光秀「------では、取引をしよう」
「取引、ですか?」
光秀「ああ。教えてやる代わりに、俺の言うことをひとつ聞いてもらおうと思ってな」
(な、何を言われるんだろう?)
緊張しているのが伝わったのか、光秀さんの表情が少し和らぐ。
光秀「そう身構えるな。何、簡単なことだ。今日一日、俺から離れずに過ごせ。そうすれば、今夜教えてやろう」
「え・・・・・・それだけですか?」
光秀「ああ、そうだ」
(・・・・・・なんだか、意外。光秀さんなら、少し意地悪なお願いを言うと思ったけど・・・・・・でも、一日ずっと一緒にいられるのは嬉しいな)
「分かりました。今日一日、光秀さんのそばにいるようにします」
頷くと、するりと指を絡められて------
光秀「いい返事だ。一日、存分に楽しませてもらうとしよう」
「は、はい」
上機嫌で告げられた言葉に、かすかに胸がざわめいた。
(『楽しませてもらおう』って、どういうこと?・・・・・・今日一日、大丈夫かな)
そうして、光秀さんのそばをついて歩くことになったけれど・・・・・・
「お、美味しい・・・・・・!」
光秀「そうか。たんと食べろ」
まず光秀さんに連れて来られたのは、城下にある食事処だった。
(それにしても、私だけ食べてていいのかな・・・・・・?)
並べられた料理はどれも美味しいけれど、目の前に座る光秀さんはただ私は眺めているだけで、一切手をつけようとしない。
「光秀さんは食べないんですか?」
光秀「ああ。お前に食わせるために来たからな」
(でも・・・・・・)
気がかりで箸が止まりかけた時、光秀さんが追加で注文した甘みも運ばれてくる。
光秀「これも好きだろう。ほら」
「え・・・・・・んっ!?」
運ばれてきたばかりの甘味を食べさせられて、慌てて口を動かす。
(い、いきなり口にいれなくても・・・・・・!でも美味しい・・・・・・!)
やさしい甘さに、頬が落ちそうになる。
光秀「美味いか」
「っ、心が読めるんですか?」
光秀「今のお前を見て、逆に考えていることがわからない者の方が少ないと思うが」
(そんなに顔に出てたなんて・・・・・・)
私は少し恥ずかしくなって、俯きながらゆっくり甘味を飲み込んだ。
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食事処を出ると、光秀さんはどこへも立ち寄らず、再び自室に戻った。
(好きなものを沢山食べさせてもらっちゃったな・・・・・・)
優しいよね。。。光秀さん♡
先程の食事処でのリラックスした雰囲気とは打って変わり、光秀さんは巻物に目を落として仕事に没頭している。そのそばで、私も静かに裁縫を始めた。
(どうして、光秀さんは自分から離れずに過ごせ、なんて言ったんだろう。何か私にしてほしいことでもあるのかなと思ったけど、そうじゃないみたいだし・・・・・・)
真剣な横顔をちらりと盗み見ると------
光秀「・・・・・・ん、何だ?」
優しい笑顔でこちらを向かれ、鼓動が跳ねた。
(ふ、不意打ち・・・・・・っ)
「いえ、何でもないです。お仕事の邪魔しちゃってすみません」
光秀「そうか。邪魔ということはないが・・・・・・いい子でそこにいろ」
何か意地悪を言うでもなく、光秀さんはすんなりと仕事を再開した。
(・・・・・・きっと、忙しいんだろうな)
そう思う反面で、ますます今朝に取引として命じられた言葉の意味がわからなくなる。
(今日の光秀さんは、なんて言うかこう・・・・・・甘すぎるっていうか・・・・・・ただひとつ確実なのは、昨日の夜、私が何かしたってことなんだよね)
落ち着かない気持ちを引きずりながら、私もひたすら手を動かしていた。
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その日の夜------
珍しい地酒が入ったからと、安土城内で急遽宴会が開かれた。
(・・・・・・今日は、極力飲まないようにしよう)
昨夜の出来事の根源であろうお酒には、手を伸ばさないでいると------
秀吉「ゆうは飲まないのか。病み上がりだもんな」
そんな私を気にかけてくれたのか、秀吉さんがこちらにやって来た。
「うん。それもあるけど・・・・・・ちょっと、色々とね」
秀吉「色々?話せることなら聞くぞ、何があったんだ?」
「ええっと・・・・・・」
とっさに次の言葉を探した時、私の隣でくすくす笑う人を秀吉さんが睨みつけた。
秀吉「おい、何がおかしい」
光秀「いや、さぞかしゆうが困るだろうと思ってな」
秀吉「は?」
光秀「この可愛い娘は、その『話せること』がないんだ。そうだろう?ゆう」
光秀さんはそう言うと、私の唇を指先でなぞり上げて------
「・・・・・・っ」
(ひ、人前で急に・・・・・・)
かっと頬を赤らめる私に、光秀さんはわざとらしく尋ねる。
光秀「どうした?何か間違ったことを言ったか?」
「いえ・・・・・・」
(むしろ、ごもっともです。何かしでかしたのに、その記憶がないなんて、やっぱりまずいよね)
返す言葉もなく、鼓動を高鳴らせたまま俯いた。その間も
私を挟んで言い合いの声が飛び交う。
秀吉「お前の言うことをなんてあてになるか。ゆう、何かあったなら言ってみろ」
光秀「だから、ないと言っただろう」
秀吉「ここで言えないことなら後ででもいいぞ。さては、こいつに何かされたな?」
「そんなことは・・・・・・!」
大きく首を振って、秀吉さんの言葉を否定する。
(その逆です、秀吉さん・・・・・・せめてこれ以上、事を荒立てないようにしよう)
「とにかく、何でもないの。心配してくれてありがとう。あ・・・・・・そうだ。私のことより、まずは美味しいお酒でも飲んでください」
少しでも楽しんでもらうべく、まずは光秀さんの盃になまなみとお酒を注ぐ。
光秀「随分と健気に振る舞うな、ゆう」
「い、いつも通りですよ。秀吉さんもどうぞ」
秀吉「ああ、悪いな」
続けて秀吉さんの盃にお酒を注ぐと------
(えっ)
横から光秀さんが手を伸ばして、秀吉さんの盃をぐいっと煽った。
秀吉「おい! 何する」
光秀「何、お前にまでゆうが甲斐甲斐しく酒を注ぐのが面白くなくてな」
光秀さん、や、やきもち〜♡
秀吉「すました顔して我儘を言うな!」
「つ!大丈夫です、お酒はまだまだありますから・・・!」
そういう問題かいー?!
半ばやけになりながら、私は務めて明るく交互にお酒を注ぎ足していった。
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------夜も更けた頃に宴が終わり、広間を出て光秀さんの御殿へと向かう。
「・・・・・・光秀さん、大丈夫ですか?」
光秀「ん?・・・・・・ああ」
「・・・・・・本当に?」
光秀「嘘なものか。いつもと変わらないだろう」
「ええっと・・・・・・それはないです」
光秀さんの足取りはいつもよりもゆったりとしていて、目元も心なしか赤らんでいる。
(やっぱり、珍しく酔ってる・・・・・・飲んでないからわからなかったけど、結構強いお酒だったのかな)
いくら飲んでも酔わない姿しか見たことがない分、珍しいものを見た気分だった。
(とにかく今日は、早く休んでもらおう)
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そして、無事に部屋に着いたけれど------
光秀「・・・・・・ゆう」
「っ、ん・・・・・・っ?」
部屋に入った途端、明かりも灯さずに光秀さんに抱き寄せられ、深く口づけられた。
(な、なんで・・・・・・)
思わず肩に当てた手は、絡め取るように握り返され、さらに深められた口づけに、ぞくりと背筋まで痺れが走る。
「光秀さん・・・・・・っ」
光秀「拒むのか?」
「そ、そういうわけじゃ」
光秀「ならば、もっと近くに来い」
「あっ・・・・・・」
頭の後ろに光秀さんの手が回って、暗闇でも分かるくらい近くに瞳が迫った。
光秀「ようやくお前を独占できそうだな。待ちくたびれたぞ」
「ん・・・・・・っ」
再び、ほのかなお酒の香りと共に、甘い熱が唇を塞ぐ。なんとか理性を保ちながら、光秀さんの着物の衿辺りをぎゅっと握りしめた。
(思ったよりも、かなり酔っ払ってる・・・・・・!)
「光秀さん、今夜はもう寝ましょう・・・・・・!」
必死に言い聞かせるけれど------
光秀「・・・・・・いや、まだこれからだ」
「つ・・・・・・ぁ」
腰に回された手が背中を撫であげて、か細い声だけが儚く漏れた。
光秀「言っただろう?今夜教えてやる、と」
漆黒の闇の中で、光秀さんの瞳が獰猛に光る。
(教えてやる・・・・・・、って・・・・・・)
大きく鼓動を高鳴らせる私に、薄い笑みを宿した唇が近づいて------