いつからだろう
「めんどくさい」とか
「でもどうやってやるの?」とか
「上手く行かせるには?」とか
「何が正解?」とか
「これをするとどう思われるか」とか
そういう概念が入って来たのは。
小さい頃は確実になかった。
「めんどくさい」の考察をやったら、
それは、
「過去のデータからの間違った計算」だった。
過去の経験や感じたことをもとに、
行動する前に思考が働き過ぎている状態。
案外早く終わるかもしれないし、
もっと簡単かもしれないし、
もっと楽しいかもしれない。
壊れた電卓で計算してる感じやな。
もしくは、本来の自分の気力や能力に
自分のセルフイメージが追いついていない状態。
自分が自分の事下に見てるんだよ笑
以上私のめんどくさいの考察。
小さい子の望みに、
できるかどうかとか、
どうやってとかないよね。
ジャッジの視点もなかった。
何が正しい?何が正解?
どうすれば上手く行く?失敗したくない。
世の中の価値観=守るべき
とか絶対なかった!!!
比較の視点もなかった。
脳みそは、本来考える器官じゃない気がする。
物理的に手を動かすなど身体の指令をする。
見渡し予測する。(言い方にも悪い方にも)
反応をキャッチする。(アンテナの役目)
この予測する力をもっといい方に使いたいし、
自分の感じた事をキャッチし、
望む事をうんと描くことに使いたい!!!
ジャッジとか、思考とか
(脳って過去のデータベースな気がする。そして未消化な感情は危険認識に使われてる気がする🤣)
無駄な事をさせる負荷をなくして、
もっと望む世界を
想像して創造することとか、
日常感じることをていねいに拾う事とか、
音楽楽しむこととかに、存分に使いたいと思った。