ちなぞさんからイラストに合わせてSSを頂いてしまいました!!!


う、嬉しすぎる…!!!


ありがとうございますぅぅぅっドキドキドキドキドキドキ





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「蓮、キョーコちゃんが出演したビデオクリップ見たか?」
「ビデオクリップ・・・ですか?」
嫌な記憶が蘇る。

「そうか。お前見てないのか。」
含みを感じさせる社さんの口ぶりが、妙に引っかかる。
眉を曇らせた俺の表情にすぐ気付いたのか、慌てて社さんがしゃべりだした。

「あ、お前、勘違いするなよ。不破のPVにまた出たってわけじゃないから。今回キョーコちゃんが出たのは、別人。ほら、最近売り出し中の女性シンガーで○○っているだろ。彼女のビデオクリップだから。それがさ。今までとはまた全然違う雰囲気で、切ないというか儚いというか・・・。」

なぜかその先の言葉を濁す社さんの素振りが、気になって仕方ない。
いつもなら、「キョーコちゃん、すっごくキレイだったぞ!見なきゃ損々」なんて、にやにやしながら詰め寄ってくるくせに。

「あ、いや、見てないならいいんだ。ほんの数分のビデオだし。曲が曲だから当然なんだけど、ただキョーコちゃんって、ああいう演技もできるんだなってちらっと思っただけだから。」

ああいう演技・・・?
彼女はそのビデオクリップで、いったいどういう演技をしていたんだ?

聞き出す前に、社さんは姿を消していた。



その日、ロケ先のホテルで夜を過ごすことになった俺は、ミュージックビデオを流し続ける番組にわざわざチャンネルを合わせた。

昼間、社さんが口にした彼女のビデオクリップ。
新曲なら、もしかしたらそれが紹介されるかもしれないと、そう思ったから。

果たして数十分後、女性シンガーの名前が流れ、その曲が紹介された。
タイトルは、『愚かな想い』。

愚かな・・・その言葉にハッとし、「ああいう演技も・・・」と漏らしていた社さんの言葉を思い出す。
実力派として知られる若い女性シンガーが出した新曲。
それは、叶わぬ恋に縋る女性の切ない想いを歌ったものだった。

*

深い水底を思わせる青みを帯びた空間にぼんやりと浮かぶ1人の人魚が映し出される。
そういえば、曲に合わせ人魚姫をモチーフに映像が作られたといっていた。

(最上さん・・・)
シルエットだけで、それが彼女であることはすぐ分かった。
あの人魚姫の童話のように、手の届かぬ人をひたすらに想うバラード。
か細く透明な女性の声でしっとりと歌い上げられていくその曲を背景に、儚く美しい人魚となった彼女は、胸の前で両手をしっかりと組み、小さく頭を垂れ、何かに祈りを捧げていた。


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身じろぎひとつせず祈り続ける彼女の周りに、無数の泡が次々と湧き上がってはすべてが脆く砕け散っていく。
報われぬ愛を綴る歌詞。そして、砕け散る泡に暗示される彼女の行く末。

その映像に、俺は釘づけになっていた。
彼女の姿から、かたときも目が離せない。

動きがあるわけでもない。
表情が見えるわけでもない。
それなのに心が揺すぶられる。
そこには、決して報われることのない無償の愛にすべてを捧げる女性の姿が、はっきりと映し出されていた。

(君はいったい・・・)
得体のしれない不安が押し寄せてくる。
気がつくと俺は、血が滲むほど強く唇を噛んでいた。


やがて曲は進み、現れては砕け散る泡の中で、俯いていた彼女がゆっくりと顔を上げ始める。
カメラが徐々に彼女へと近づき、その先に瞬きもせずこちらをじっと見る瞳が映った。
それは確かににこちらに向けられているのに、どこかもっとずっと遠くを見つめているように見え、うっすらと見え隠れする深く哀しげな陰りが、心に突き刺さる。

(・・・演技?)

突然、その瞳が大きくゆっくりと瞬いた。
その動きにドキリとする。

それまでの表情が嘘のようにがらりと変わり、愛おしむかのように優しい色が眼差しに宿る。
同時に口元がゆらりと動き、何かを言おうとした。
その唇から洩れ、零れ、そして砕けていく小さな気泡。
言葉にならない声を噛みしめるように幾度が唇を揺らすと、その瞳は次第に陰り、やがて再び元の深い哀しみを湛えはじめた。

そして、水の中にもかかわらず、はっきりとわかるように眦からひと粒の涙が零れ落ちていく。
頬から滑り落ちた途端に小さな泡へと変わるその雫。
カメラはゆっくりと彼女から離れ、その泡を追いはじめる。
そして、その泡だけは決して砕け散ることなく、ゆらゆらと海面へ向かって浮き上がっていった。


*


いつの間にか曲は終わり、画面は今人気だというアイドルの曲に変わっていた。
俺はそっとテレビを消した。

曲も歌詞もまったく頭に残っていなかった。
ただ、彼女の姿だけが俺の心のすべてを占めていた。

切ない想いと深い哀しみを秘めたあの瞳。
あれは・・・本当に演技だったのか?
君は、気持ちを重ねることで役に入りこむ子だったはず。
その役の、何に、どこに、あんな気持ちを重ねたというんだ。
その演技の先に・・・君は誰を想っていたのか。

何度反芻しても、あれが演技だとはどうしても思えず、抑えようのない、怒りに似たどす黒い感情が、身体中を駆け巡る。
反射的には俺は、あのときのように携帯を取り上げ、彼女の番号を呼び出した。
彼女の本心を問い詰めようとして。

・・・が、どうしても電話することはできなかった。

映像の中で、彼女の瞳が語っているものがあまりにも明らか過ぎて。
(君はもしかしてすでに誰かを・・・)
そう考えただけで全身が震え、身が竦んでしまう。

そして俺は――――、黙って電話を置いた。

気づかなかったふりさえしていれば、きっと今のままでいられる。
知らなかったふりさえしていれば、まだしばらくは君の隣にいられる。
そう思ったから。


君を失う可能性が万に一つでもあるのなら、こうして俺はどんなことでも黙ってすべてをやり過ごそう。
たとえそれがどんなに苦しくとも、今の俺に君を失うことなどできるはずがないのだから。



* * *



あの人は、もう見てしまっただろうか。
何度もそう考えては、その度に首を振る。
(ううん。敦賀さんはあんなビデオクリップを見るような人じゃない。だから・・・きっと大丈夫。)

『愚かな想い』
そう、あれは今の私そのものだった。
あれほど、愚か者には二度とならないと誓っていたというのに、いつの間にか胸の奥に抱えてしまったこの想い。
誰にも見せず、隠し通すつもりでいたけれど、でも・・・あの役を演じるには、この気持ちを重ねるしかなかった。
苦しいほどに切なく、痛いほどに恋しい。
敦賀さんへの、叶わぬ想い。

「君だって好きな人のひとりやふたり、いたことはあるだろう。片想いをしていたときのことを思い出してみろ。」
人魚姫の演技を要求されたとき、苦しんでいる私に向かって監督は吐き出すようにそう告げた。
その瞬間、頭に浮かんだのは、ただ敦賀さんの姿、それだけだった。
わかっていたけれど、認めたくなかったこの想い。
この役をやりきるには、それを曝け出すしかなかった。

そして人魚姫になった瞬間。
目の前に見えたのは、敦賀さんの背中だった。
いくら追いかけても追いつけず、どんどん遠ざかっていくその背中に、私は必死に手を伸ばす。

(行かないで!)
心の奥で叫んだ声がまるで聴こえたかのように足が止まり、ゆっくりと身体が向きを変える。
振り返った漆黒の瞳が私を認め、神々しい笑顔が浮かんだ。
(敦賀さん・・・)
喜びに震えながら口を開いた瞬間、その姿がどんどん薄れていくことに気付いた。

消えていく微笑み。
どうすることもできず、立ち尽くす私。
やがてすべてが幻のように消え失せていく。
それでも・・・私の心の中に残された笑顔は、私に小さなともしびをもたらしていた。
哀しいほどに温かい光を。

そう。
どんなに僅かなひとときでも、敦賀さんの笑顔さえ見られれば、それだけで私の中に幸せが訪れる。
そのあとにどれほど辛く、哀しい想いが押し寄せてきたとしても、その笑顔を想えば耐えられる。

たとえ・・・その笑顔が、幻でも。


「はいっ、カーット!なんだ。やればできるじゃないか。よかったよ。人魚姫。」
ふと気づけば、監督の言葉が耳を通り過ぎたあとだった。


*


役から抜けきれぬまま、私はずっと考えていた。
このままこの想いを抱え続けたら、いつか私もあの人魚姫のように泡となって砕け散ってしまうのだろうか。

ううん。それでもいい。
あの人のために砕け散ることができるなら。
むしろそのときのために・・・傍にいつづけたい。
敦賀さんの心がどこを向いていようと、かまわない。
今、私が願うのは・・・
傍にいたい、ただそれだけ。


だから、完成したビデオクリップを敦賀さんが見ないよう、私は祈り続けている。

見られたら・・・きっとばれてしまう。
ばれてしまえば、きっと傍にいられなくなる。
それが何よりも怖いから。

あの笑顔に会えなくなる。
それは私にとって、何よりも耐えがたいことだから。




fin