(・・・・・・強いのはお前だ。そうも愛らしい姿を見せられたら、すぐにでもこの胸に抱き締めたくなるだろう)
光秀が刀に手をかけた、その時------

光秀「・・・・・・っ」

雨音に交じって、茂みに揺れる音が耳に届いた。
(・・・・・・なるほど。この状況では、戦略など無意味。周り込むつもりでいたが・・・・・・一気に斬り込むか)

意を決し踏み出そうとすると、偶然にもゆうと視線がぶつかる。ゆうはわずかに目を見開き、何かを伝えようと口を動かした。
(『来ないで』だと?)

・・・・・・悪いが、その頼みは聞き入れられないな」

独り言と共に刀を鞘から引き抜いた光秀は、男たちの前に滑り出る。

男1「! 来たぞ!」

男2「ほらな、まんまと策にはまっただろ?」

男1「ああ。これでこの狐も終わりだな。お前たち! かかれ」

男が叫ぶと、近くの茂みからさらに数人の男たちが飛び出して来た。
(やはり他にもいたか。具足を見るに全員敵の兵だ。ゆうが来るなと言ったのは、これを知ってのことだろうが・・・・・・数など関係ない)

光秀は大きく一歩踏み込み、四方から己に振られた白刃を弾く。敵兵たちは的確に弱点を突かれ、声に動揺をにじませた。

敵兵1「っぐ・・・・・・馬鹿な!」

敵兵2「怪我を負わせたというのは、誤報か!?」

「さて------どうだろうな」

わずかに差し込む月明かりを跳ね返すように光刃(こうじん)が走り、敵兵たちは倒れていく。それでもなお輝く切っ先には、光秀の信念が宿っていた。

男1「くっ・・・・・・お前、何故斬らない」

「俺はこの娘に心底惚れていてな」

(命が奪われる理由も、俺が人を殺める理由も理解していながら・・・・・・なおも心を痛めるのだ。その目を塞げぬのなら、見せぬようにするしかないだろう)

「さて、残るはお前だけだ。安心しろ、殺したりはしない・・・・・・戦場以外ではな」

光秀は男に向かって、足を踏み出そうとするが・・・・・・

・・・・・・っ、く・・・・・・」

腹部にこれまでにないほどの痛みが走り、視界が揺れた。
(少々、無理をしすぎたか)

ゆう「光秀さ・・・・・・きゃっ!?」

「ゆう!」

一瞬の隙を見て、男はゆうの腕を掴むと小刀を突き付ける。

男1「はっ、どうした。ここにきてまさかの、形勢逆転だな。こうして女という足手まといなものなど作るからだ。まったく情けない」

ゆう「っ、逃げてください!私は大丈夫ですから」

・・・・・・大丈夫なわけがないだろう」

ゆう「え・・・・・・?」

(この、俺がな。お前を置いて逃げるなど、いっそここで自死した方がましだ)
自身を貫く痛み以上に、ゆうのことばが深々と胸に刺さった。光秀は静かに刀を鞘に納めると、使い慣れた鉄砲に触れる。

(俺が仮に足を踏み出したとしても、あの男に先手を打たれるだけだろう。ならば------)
光秀はそのまま鉄砲を構え、男に向けた。

男1「くくっ・・・・・・そんな脅し、俺には効かないね。この雨じゃ使い物にならないだろ」

「一か八かだ・・・・・・それと、ひとつ訂正させてもらう。その女は、足手まといなどではない。俺の心を支えるものだ」

(そして・・・・・・この身に代えても守ると決めた女だ。例え、こうして泥水にまみれようともな。必ず守る。そのためならば、運の神にだって
縋り付いてやろう)
光秀の言葉に、ゆうは大きな瞳を揺らす。その瞳に誓うように、光秀は目を細め引き金を引いた------

・・・・・・

ゆう「光秀さん、大丈夫ですか?」

「ああ、問題ない。しばらくすれば、また動ける」

光秀はゆうに笑みを向けながら、木の陰に腰かけ、痛みから気を逸らすように浅く呼吸を繰り返す。
(運は俺の味方をしたか・・・・・・いや、あるいはゆうの味方をしたのかもしれない)

男に向けた銃は、降りしきる雨の間をすり抜けるように火を噴き、男を撃ち抜いた。

ゆう「・・・・・・さっきの話、本当ですか?怪我をしたって・・・・・・」

「大したことはない。矢がかすっただけだ」

ゆう「っ、大したことないなら・・・・・・こんなふうになってませんよ」

冷え切った指先で、ゆうは光秀の手を握る。

ゆう「さっき、天幕の中で隠し事をしようとした光秀さんに、本当は言いたいことがあったんです」

「言いたいこと、か」


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・・・・・・ひとつ、これだけは言っておく。俺がお前を信頼できないから何かを秘密にする、ということは決してない」

ゆう「そうじゃなくて・・・・・・」

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(あのことか・・・・・・)
光秀はゆうの言葉を遮らないように、唇を結んだ。

ゆう「こうしていつも、私のことを気遣って自分が苦しむ道を取りますよね。それが光秀さんだってわかってます。ものすごく優しい人だから。でも・・・・・・私にだけは言って欲しいなって気持ちもあったんです。私を幸せにするのも、苦しめていいのも、光秀さんだけですから」

言い切ると、ゆうは光秀の胸元に控えめに顔を埋める。衣服越しに感じた体温から、秘めていた葛藤が伝わり、光秀はただ頷いた。

・・・・・・そうか」

(誰かを愛おしく想う気持ちというものは、まるで巨大で目に見えない化け物だ)
ゆうの苦しみは、己が肩代わりしてやりたいと思う。それが身を裂かれるようにつらく、耐え難いものであっても。

(なぜならば・・・・・・愛する者が苦しむ姿を見ているよりは、数倍楽だからだ。しかしそれは、ゆうもきっと同じなのだろう)

「お前の言いたいことは、良くわかった。隠していて悪かったな。ならばこれからは、きちんとお前に伝えるとしよう」

ゆう「っ、光秀さん・・・・・・」

顔を上げたゆうと見つめ合い、どちらともなく唇を重ねる。冷え切ったそれは熱を求めるように開き、雨音に混ざり合うように甘い音をたてた。

ゆう「ん、ぅ・・・・・・っ」

時折、肌をくすぐるゆうの声が、鼓膜を震わせる。やがて唇が離れると、光秀はぽつりと言葉をこぼした。

・・・・・・泥だらけだな。それに、頭の先からつま先まで、水浸しだ」

ゆう「そうですね。でも・・・・・・光秀さんのそばなら、何だって幸せです」

「そうか。------全く、お前には敵わないな」

幸せそうに目を細めたゆうの顔を手の甲で拭って、それから再び口づける。
(まさか、俺の言葉を奪われるとは)

光秀の心は、これ以上ないほど満たされていた。気遣いすらもすれ違うほどの深い愛を感じながら------

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数日後。戦で無事勝利をあげた一行は、安土へ戻ってきていた。

ゆう「もう、よくこれで前線に立ちましたね。信長様から、身体を休めるようにって暇をいただいたから良かったですけど・・・・・・」

「ああ、これで一件落着だな」

包帯を変え終わり、光秀は涼しげな顔で着物を正す。

ゆう「一件落着って・・・・・・でも、傷もだいぶ塞がったみたいで安心しました。あ、そうだ。部屋にいてもすることないですよね。お団子買ってきましょうか?」

あら、光秀さんも只今 STAY HOME なのね(笑)

・・・・・・ゆう」

光秀は、あれこれと動き回ろうとするゆうをそばに呼び、首を傾げながらも座ったその肩にそっと頭を預けた。

ゆう「っ、光秀さん・・・・・・?」

「少しはお前も休め。疲れているだろう」

ゆう「でも・・・・・・」

「『でも』は聞かない。お前の戦場での働きは、俺が一番わかっているからな」

きちんと整えられたゆうの髪や着物からは、硝煙や血の生臭い香りはしない。しかしほんの数日前は、光秀と同じように戦場で必死に駆け回っていた。それは乱世を生きると決めたゆうの覚悟であり、他者に寄り添うという信念なのだろう。
(共にいることで、この娘を危険に晒すだろうということはわかっていた。だからこそあの日、決して傷つけはさせないと桔梗の花に誓ったが・・・・・・)

・・・・・・お前はただ、守られているだけの娘ではなかったようだ」

ゆう「え・・・・・・?」

「いつも、救われている。他の者も・・・・・・もちろん、俺も」

光秀は穏やかなきもちで、口元に笑みを浮かべた。

「あの花にもうひとつ、誓いを加えよう。これからはお前に隠し事などしない。そばに寄り添う者として」

ゆう「光秀さん・・・・・・」

ゆうはぽつりと名を呼び、それから陽だまりのような声で応える。

ゆう「はい。私も・・・・・・必ず全部、受け止めます」

「そうか・・・・・・」

顔を上げて表情を窺うと、ゆうは真剣な眼差しで頷いていた。
(とっくに知っていたのに、俺はその事実に蓋をしていたのだろうな。お前は何よりも強い輝きを放つ、唯一無二の存在だ)

溢れる愛おしさは、光秀の手をゆうの頬へ滑らせる。

・・・・・・全部受け止める、か。では、ここ数日分の愛も、お前に受け止めてもらうとしよう」

ゆう「っ、え・・・・・・?」

「この意味はわかるだろう?お前はいい子だからな」

(・・・・・・悪いな、ゆう。この『意地悪』はただ、お前を愛するための口実だ)
真っ赤になるゆうに、光秀は愉しげに目を細め、答えを聞かずに唇を重ねた------