後ろから手綱を握る光秀さんが、私を包むように抱き締めなおした。
光秀「お前の身体を冷やすわけにはいかないからな」
「でもこの体勢だと、光秀さんが濡れてしまいます」
光秀「大したことはない。気にするな」
(でも雨に濡れれば体力を奪われるし、少しでも休んでもらいたいんだけど・・・・・・)
心配していると、光秀さんの唇が私の耳に触れた。
「っ、光秀さん?」
光秀「お前の身体は温かいな」
「・・・・・・そうですか?」
光秀「ああ。雨に濡れても、こうしていれば俺まで温かい」
(光秀さん、優しいな・・・・・・それに少しかもしれないけど、光秀さんの役に立てるなら私も嬉しい)
「・・・・・・ありがとうございます、私も温かいです」
素直にたくましい腕に抱き締められていたその時、突然、茂みから男たちが飛び出してきた。
「止まれ!」
(え・・・・・・っ)
光秀「山賊か」
光秀さんが手綱を引くと、馬が足を止めた。
山賊1「男と女がひとりずつ。身なりも悪くねえ」
山賊2「そこの男、怪我したくなかったら金品とその女を置いていけ」
(どうしよう、まさか山賊と出くわすなんて・・・・・・っ)
五人の薄汚れた山賊たちは、私たちを囲んで刀や槍を突きつけた。
光秀「誰の女に向かって言っているのか、今一度聞かせてもらおう」
「光秀さん・・・・・・」
光秀「安心しろ、ゆう」
耳元で落ち着いた声が響く。
光秀「お前との貴重な旅行だ。無駄な時を費やすつもりはない。これ以上お前を雨ざらしにして、風邪を引かせても困る」
光秀さんが柔らかな眼差しで私に手綱を握らせた。
光秀「すぐに戻る」
(あ・・・・・・!)
ひらりと馬から降りるのと同時に、刀が鞘から引き抜かれた。
山賊たち「ひいっ!」
目にまとまらぬ速さで向けられた切っ先に、山賊のひとりが後ろへひっくり返った。
山賊4「うわ、来るな」
(危ない!)
別の男が振り下ろした刀を、光秀さんは軽々と刃で受け止め宙へと弾き飛ばす。くるくると円を描いて落ちてきた刀が、山賊の足元の地面に突き刺さった。
光秀「退け。命が惜しかったらな」
鋭い一声に、山賊たちの顔から血の気が引いて我先に逃げていく。
(光秀さん、すごい。刀を振るう姿もかっこよかった・・・・・・じゃなくて!休んでもらうための旅行なのに、ハプニング続きでむしろ疲れさせてるような・・・・・・)
なかなか予定通りにはいかなくて、こっそりため息をつく。
光秀「ゆう」
(あっ)
刀を納めて馬へとまたがった光秀さんが、前に座る私へと手を伸ばし・・・・・・
光秀「・・・・・・」
そっと頬を包んで、何か言いたげに視線を注いだ。
「・・・・・・光秀さん?」
雨の雫が、光秀さんの髪の毛を伝って首筋へと落ちていく。
(色っぽくて、艶やかで・・・・・・目が離せない)
光秀「・・・・・・いや、なんでもない。怪我はないな」
「はい、大丈夫です。光秀さんに守ってもらったので・・・・・・」
光秀「だが随分と冷えてしまったようだ。宿へ急ぐとしよう」
光秀さんは手綱を握るとすぐに馬を走らせる。
(光秀さん、心配してくれて本当に優しいな・・・・・・でもさっき、何か言おうとしたようにも見えたけど・・・・・・気のせいかな)
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日が落ちる頃、ようやく雨も止み宿につくことができた。
「お互いびっしょりになってしまいましたね」
(さすがに肌寒いな)
小さく震えていると、光秀さんが宿の人から借りた手拭いで、私の紙についた水滴を拭き取る。
光秀「先に湯浴みをしてくるといい」
「え、光秀さんは?」
光秀「後で構わないから早く入ってこい。このままだと本当に風邪を引くぞ」
(でも、私が光秀さんから離れたら・・・・・・)
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三成「光秀様も、ゆう様との旅先には、仕事を持ち込みにくいのではないでしょうか」
信長「いや、光秀のことだ。いくらゆうに甘いあやつでも、ゆうに悟られんように、仕事をこなすことも十分ありうる」
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(信長様の言う通り、私がいない間に、何かしらのお仕事をしそうだな。それに私より濡れている光秀さんの方こそ、身体を温めてもらわないと)
光秀「? どうかしたか」
ぐるぐると考えを巡らせていると、光秀さんが私に顔を寄せる。
(恥ずかしいけど・・・・・・これしか方法が思いつかない)
「ええっと・・・・・・提案があるんですけど。雨もあがって晴れましたし・・・・・・一緒に温泉、行きませんか?」
光秀「・・・・・・」
(っ、自分から誘うなんてはしたないと思われたかな)
頬が熱くなって俯くと、すぐに背中を抱き寄せられて・・・・・・
光秀「それは・・・・・・一緒に湯に浸かろう、という誘いで相違ないな」
(改めて言われると、余計に恥ずかしいな)
温泉には襦袢(じゅばん)を着て入るものの、やっぱり光秀さんが一緒だと緊張してしまう。
(でも、ここは照れてる場合じゃない)
「っ・・・・・・はい」
大きく頷いてみせると、光秀さんが笑みを深めて私の耳元で囁く。
光秀「楽しみだな」
「っ・・・・・・」
(それは温泉に入るのが楽しみって意味だよね?)
ますます頬の熱が増して、私は俯いた顔を上げられなくなった。
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手早く支度を済ませて温泉へ行くと、さっきまでの雨が嘘のように晴れていた。空には綺麗な月が浮かんで、暗闇を淡く照らしている。
光秀「少々狭いが趣のあるいいところだろう?」
「そ、そうですね!」
(どうしよう、思った以上に明るい・・・・・・っ。でも今更、恥ずかしいから入れないなんて言えない)
何より宿で着替えて、髪を拭いたとはいえ、光秀さんは雨で身体が冷えている。
(光秀さんのためにも早く入らなきゃ・・・・・・)
光秀「・・・・・・さて」
流し目で私のほうを見た光秀さんと視線が絡む。
光秀「お前に風邪を引かせるわけにもいかない」
「そ、それは光秀さんも一緒です」
光秀「そうだな」
(入る前から、既に楽しそうなんですけど・・・・・・っ)
光秀「どれ、早く入るように脱ぐのを手伝ってやろう」
低く潤った声で笑う光秀さんが、私へ一歩詰める。
「っ! ひとりでできます」
光秀「遠慮はいらない」
「遠慮じゃなくて本心です」
思わず後ずさると、光秀さんは同じだけ歩み寄る。
光秀「ここまで来て何を恥ずかしがっている?」
「それは・・・・・・月がすごく明るいですし・・・・・・、何より光秀さんに・・・・・・」
(そんな色っぽい目でみつめられると、どうしていいのかわからなくなる・・・・・・)
光秀「俺がどうかしたか?」
また一歩、距離が縮まり、たまらず後ろへ下がった途端、木の幹が背中にぶつかった。
「あ・・・・・・」
追い詰められて動けない私を見下ろし、光秀さんが幹に手をつく。
光秀「そうも恥ずかしがられると、意地悪したくもなる」
(っ・・・・・・完全に光秀さんのペースだ)
光秀「一緒に湯に浸かるんだったな」
私と見つめ合ったまま、光秀さんは自分から着物を脱ぎ落とした。
光秀「無駄な抵抗はそのくらいにしておけ」
「っ・・・・・・」
月の下に晒された、鍛え抜かれた身体に息を呑む。
光秀「お前の策に乗ってやってるんだ。それとも本気で脱がせてほしいのか?」