薄雲を透かした月明かりが差し込む静かな夜------
「貴様の膝は、やはり他の枕が足元にも及ばん心地良さだ」
ゆうの膝に顔を乗せ、信長はゆっくりと息をついて目を伏せていた。
「・・・・・・ゆう。貴様に聞きたいことがある。五百年先の、貴様が生まれた世では『織田信長』はどんな男として伝わっている?」
ゆう「え?急にどうしたんですか?」
「深い理由などない。答えろ」
ゆう「ええと、そうですね・・・・・・ホトトギスを殺すタイプの人、でしょうか」
「『たいぷ』?」
ゆう「分類や系統なんかの意味合いで使われる言葉です」
「なるほどな。それで、ホトトギスを殺すとは何だ。隠語のようなものか」
ゆう「そうな感じです。鳴かないホトトギスを武将ならどうするか、という例えがあって・・・・・・」
続きを言いかけたゆうの顔が、哀しそうに曇る。
(どうしたというのだ)
ゆう「『織田信長』は、鳴くまで待つでも自分で鳴かせるでもなく、鳴かないなら殺してしまう・・・・・・そういう人物だったと子ども達は教わるんです」
「・・・・・・」
(なるほどな。そういうことか。自分のことのように、痛そうな顔をする・・・・・・)
ゆう自身も、そう教わってきたのだろう。
「言い得て妙な例えがあったものだ。そう間違った解釈ではない。五百年の歳月がすぎようと、簡単に美化される行いはしていないからな」
ゆう「っ、でも、信長様は・・・・・・違うじゃありませんか」
(ゆうと出会わなければ、後世に伝わる通りの『織田信長』でいただろう)
「記録など都合良く書き換えられるものだ。貴様が気にすることではない」
(だが・・・・・・)
ゆう「・・・・・・信長様?」
「------少し疲れた。しばしこのままでいろ」
ゆう「はい・・・・・・」
ゆうの片手に指を絡ませて繋ぎ、再び目を伏せる。
(このままが得策か否かは、慎重に判断せねばなるまい。今ならまだ・・・・・・間に合う)
まどろみかけた信長の脳裏には、数日前の合戦の情景が浮かんでいた----------
・・・・・・
家臣「信長様!敵陣が敗走を開始との知らせが届きました。我が軍の勝利でございます!」
「骨のない連中だ。謀反を企てるならば、相応の覚悟で討って出ろ」
敵兵「く・・・・・・っ!」
しかしその矢先、蹄の音を響かせて一頭の馬が突進してくる。
敵将「信長ぁあああ!!」
「・・・・・・!」
獰猛(どうもう)な叫びに、信長はすかさず刀を構える。
「敗戦の将が自棄(やけ)でも起こしたか」
敵将「黙れ! ------覚悟ぉ!!」
決死の覚悟で斬り込まれた一刀を、信長は顔色一つ変えずに受け止める。火花を散らせながら刃をいなすと、信長の刀の切っ先は敵将の胴を大きく切り裂いた。
敵将「が、ぁ・・・・・・!」
地面へと転げ落ちた敵将を、信長は馬にまたがったまま見下ろす。
「兵を率いる将として、冷静さを欠いた時点で貴様は終わりだ」
敵将「おのれ・・・・・・おのれぇ・・・・・・っ!」
家康「信長様」
後方で怪我人の救護指揮を執っていた家康が、勝利の知らせを受けて前線に駆けつける。
「家康、怪我人を運ぶ準備を進めろ。安土へ引き上げるぞ」
家康「残党はどうするんですか?」
「構うな。向かってくるならば容赦はしないが、逃げるぶんには捨て置け」
家康「はっ」
敵将「慈悲でもかけたつもりか・・・・・・!」
「笑わせるな。皆殺しの方が非効率というだけだ」
敵将「・・・・・・っ!」
拳を震わせながら、敵将は血走った目を見開く。
敵将「女にうつつを抜かしていると聞き・・・・・・少しは、人の心を得たかと思っていたが・・・・・・所詮は魔王・・・・・・っ、貴様が好む女など、さぞや羅刹(らせつ)のような女なのであろうよ」
家康「・・・・・・っ」
「俺の女がどんな女かなど、貴様ごときが知れるものと思うな。慈悲が望みならばくれてやる」
信長は馬を下りると------・・・
とうに致命傷を受け、失血死を待つしかなかった敵将の男に引導を渡した。
家康「信長様・・・・・・」
「謀反の首謀者は討った。引き上げの指示に行け、家康」
家康「・・・わかりました」
何か言いたげにしていた家康だったが、常と変わらぬ信長の声に従い、後方の指示に戻っていく。
「第六天魔王------織田信長、か」
(後世に伝わるならば、悪逆非道の男として描かれるのだろうな。構うものか。俺が見据えるのは、己が待望を成し遂げることのみ------)
「・・・・・・」
静けさが戻りつつある草原には、未だに消炎と血の匂いが立ち込めている。惨い情景とは対極にある、愛おしい笑顔が信長の心を掠めた。
「魔王の女・・・・・・」
この世の地獄のような風景に落ちた呟きを、耳にする者は誰もいなかった・・・・・・
・・・・・・
「・・・・・・」