光秀「・・・・・・いや、まだこれからだ」
「っ・・・・・・ぁ」
腰に回された手が背中を撫であげて、か細い声だけが儚く漏れた。
光秀「言っただろう?今夜教えてやる、と」
漆黒の闇の中で、光秀さんの瞳が獰猛に光る。
(教えてやる・・・・・・、って・・・・・・)
大きく鼓動を高鳴らせる私に、薄い笑みを宿した唇が近づいて------そのまま、ぴたり止まる。
(っ、でも、ちゃんと聞かないと)
怖い気持ちもあるけれど、大人しく何を言われるか構えていると・・・・・・
「あ・・・・・・」
光秀さんは私の手を静かに離して、悩ましげにため息をついた。
光秀「実は、昨夜------お前が俺のことを嫌いだと言い出してな」
「・・・・・・ええっ!!」
ぷっー!吹いた(笑)
思いがけない言葉に、つい声を上げてしまう。
「そんな・・・・・・意地悪な嘘、つかないでください」
光秀「俺がこんな得にもならん嘘をつくはずがないだろう?」
「で、でも・・・・・・」
(そんな思ってもいないことを、光秀さんに言うはずないよ・・・・・・!)
強く否定したいけれど、空っぽのままの記憶が歯止めをかけてくる。
(それとも・・・・・・こんなこと信じたくないけど、何かのはずみで『嫌い』っていっちゃったのかな・・・・・・?)
「あの・・・・・・もし本当に言ってしまったのだとしても、それは間違いです」
光秀「そうか?酒というものは、その人間の本音を暴く。悲しいな。愛するお前に、そんなことを言われる日が来るとは思わなかった」
「でも、本当に・・・・・・っ」
言いかけた途端、光秀さんが指先でそっと私の口をおさえた。
光秀「だが、誰しもつい失言をしてしまうことはある。それでも、もし違うと否定するのであれば------」
顔を近づけ、光秀さんは意味ありげに目を細める。
光秀「それを証明してもらいたいものだな」
「ん・・・・・・っ!」
親指を唇に押し当てられ、わすわかに口を開かされる。なまめかしく下唇を擦られる感触に耐えながら、私はごくりと喉を鳴らした。
「証明、って・・・・・・」
光秀「この口は、言い訳を垂れるためにあるわけではないだろう。ついでに教えてやると、俺の心の傷は言葉のみでは払拭することはできない。ここまで言えば、お前に何を求めているのかわかるな?」
「っ、な・・・・・・」
にやりと弧を描く口元に、いつもの意地悪さが滲み出ているのに気づいた。
(絶対に、からかわれてる・・・・・・!どんなに酔ってても、光秀さんは光秀さんだ。だけど・・・・・・)
恥ずかしい気持ちはありつつも、光秀さんを想う気持ちは抑えきれない。
「・・・・・・わかりました。私が光秀さんを嫌いなわけないって、証明してみせます」
光秀「そうか。では、やってみろ」
「は、はい・・・・・・!」
恥ずかしさを振り払って、私から光秀さんに近づく。少し腰を上げ、目を閉じたままほんの一瞬唇を触れさせると------
「・・・・・・っ、ん・・・・・・」
ゆるりと腰を引き寄せられて、ぎこちない触れ合いが確かなものに変わる。先程の宴で飲んでいたお酒のせいか、いつもより甘い口づけが胸を締めつけた。
(これで、いいのかな・・・・・・?)
おそるおそる瞼を持ち上げると、暗がりの中、光秀さんの瞳が妖美に光り------。
光秀「これがお前の答えか?」
「っ、そうです。私、光秀さんのことを嫌いだなんて、絶対に言いません。意地悪なところも、甘いところも、全部愛してます」
(だからこそ、私から光秀さんに何かをしたいって考えて、それで・・・・・・)
必死に伝えるかたわらで、頭の隅に昨夜のことがぼんやりと浮かび始め------ふいに、消えていた記憶が脳裏に鮮明に蘇った。
(そ、そうだ、私・・・・・・光秀さんにあんな積極的に・・・・・・!)
光秀「どうした? そんなに頬を赤らめて」
「光秀さん、私・・・・・・昨日の夜・・・・・・」
光秀「ほう、思い出したのか」
私の表情の変化を愉しんでいるのか、しげしげと見つめられる。
光秀「お前は昨夜、病み上がりの身体で酒を飲み、俺を煽るだけ煽って・・・・・・そのまま眠りこけてしまったな」
「そ、それは・・・・・・」
引きかけた腰を、光秀さんの腕がしっかりと抱き直した。
光秀「そんな娘には、仕置きが必要だと思わないか?」
光秀さんは私を抱き寄せると、愉しそうな笑みを浮かべる。
「だからって、お仕置きなんて・・・・・・」
光秀「されるわけないと思っていたのか。甘いな。今ここで、お前が昨夜言ったことを一字一句違わず復唱してやろうか?」
「えっ!」
光秀「お前が眠ってからの寝言まで覚えているぞ」
(嘘っ・・・・・・!)
あることないことに想像が膨らんで、恥ずかしくていたたまれなくなる。
「い、意地悪です。そんな覚えのないことまで・・・・・・っ」
光秀「『意地悪なところも愛してます』だろう?お前の口から、直接聞けるとはな」
「う・・・・・・」
(それを言ったのは、覚えてる・・・・・・完全に光秀さんのペースだ・・・・・・あれ?)
気付けば酔っている様子はどこにもなく、光秀さんはいつもの調子を取り戻している。
「あの光秀さん、酔ってたんじゃ・・・・・・」
光秀「多少はな。だが俺は、酔いが醒めるのもことさら早い」
(そうなの!? じゃあ、もう駄目だ・・・・・・敵うわけない)
光秀「そう逃げるな。可愛がってやる」
「っ、う・・・・・・ぁ」
追い打ちをかけるように光秀さんが迫り、指先で顎をすくわれた。
光秀「今夜のことは、忘れないように存分にその身に刻んでやろう」
その言葉通り、何度も熱を孕んだ唇で口を塞がれる。
「っ・・・ん・・・」
熱く柔らかな感触が、どうしようもなく鼓動を速くさせた。どんなに身をよじろうとしても、口づけは止むことなく------
「光秀、さん・・・・・・ぁっ・・・」
唇が胸元や鎖骨を辿り、そのたびに熱っぽい吐息が肌を掠めた。
(こんな風に触れられるの、久しぶりだから・・・・・・声が我慢できない・・・・・・)
いつしか帯が頼りなく緩み、合わせ目がはだけていた。光秀さんに触れられた場所が熱を持ち、だんだんと汗ばむのが自分でもわかる。
光秀「お前は酒を飲んでないはずなのに、どこもかしこも熱いな」
「っ、それは、光秀さんが・・・・・・」
光秀「俺が、なんだ?」
「あっ・・・・・・」
着物の下へ指がしのび込み、際どい場所をわざとらしく避けて肌を撫でていく。
光秀「言ってみろ」
(こんな状態で、言わせるなんて・・・・・・)
容赦なく与えられる刺激に、身体を支えるのがやっとだった。・・・・・・それでも本当の気持ちを伝えたくて、そっと光秀さんの頬に手を伸ばす。
「愛している人に触られて・・・・・・嬉しいからです」
光秀「ほう、そうか。ならばお前のすべてに触れてやろう」
「あ・・・・・・」
髪に、頬に、肩に・・・・・・数えきれないくらい口づけられる。いつもの意地悪が霞むくらい、こんな時の触れ方は加減を知らないほどに優しい。
いいな。。。
(一瞬のことさえも忘れないなんて、難しいのかもしれない。でも・・・・・・今日のことは絶対に忘れたくない)
強く思うと、自分の頬が際限なく緩んでいく。
「光秀さん・・・・・・」
光秀「なんだ?」
「私、もう忘れないように努力します。だからどうか、光秀さんも忘れないでくださいね。昨夜言ったことも今日も、全部、私の本当の気持ちですから・・・・・・」
光秀「・・・・・・ああ、分かっている」
囁きとともに見えた笑顔が、私の心の深い場所にしまわれる。私も笑顔を向けながら、止むことのない口づけを受け止め続けた。