光秀「無駄な抵抗はそのくらいにしておけ」
「っ・・・・・・」
月の下に晒された、鍛え抜かれた身体に息を呑む。
光秀「お前の策に乗ってやってるんだ。それとも本気で脱がせてほしいのか?」
(え、お前の策って・・・・・・)
私を見下ろす光秀さんは笑みを絶やさない。
光秀「どうした。嬉しくて返事も出来ないのか?」
「ち、違います。着物を脱ぐのが恥ずかしいだけです」
光秀「照れる顔も可愛いぞ」
からかいが滲んだ声に、じわりと肌が熱くなっていく。
(本当に意地悪。でもしっかりしなきゃ・・・・・・光秀さんを休ませるために、ここへ来たんだから)
「わかりました。でも自分で脱ぐので、先に入っててください・・・・・・」
光秀「覚悟は決まったか?」
「・・・・・・はい」
光秀「それは残念」
(残念って・・・・・・)
光秀さんが優しく私の頭をひと撫でする。
光秀「では先に入ってるからな。俺がのぼせる前に早くおいで」
光秀さんは私に背を向け、湯けむりがのぼる湯の中へと入っていった。
(もう・・・・・・すぐにからかう。でも覚悟は決めたから)
とくとくと鼓動が騒ぐのを感じながら、脱いだ着物を畳む。
「ええっと、入りますね」
襦袢姿になって肩までお湯に浸かると、光秀さんが私の方を見た。
光秀「やけに遠いな」
「・・・・・・これが限界です」
光秀「そうか。まあいい」
少し離れた場所にいる私に、光秀さんは目を細めただけで、それ以上何も言ってこない。湯船に注がれるお湯の静かな音だけがやけに大きく響く。
「ふう・・・・・・」
(光秀さんにからかわれて、余計に恥ずかしかったけど・・・・・・月が綺麗だし、お湯は気持ちいいし・・・・・・やっぱり温泉に来てよかった。光秀さんはくつろげてるかな?)
光秀さんへ視線を向けると、整った横顔が湯気の向こうに見えた。
光秀「・・・・・・」
(光秀さん、まつ毛が濡れてる。すごく色っぽい・・・・・・って、何考えてるんだろう、私)
「あの・・・・・・光秀さん、お湯具合はいかがですか?」
光秀「ああ、悪くない。いい湯だ」
「よかった・・・・・・」
光秀「お前の方はどうだ。熱くないか?」
「大丈夫です。気持ちよくて、こうしてると、日常のわずらわしいことも忘れられますね」
光秀「ん・・・・・・?」
(あれ、聞こえなかったかな?)
「日常のわずらわしい・・・・・・」
私が言いなおそうとすると、光秀さんは人の悪い笑みを滲ませ------
光秀「やはり遠いな。これではお前の可愛い声が聞こえない。しっかり話しができるよう、俺がそちらへ行くとしよう」
(えっ・・・・・・)
「私は光秀さんの声ちゃんと聞こえてますよ?」
光秀「お前は俺より耳がいいんだな」
(・・・・・・絶対、嘘だよね)
涼しい顔で光秀さんが、すいっと湯をかき分けて近づいてくる。
「ま、待ってください。まだ心の準備が・・・・・・っ」
光秀「何を準備する必要がある?それに、それほどそばへ行く気はない」
言葉通り、私を追い詰めるほどではない距離で、光秀さんは動きを止めた。そしてただじっと、私を見つめる。
(こんなの・・・・・・視線だけで触れられてるみたいで落ち着かない)
光秀「ゆう、今度はお前の番だ」
「え・・・・・・」
光秀さんが手招きする。
光秀「・・・・・・ほら、おいで」
(本当に、ずるい。そんなふうに優しく呼ばれたら逆らえない)
大きく深呼吸をしたあと、ゆっくりと移動して光秀さんのそばに行く。
「これでいいですか?」
光秀「まだだ。湯気で顔がよく見えないだろう?」
「嘘つき・・・・・・見えてますよね」
光秀「お前が俺を疑うとは思わなかったぞ。罰が必要だな」
(あ・・・・・・)
腕の中に抱き寄せられ、厚い胸板が頬に触れた。
「これが罰ですか?」
光秀「不服か?」
「だってこれじゃ、私が嬉しくなるだけですよ」
光秀「それは何より」
一層強く抱きしめられて、すき間なく肌が触れ合う。
(ドキドキする・・・・・・。でもそれだけじゃなくて・・・・・・光秀さんの腕の中、すごく安心する)
そっと私の髪を撫でる光秀さんも、いつもよりリラックスしているように見えた。
(光秀さんも、同じように思ってくれてるのかな。少しは仕事のこととか、忘れてくれてるといいんだけど)
光秀「考え事か?ゆう」
長いまつ毛に縁どられた瞳が、愛おしそうに私だけを映している。
(正直に全部話したら、わかってくれるかな)
心の距離が縮まっているような気がして今だからこそ正直に話したくなった。
「気づいてると思いますけど・・・・・・実は今回の旅行は、三成くんと信長様からのていあんだったんです。光秀さんに休んでもらえるよう、私が温泉へ連れていくようにって」
光秀さんの口元に飄々とした笑みが浮かぶ。
光秀「ああ、だろうな。信長様が何かお考えになっているのはわかっていた。だが、俺が休まずにいることへの対策というより、お前とゆっくり過ごす時間を、褒美としてくださったというところだろう」
(そういうことだったんだ・・・・・・)
信長様がこの策を、私に命じられた意味に初めて気づく。
「でも・・・・・・心配してくれてるんだと思います。光秀さんは忙しすぎる人だから」
光秀「・・・・・・かもしれないな。だが、すべては俺がしたくてしてることだ。お前も知ってるだろう」
(確かにそうだけど・・・・・・)
光秀さんが仕事で愚痴を言ったり、泣き言をいうのは聞いたことがない。
「それでも光秀さんに、休んでほしいと私も思ったので、策を引き受けました。でもかえって、疲れさせてしまったんじゃないかなって」
(雨に降られて、山賊に襲われて・・・・・・うまくいかないことばかりだったな)
光秀「やはり気にしていたか」
「え・・・・・・」
苦笑を漏らした光秀さんが、私の顎を持ち上げた。
光秀「まったくお前は・・・・・・やたら心配しているようだったから、もっと早く気にするな、と言ってやりたかったが・・・・・・健気に、俺を休ませようとするお前が可愛くてな」
(そうだったんだ・・・・・・)
何もかも見透かされていたことに気づいて、なんだか胸の奥がくすぐったい。
(さすが光秀さんだな。この人を策にはめるなんて、きっと私には一生無理だ)
「・・・・・・計画を黙っていたこと、怒ってませんか?」
光秀「馬鹿を言え。怒るわけがないだろう」
(わ・・・・・・)
ふいに漏れた唇が重なり、短いキスが落とされる。
光秀「こんなに心安らいだのは久しぶりだ。お前の気持ちも嬉しい。お前を守ることは仕事じゃない。当たり前にすることだ。疲れたりしない」
(そんなふうに言ってもらえるなんて、すごく嬉しいな・・・・・・)
もう一度唇が重なり、口づけが深くなった。
「っ、ん・・・・・・光秀さん?」
水音を立ててゆっくりと唇が離れ、吐息が溢れる。
光秀「恥じらうお前を腕に抱きながら、月を見るのも悪くないな」
「・・・・・・もう恥じらってません」
光秀「そうなのか」
くすくす笑う光秀さんに、心が柔らいで私も一緒に笑う。
(光秀さんが、くつろいでくれてるのがわかる・・・・・・すごく、この瞬間が愛おしい)
光秀「帰ったら、三成と信長様にも礼をしなければな」
「みんなにお土産、買って帰りましょう」
光秀「ああ、そうだな。ではそれまで、たっぷりお前を可愛がっておくとしよう」
「んっ、・・・・・・ぁ・・・・・・」
お湯の中で大きな手のひらが、私の肌に触れてそっとなぞる。奥へと沈んでいく指先に煽られながら、キスを繰り返して・・・・・・心も身体もすべて、光秀さんから与えられる熱に埋め尽くされていった。