「信長様・・・・・・!」

熱があることを伝えようとした時、

家臣の声「失礼します、信長様」

襖(ふすま)の向こうから声がかかった。

信長「------・・・誰か来たようだな」

信長様は身体を起こして、襖の方へ視線を投げる。

信長「どうした」

家臣「先日の戦で共闘した諸大名が、面会を願い出ておられます。広間にてお待ちですが、いかがいたしましょうか」

信長「わかった。すぐ行くと伝えろ」

(え、熱があるのに・・・・・・!)
立ち上がりかけた信長様の手を引き、慌てて制止した。

「信長様、今日の公務は・・・・・・!」

信長「? 何か問題があるのか」

「え・・・」

引き留める理由がわからないのか、信長様は不思議そうに私を見下ろした。
(もしかして、体調が悪いことに気付いていらっしゃらないの?)

「あの・・・いつもと変わりはないですか?」

信長「・・・先程から何を言っているのだ、貴様は」

信長様が、指先で私の顎をすくう。

信長「たまっている公務がおわったら構ってやる。それまで大人しくしていろ」

(あ・・・・・・)
戸惑う私に軽い口づけを落とした信長様は、立ち上がって手早く着替えを済ませた。

信長「存分に愛でられるのを、愉しみにしているが良い」

「つ・・・・・・」

背を向けた信長様が部屋を出た後も、艷めいた言葉に胸が甘く疼いていた。
(いやいや、今はそれより信長様の体調だよね。熱があることを自覚したら、急に身体がダルくなったりするし。本人には言わない方がいいのかな)

↑↑↑あるある、私このタイプだわー。体温計測って、微熱あるってわかった途端ガタンと不調になっちゃう人💦でも、信長様に無理して欲しくないなら、言うべきだよー!

誰かに相談してみようかと思考を巡らせた時、不意に家臣たちの言葉が頭の中を過った。


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「あの・・・・・・信長様は戦場で、辛い顔を見せたりされないんですか?」

家臣2「そうですね・・・私が知る限り、ありませんね。いつも余裕のある表情をなさるので」

家臣3「何時いかなる時も隙を見せない・・・・・・信長様は、そういう方なのです」

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(信長様の体調が悪いことを他の人に知られるのも、よくないかもしれない。出来る限りフォローして、信長様が無理をされないようにしないと・・・・・・!)

いや、公務中にフォローできることなんて、そんなになくない?むしろ邪魔なんじゃ。。。

信長様のために何ができるか考えながら、急いで褥を出た。

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信長様の姿を捜して、広間の襖を薄く開く。覗いて見ると、信長様は大名と真剣な表情で話し合っているところだった。信長様は特に辛そうな様子もなく、淡々と大名との会話を重ねている。信長様から目を離せないでいると・・・・・・

秀吉「ゆう? こんなところで何してるんだ?」

「っ!」

突然後ろから呼ばれて、びくっと肩を震わせる。恐る恐る振り返ると、秀吉さんが首を傾げて私を見下ろしていた。

秀吉「信長様になにか用か?」

「ええっと・・・・・・」

(どうしよう・・・・・・秀吉さんに信長様の熱のことを話せば、きっとすごく心配するだろうし。騒ぎが大きくならないように、今は黙っておいたほうがいいよね)

いや、いや、話そうよー。。。

・・・・・・ちょっと中の様子が気になって・・・それより秀吉さん。信長様って、今日はお忙しいのかな?」

秀吉「ん?まあ、そうだな。このあと軍議があるし、行くさの間にたまった公務もいくつかある。それに夕方には、市場の調査に訪れる大名を自ら案内されるそうだ」

「そんなにお忙しいの!?」

秀吉「信長様は、いつもそれ以上の公務をこなしていらっしゃるぞ?」

(普段ならそうかもしれないけど・・・・・・)
信長様のスケジュールを聞いて一段と焦る気持ちが強くなっていった。

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面会が終わったあと、信長様は移動する時間を惜しむように、広間にひとりで留まって、大量の書簡に目を通し始めた。

(熱がある時は、水分を補給しなきゃ)

「信長様、お茶をお持ちしました」

信長「茶だと?」

書簡から顔を上げた信長様が、呆れた瞳を向ける。

信長「貴様、いったい何杯の茶を飲ませる気だ」

「え・・・・・・」

信長様の手元では、すでに空になった湯呑みがいくつも積み上げられていた。
(ちょっと淹れすぎちゃったかな)

おいおい、それじゃ逆に邪魔になってないかーい?トイレ近くなるし、公務が終わる時間がどんどん遅くなるー💦

「それじゃ違う飲み物にしましょうか?」

信長「必要ない。すでに喉は潤っている」

「でも・・・!」

家臣「信長様、そろそろ軍議の時刻になりますが」

信長「わかった、今から向かう。下がって良い」

家臣「はっ」

(え、休憩されないの?ずっと座りっぱなしだと、身体が冷えちゃうよ)

「信長様、待ってください」

信長「ん?」

用意していた柔らかい布を信長様へ差し出す。

「このぬのをストール代わりに首に巻いてください」

信長「『すとおる』?なぜ巻く必要がある」

「体温の調整にぴったりなんですよ」

信長「寒くない。むしろ暑いくらいだ」

( ´° ³°`)プッ!ごめん。吹いたわー(笑)

信長様は私が巻こうとしたストール代わりの布をあっさり取り払ってしまう。
(暑いって、もしかしたら熱が上がったんじゃ・・・・・・)

めげないナ。。拒否られてるのに、なんてプラス思考なんじゃー!嫌マイナス思考だ!
過保護?心配性?
いや、むしろおせっかいだーー!

「失礼します」

体温を測ろうと、信長様の額に手を伸ばすと・・・・・・

信長「ゆう」

(え・・・・・・)
信長様が私の手首をしっかりと掴んだ。

信長「ついて来い」

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広間を出て近くの部屋に入ると、信長様が後ろ手で襖を閉めた。

「信長様、どうしてここに・・・?」

信長「貴様、いったい、どういうつもりだ。なぜそうも俺の世話をしようとする?」

信長様は心を見透かすような視線を向けながら、距離を一歩縮めた。
(どうにかして、誤魔化さなきゃ・・・・・・!)

「信長様に久しぶりにお逢いしたので、一緒にたいと思って・・・・・・」

苦し紛れの返答をして、同じだけ後ろへ下がると、壁際に追い詰められる。脇をすり抜けて逃げようとしたとき---・・・

「っ・・・・・・」

信長様が壁に手を着き、行く手を遮った。

信長「貴様、何か様子がおかしいな。言いたいことがあるなら、言え」

「い、いえ別に・・・・・・何でもありません」

訳を言えなくて俯くと、強い光を宿した瞳が目の前に迫った。

信長「・・・・・・」

(思いっきり、疑われてる・・・・・・)

信長「・・・・・・強情な女だ」

信長様の指先が私の髪を撫でで、頬へと伝い降りてくる。
(っ、指先が熱い。また熱が上がってる?)

「信長様、少し休まれませんか?」

信長「なぜだ」

「私が休んでほしいんです」

引かずにきっぱりと言い放つと、信長様が口元を緩めた。

信長「夜になれば休む。それまで待て」

(夜じゃ遅いんだけど・・・・・・)

「それならせめて、この後の市場調査へ同行させてください」

信長「今日は随分と食い下がるな。・・・・・・ついて来たいのなら、理由を言え」

「っ、今はまだ言えません。夜になったら話します」

まだ言わないかい!!

信長「・・・・・・」

短い沈黙の後、信長様が私を見据えながら口を開いた。

信長「・・・・・・良いだろう。好きにしろ」

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(同行を許してもらえてよかった)
信長様が家臣たちを引き連れ、大名を案内している様子を後から見守る。

信長様から目を離さないでいると・・・

(ん?)
空に厚い雲が立ち込めて、急にぽつぽつと雨粒が降ってきた。

「信長様、こちらへ!雨宿りしないと」

信長「これくらいの雨なら構わん」

「私は構うんです!」

雨の中を歩く信長様を、慌てて民家の軒下へと連れて行く。

あー、もはや過保護な母だわー(´×ω×`)

信長「ゆう、何を慌てている」

「だって・・・・・・!信長様、体調が悪いじゃないですか。雨に濡れるなんて、よくないです」

ここでかい???ここで言うなら、もっと早くいいなしゃれーーー!

信長「何・・・・・・?」

(やっぱり気付いてなかったんだ)
そばに控えていた家臣が、慌てたように声を上げる。

家臣「ゆう様、それは本当ですか?」

「はい、微熱ですけど」

信長「貴様が妙な行動をとっていたわけは、それか」

「はい・・・・・・」

頷いた私に、信長様が呆れた様子でため息をもらした。

信長「大げさだな、貴様は」

なんか、世話焼きな秀吉さん状態だよね。

家臣「御館様、すぐに駕籠を用意いたします!」

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急いで家臣が用意してくれた駕籠で城へと戻った後、信長様は濡れた着物を脱いで、寝巻き姿になった。

「寒くないですか?」

信長「ああ、心配ない」

(え・・・・・・)
信長様は髪を手ぐしでかき上げ、どこかへ向かって歩き出した。

「待ってください、どこへ行かれるつもりですか?」

信長「書庫にある帳簿をとりに行くだけだ。いちいち騒ぎ立てるな」

「だ、駄目です!」

襖を開けようとした信長様の前で、両手を広げる。

信長「何のつもりだ」

「私、今日はこれ以上信長様を働かせることはできません!」

信長「貴様、本気で言っているのか?」

不機嫌そうな声が響いて、信長様の視線が刺さる。
(ここで退いたら、信長様はきっと無理をされてしまう)

「はい。信長様がなんと言おうと、今日はお部屋から一歩も出しません。公務も、体調が治ってからにしてください」

(お願いだから、今は休んで・・・・・・!)
怯みそうになりながらも必死に頼む私を前にして、信長様がふっと目を細めた。

信長「俺に真っ向から挑んでくるのは、貴様ぐらいのものだ」

「っ、からかわないでください」

信長様はにやりと笑みを浮かべて、私の腰に腕を回し、ぐいっと引き寄せた。

信長「からかってなどいない」

耳元に、吐息混じりの甘い声が響く。

信長「だが、俺をこの部屋に閉じ込めるというなら・・・・・・」

(ぁっ・・・・・・)
信長様の唇が耳のふちに触れたかと思うと、かぷりと噛まれて------

信長「それなりの見返りは期待しているぞ」