今日はあちゃんの命日。

一周忌法要でした。



2月に入ってから

寒さのせいもあるのか

ホルモンバランスのせいなのか

自分の中では

沈みがちな気分だけど

双子の保育園が休園続きだったり

仕事の事など

割と集中する事があって

静かに過ごす時間はあまりなく

気がついたらこの日を迎えていました。


命日を迎えるにあたり

ゆっくりする時間が欲しいと

思ったりもしたのですが


きっと忙しくなければ

もっとネガティブな気持ちに

なっていたかもしれないので

あちゃんがママが落ち込まないように

色々忙しくしてくれたのかな

と思います。


どこまでもママ想いなあちゃん。


そして今日はわりと穏やかな気持ちで

迎えられたように

過ごせたように思います。


でもあちゃんの心臓が止まった時間帯は

やっぱり胸がぎゅーーってなって

切ない気持ちが溢れそうになりました。


やっぱりあちゃんが居てくれたら

どんなに幸せなことか、

あちゃんと一緒にいられたら

どれだけ幸せか、

生き返って欲しいなぁ

とか思ったりもしてしまいますが

もうこれは

気持ちの浮き沈みで

繰り返されるものです。

あちゃんが穏やかに幸せでいてくれたらいい、

優しく見守ってくれますように、

という気持ちと隣り合わせです。



義理両親はこの1年間、

毎月花を届けてくれました。

今日はお花とランドセルのお菓子をくださいました。ランドセルのお菓子を見た瞬間

涙が溢れてきて、涙隠すのに必死でした。

あちゃんもうすぐ小学生かぁ。

みたかったなぁ〜あちゃんの小学生姿。

切ないけれど、あちゃんがもうすぐ小学生という事を想って義理両親が用意してくださった事にすごく感動しました。誰かに思ってもらえるありがたさ。忘れないでいてもらえる事がすごく響きます。母もいつもあちゃんの事を思ってくれています。兄夫婦からお花が届いたり、私以外の人もあちゃんを思ってくれてるんだって知れると、なんだか嬉しい気持ちになります。




法要は身内だけでしたが

あちゃんが出会った大切なお友だち家族からの連絡やお供えもあり、すごく嬉しかったです。

お花もいっぱいで

あちゃんがいる浄土の世界に

なったような気がします。


あちゃんのこと忘れずにいてもらえて

少しでも思ってもらえることが

すごく嬉しかったです。


あちゃんを想うこと、

想ってもらえることで

自分や

誰かの中で

あちゃんが存在している事

あちゃんが居てくれているような感覚。 

ハートフルな気持ちになりました。



姿はみえないけれど

想いとして

生きてる


あちゃんはきっと喜んでいると思います。

そして優しく見守ってくれてると思います。


切ない気持ちだけになるかと思っていた

命日が

皆んなのおかげで

穏やかな思いも大きく

過ごせました。


そう思えるのも

あちゃんが導いてくれているのかな。


穏やかな気持ちであり

切なくもあり

今ブログを書きながら

涙がとまりません。



いつもと変わらないようで

やっぱり特別な1日でした。