夜が明ける少し前------

(ん・・・・・・)
ふと布団の中で目を覚ますと、光秀さんが身支度を整えているのが見えた。

「・・・・・・光秀さん?」

光秀「・・・・・・起こしたか。悪いな」

「いえ・・・・・・むしろ起こして欲しかったです」

(いつの間に帰ってきたんだろう。それに、もうどこかへ出かけるのかな・・・・・・)
寂しく思いながら、布団から出て光秀さんのそばへ行く。

「これからお仕事ですか?」

光秀「・・・・・・ああ。すぐに戻る」

光秀さんはそっと私の肩に手をまわし、そのまま優しく抱きしめた。
(最近、ゆっくり顔も見れてない気がする。いつも忙しくしてるけど、ここのところはなおさら忙しそう。身体は大丈夫なのかな)

胸の中から視線を上げると、すぐそばで光秀さんと目が合った。




光秀「どうした、そんなに見つめて口づけのおねだりか?」

「っ、そんなんじゃありません」

光秀「そうか?」

いくら見つめても、光秀さんのポーカーフェイスは相変わらずだ。

(本当に全然疲れたように見えないから、「休んで」って押しきれないんだよなあ)
心配していると、頭のてっぺんにキスを落とされる。

光秀「朝にはまだ早い。お前はもう少し寝ていろ」

「いえ、お見送りします。せっかくお見送りできる時くらい、 させてください。光秀さん、いつも私が寝てる間に出て行っちゃうから、寂しいんです」

光秀「そう言うな。俺はいつもお前の可愛い寝顔を眺めながら、仕事に行くのが好きなんだ」

(寝顔!? いつも見られてたの?)

「そ、そんなもの見ないでください」

光秀「ほう?」

顔を逸らした私を、光秀さんが口の端を上げて覗き込んだ。

光秀「俺に意地悪を言うのか?」

「意地悪なんて言ってないです、光秀さんじゃないんだから」

光秀「今、俺の楽しみを取り上げようとしただろう?」

(あ・・・・・・)
顎を持ち上げられ、短く唇が重なった。

光秀「では行ってくる」

・・・・・・気をつけてくださいね」

光秀「ああ」

ぽんと私の頭をひと撫でして、光秀さんは音もなく部屋を出て行った。

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光秀さんを見送ったその日の午後。私は信長様に呼び出されていた。

(何のご用だろう?)

「失礼します」

信長「来たか、ゆう」

三成「ゆう様、どうぞこちらへ」

(三成くんも一緒なんだ)
三成くんの隣に座ると、脇息へ寄り掛かる信長様が口を開いた。

信長「貴様に、光秀についての重要な話がある」

「えっ・・・・・・、まさか公務で何かあったんですか?」

三成「ご安心ください、ゆう様。問題が起きた知らせではありません」

「そうなんだ・・・・・・よかった」

信長様が力強い眼差しで私を見据えた。

信長「呆れている場合ではないぞ」

「え」

信長「三成、詳しく説明してやれ」

三成「・・・・・・はい」

穏やかだった三成くんの眼差しが、真剣なものへと変わる」

三成「信長様から、『光秀様が働きすぎだ』とお話を受けました」

(働きすぎ・・・・・・確かにそうだな。光秀さんが、休まず織田軍のために動いているのはいつものことかもしれないけど・・・・・・最近は特に、休んでないのがわかるほどだったから)
実際、夜一緒に眠ったのはもう何日も前のことだ。

三成「私も皆も、光秀様がお疲れのようには見えないのですが・・・・・・信長様の仰る通り、光秀様は表に出さない方なので、本当のところはご本人しかわかりません」

「うん・・・・・・」

(私もちょうど、そう思ってたところだ)

三成「そこで信長様より、光秀様を休ませるための策を講じるように命じられました。策略家として、光秀様を尊敬しているからこそ、私としても、しっかり休養を取り、効率をあげていただく方が良いのではないかと思うのです」

(そっか・・・・・・。三成くんも心配してくれてるんだ)

「でも・・・・・・光秀さんに休んでもらうのは難しいよね」

どんなハードワークをこなした後も、光秀さんはいつも仮眠程度しか取っていないように見える。

三成「ひとつ、良い策を思いついたのです」

「! 私にできることがあるなら協力させて」

信長「この策に貴様は不可欠だ。故に、この場に呼び出したのだ」

(そうだったんだ・・・・・・)

「わかりました。三成くん、私は何をすればいいの?」

三成「ゆう様は、温泉はお好きでしょうか?」

「え?」

きょとんとする私に、三成くんは天使の微笑みを浮かべる。

三成「今回の策は、光秀さんに温泉旅行をしていただくというものです。もちろん、ゆう様と一緒に」

「光秀さんと一緒に温泉旅行!?」

三成「はい。ゆう様からのお誘いであれば、光秀様もお断りにはならないはず。光秀様も、ゆう様との旅行には、仕事を持ち込みにくいのではないでしょうか」

「なるほど・・・・・・」

信長「いや、光秀のことだ。いくらゆうに甘いあやつでも、ゆうに悟られんように、仕事をこなすことも十分ありうる」

(さ、さすが信長様だな)
妙に納得していると、信長様が私を見て目を細めた。

信長「よって、貴様への命は、光秀を温泉旅行に連れ出し、一日中見張ってでも休ませることだ」

(すごく重要なミッションだ・・・・・・)

三成「懸念があるとすれば、光秀様にこの計画が悟られないかということです」

「でも私が急に温泉旅行なんて言い出したら、怪しまれそうだな」

信長「そこは貴様が上手く説き伏せれば良い話だ」

三成「ゆう様、よろしくお願いいたしますね」

(私にできるかな・・・・・・。だけど光秀さんに休んでもらうためには頑張るしかない)

「わかりました。早速、光秀さんに温泉のことを話してみます」

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その日の夜遅く。

(信長様から光秀さんと私の休暇を頂いたけど・・・・・・。どう誘えば自然かな)
部屋でひとり、一所懸命に考え込んでいると------

光秀「どうした。ささやかな頭で考え事か?」

「っ!」

不意に後ろから光秀さんが私を抱きすくめた。

「え、どうしてこんなに早く・・・・・・」

光秀「何、可愛いお前の顔が見たくなって急いで戻ってきただけだ」

(その割に、何かを見透かすような視線を感じるな)
じっと見つめられて、そわそわと落ち着かない。

光秀「昼に、信長様に呼ばれたそうだな。何か隠れて企んでいるのか」

「な、何も企んでませんよ」

光秀「ほう?意外だぞ、お前が俺に嘘をつくとは」

「嘘じゃないです。私はただ・・・・・・」

光秀「ただ、どうした」

耳にふっと吐息をかけられて、身体の中から熱が沸き上がる。
(っ、これ白状するまで意地悪されるやつだ)

「じ、実は光秀さんにお願いがあって・・・・・・っ」

光秀「お願い?」

光秀さんが抱きしめていた腕をほどき、私の前に座りなおした。

光秀「俺に何を頼みたいんだ?」

「ええっと、あの、私今すごく温泉に入りたい気分なので、温泉旅行に行きませんか?信長様には明日から二日ほど、私たちの休暇をいただいてるので・・・・・・だから・・・・・・どうでしょうか」

光秀「・・・・・・」

(今のはちょっと、わざとらしかったかな。でもなんて返されるんだろう)
じっと反応をうかがっていると、光秀さんは何か考えるように顎に手を添えた。

光秀「・・・・・・温泉か、悪くないかもしれないな」

「っ、本当ですか?」

光秀「ああ、少し離れた場所だが評判のいい温泉を知っている。そこへお前を連れて行こう」

(了承してくれた。怪しまれたかもしれないけど、とりあえず第一関門突破だ!)

「よかった・・・・・・ありがとうございます!」

光秀「ずいぶんと嬉しそうだな」

「はい。光秀さんと一緒にいられるのは久しぶりなので」

光秀「・・・・・・」

光秀さんは、いつになく優しく笑って私へ視線を送る。

「温泉、楽しみですね・・・・・・!」

光秀「ああ」

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翌日、光秀さんと同じ馬に乗って、温泉を目指していた。ふたりきりでゆったりと、山道を進んでいると・・・・・・
(あ・・・・・・急に空が暗くなってきた)

ぱらぱらと落ちてきた雨粒が、すぐに激しい雨へと変わっていく。

「結構降ってきちゃいましたね・・・・・・」

光秀「山の天気は変わりやすいな。しっかり掴まっていろ」

「え?」

後ろから手綱を握る光秀さんが、私を包むように抱き締めなおした。

光秀「お前の身体を冷やすわけにはいかないからな」