Crystalの欠片〔12〕
『次はないぞ、覚悟しておくんだな』
自分で言っておいて空しくなる。
(ああ もう・・・・・ 何をやっているんだ、俺は・・・・・・・・・・・・。)
この一日で何度そう思ったことか。
抱き止めた体の柔らかさ、重ねた唇、指を通したなめらかな髪の感触。
今すぐにでもどうにかしてやりたい衝動に駆られ、手を出しかけては自分でそれを止める。
彼女と出会ってから心と体がちぐはぐに動いてどうにもならない。
「ずるい」と彼女は言う。そうだ、自分はずるい。
手を出せばいい・・・・・・・・妻にすると決めたのだから。
なのに、頭の片隅でそれに反発する感情がある。
まだ早い。まだ駄目だと。
なぜそう思う?
魔界の王である自分が、天使を娶って周りの者がとやかく言うことを気にしているのか?自分は。
そんなものは問題ではない。そのような意見ごと一蹴できる程度には、魔界を掌握している自覚はある。
そもそも、そんなことが問題になるようならそもそも前魔王ルシフェルのような堕天使が魔王になれるはずがない。
魔界の頂点に立つのは常に強者。それが絶対の法則であり掟だ。
力の及ばない者が上に立つ者に対してとやかく言う権利はない。
自分は魔王であり絶対の強者だ。何を迷う必要がある?欲しいものは手に入れればいいし、しきたりなど踏襲する必要すらない。この堕天使を、今すぐ自分のものにすればいい。遮るものは何もない。
なのに・・・・・・・・どうしても、手が止まるのは何故だ?
思考と行動がバラバラになるような感覚にさいなまれながら、しかたなく彼女から体を放す。
「やめた」
「昼間も無理をさせて熱を出させたばかりだったからな・・・・・・・・・・・二度目は困る」
まるで彼女が悪いかのように、原因を彼女になすりつけながら・・・・・・自分の感情を落ち着けるために目を閉じて長い息を吐く。
「ただし、次はないぞ。覚悟しておくんだな」
今回は病み上がりだからやめておこう。ただ、次に月の晩、自分から俺のもとへ来たとしたらそれは『狼の餌』になるためにやってくるようなものだ・・・・・・・・だからやめておけ。自分がかわいいならば。
彼女は目を大きく見開く。
その顔を見て、にやりと笑って見せる。
彼女を遠ざけるつもりで言った言葉だった。
ここまで言ってまだ来るようなら、本気でどうなってもいいということだ。その時は容赦しない…その服ギタギタに引き裂いて、体から心から、すべてがんじがらめにしてやろう。涙を流して抵抗しても、放してやる気はないぞ。
ここまで脅されて、わざわざ食われに来ることはないだろう。月の出ている晩の危うさを、天使だった彼女が知らないはずはなかった。
「戻れ。これ以上俺が何もしないうちに」
立ち去る気配のないキョーコを帰らせようと、椅子にもたれて体を背ける。
すぐにあきらめるだろうと思っていたのに、彼女は耳を疑う一言を投げてよこした。
「いやよ・・・・・・・・・帰らないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・っ?」
振り返ると、彼女は澄み切った青い瞳でまっすぐこちらを睨みつけていた。
一歩、また一歩。近づいてきた彼女は蓮の頬に手を伸ばし、顔を寄せ…無言のまま唇をそっと乗せた。
「月に狂わされて私の体を食い荒らしたいならそうすればいいわ。凶暴な獣になって、逃げ惑う子ウサギなど一瞬でその鋭い牙でとらえることができるはずよ。そして私は抵抗なんてしない。妻に娶るとあなたは言ったわ。私は、その言葉を受け入れたはずよ。妻になる者に対して何の遠慮が必要だというの?好きなようにして・・・・・・・・・気に入らないことがあったならその時は体ごと引き裂けばいいわ。そうではないの?」
彼女はさらに腕を絡めて、深く紅蓮王の唇をまさぐる。
体の中心に火を灯されるような感覚に陥りながら、紅蓮王は知らず、きつくキョーコの体を抱き寄せていた。
「ずるいわ・・・・・・・・・蓮。ずるい。 まだ、あなたを初めて目にしてからたったの半日だって言うのに、どうしてこんなに私をがんじがらめにするの? つい半日前まで、私は自分がどんな罰を受けてもいいと思っていた。生きている者の命を摘み取るという罪を犯したのだから、それが悪魔の命であろうと罰せられるべきだと思っていたもの。私はあのまま死んでもいいと思っていた・・・・・・・・・・・・・・・・・なのに、あなたは・・・・・・・・・・・あなたを見て私は死ぬことができなくなってしまった。ほんの短い間に私の心を奪い去っておいて、あなたは私を遠ざけようとするのね。それがどれだけ残酷なことか、あなたはわかっているの?そんな残酷なことをするのだったら、初めから命を助けなければよかったのよ!!!!!」
「俺の心を一瞬で奪い去ったのはキョーコの方だ!!!!」
後に続く言葉が予測できて、重ねるように叫んだ。
キョーコは、さらに大きく目を見開く。
あの時、キョーコが目を閉じて、天界と魔界の境を流れる川へ身を沈めた時を思い出す。
「お前が身を投げた瞬間、死なせたくないと思った。あの一瞬・・・・・・・・・・目に焼き付いた姿が、俺の心を奪い去ってしまったんだ。気づけば滝の落ちるところで、腕を差し出していた・・・・・・・・お前こそ、一瞬で俺の心を奪ったんだ。・・・・・・・・・・・・・・・今は」
紅蓮王は一度言葉を区切る。驚きの表情を浮かべるキョーコに苦笑しながら
キスを一つ落とす。
「今は、尚・・・・・・・・あいつも、こんな気持ちだったのかと思うよ。一目で天使に恋をして、その罪で滅ぼされても悪くないと思えるなんて・・・・・・・・・・・。まあ、その点俺の方が幸運だったんだろう。お前は堕天使・・・・・・悪魔と心を通わせても、邪気に侵されて衰弱していくことはないからな」
紅蓮王の指が、さらりとキョーコの髪を滑っていく。
「今夜は戻れ、キョーコ・・・・。俺はお前を大事にしたい。堕天使になったはずなのに、お前から放たれる光は純粋な天使のものだ。お前が犯した罪が、自分のためになされたものではないからなのかもしれないが・・・・・・・・・・・。俺が今、お前を手に入れることでその美しい光を消すことになるとしたらそれは…嫌なんだ。」
やさしく微笑みかける紅蓮王の瞳を見て、きゅっと胸が切なくなる。
(たぶん私もこの人のこの瞳を初めて見たときから、きっと心を奪い去られていたんだわ・・・。)
そして、
と思う。
この人の、時折見せる光。あれは間違いなく天界のもの。
なぜかは分からないけれど、この魔王は天界の光の欠片を身の内に抱えている…。
それは、この魔界の中にあって、彼にとてつもない重荷を担がせてきたのではないか。
窓辺から飛び立ちながら、キョーコは切なく紅蓮王を振り返っていた。
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・・・・・・・のぉおおおおおおおおおおおお~~~~~~
もうっ!間が空くったらないわ~~~~~!!!!!ヾ(。`Д´。)ノ
なべちの遅筆!!!亀更新!!!
もちょっとがんばれよ~~~!!!と言いたくなる…
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