
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とても硬い黒閃緑岩で出来ています。現代の技術でも閃緑岩に彫刻するのは難しいと言われています。

◆メンカウラー王とハトホル女神(左)とバート女神⬇︎
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有名どころが、あまりにも多すぎてツタンカーメンまで行けないので、次回にいたしますね。

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