それは、光秀さんの隊が率いる戦に、私も同行した時のこと-----
戦は長丁場となり、私はいつも以上に忙しく救護の手伝いをしていた。
(いけない、もう薬が足りなくなってる)
急いで別の天幕に取りに行く途中、怒号が飛び交う戦場が見えて、思わず足を止める。
(! 光秀さん・・・・・・)
光秀さんは馬にまたがり、前方の敵軍を鋭く睨み据えていた。
光秀「・・・・・・」
(・・・・・・光秀さん、いつも通りに見えるけど・・・・・・全然休んでないんだろうな)
今回の戦は厳しいもので、地の利を生かした敵軍に、持久戦を強いられている。そんな中でも顔色ひとつ変えることなく、光秀さんは的確な指示を部下達に送り続け・・・・・・
光秀「鉄砲隊前へ!」
兵達「はっ」
光秀「構え-----撃て!」
大勢の敵兵が倒れ、硝煙の匂いが立ち込める中、味方の兵達の士気が上がっていく。
兵1「これなら・・・・・・明日にでも決着がつきそうだな」
兵2「さすが光秀様だ! こちらに不利な地形を利用すると聞かされた時はどうなるかと思ったが・・・・・・」
(光秀さんの采配で、勝利は目前なんだ。皆も光秀さんのことをすごく信頼してる。心配だけど・・・・・・今は私も自分がやるべきことをやらなくちゃ)
必要な薬を受け取って、私は救護を待つ人たちの元へと駆け出した。
・・・・・・・・・・
その夜-----
(ずいぶん遅い時間になっちゃったけど・・・・・・きっとまだ光秀さんは休んでないはずだ)
私は休憩の合間、光秀さんのいる天幕を訪ねた。
光秀「・・・・・・ゆう」
声をかけるより先に、光秀さんが手元の地形図から顔を上げる。
「お忙しいのに、ごめんなさい・・・・・・少しだけ話せますか?」
光秀「・・・・・・」
すぐに答えない光秀さんに、そばで控える久兵衛さんが目で合図を送った。
久兵衛「行ってらっしゃいませ」
光秀「・・・・・・少しだけ、出てくる。おいで、ゆう」
向けられた瞳は、先ほどまでの研ぎ澄まされたものではなく、優しさが滲んでいて、鼓動がとくりと鳴った。
「はい・・・・・・」
・・・・・・
天幕を出てひと気のない場所まで来ると、光秀さんが歩みを止めた。
光秀「やれやれ、そんな心配そうな顔をするな」
(あ・・・・・・)
光秀さんは私を抱き寄せ、頬にひんやりとした手のひらを添える。
光秀「怪我はないな」
(こんな時まで、私のことを気にかけてくれるんだ)
嬉しく思いながらも、もっと自分のことも労って欲しくなる。
「私は大丈夫です。光秀さんもお怪我はありませんか」
光秀「ああ、傷ひとつない。全身くまなく確認してみてもいいぞ」
「怪我はしてないみたいで、何よりです。でも・・・・・・」
光秀さんから少し離れて、その顔を見つめる。
光秀「ん?」
「状況が大変なことは、重々承知の上で言わせてください。私は・・・・・・光秀さんが心配です。全然休んでないですよね」
光秀さんは困ったような笑みを浮かべる。
光秀「・・・・・・心配をかけて悪いな」
そっと私を腕の中へ引き戻した。
光秀「だが、この戦は明日が正念場になる」
「兵士の皆さんも同じことを言ってました。決着がつきそうですか?」
光秀「ああ。そうなれば、お前とちゃんとゆっくり休む」
「・・・・・・約束してくれますか?」
光秀「無論。それより・・・・・・」
光秀さんが指の腹で私の目元をゆるやかに撫でた。
光秀「お前もろくに休んでいないだろう?」
(う・・・・・・救護で忙しくしてたけど、顔にも出てる?)
光秀さんほどじゃないけれど、確かに私もいつもより無理をして働いていた自覚はある。
「合間を見て、私は休んでますよ」
つい目を逸らすと、光秀さんは両手で私の頬を包み、自分の方へ視線を引き戻す。
光秀「・・・・・・ゆう」
「んっ・・・・・・」
触れるだけの甘いキスが、私の唇へふわりと落ちた。
光秀「俺にそんな嘘が通用すると思うのか?」
「っ・・・・・・それは・・・・・・」
光秀「恋仲になったとはいえ、似なくて良い部分は似るな」
目の前に広がる優しい笑みに、胸がぎゅっと締め付けられる。
光秀「今夜はゆっくり休め。良い子だから」
(自分だけずるい。でも・・・・・・そんなふうに言われたら、何も言えなくなる)
返事をできないでいると、もう一度唇が重なった。
「ぁ・・・・・・」
ゆっくりと舌が絡み、甘く深いキスが与えられる。
(身体に力が・・・・・・入らない)
頬に熱が広がって、呼吸が乱れた私を、長いまつ毛に縁取られた瞳が覗き込んだ。
光秀「ちゃんと休め。良いな?」
「っ、わかりました・・・・・・」
頷いた私の頭を、光秀さんの手がひと撫でした時------
久兵衛「光秀様、お取り込みのところ失礼いたします」
(久兵衛さん・・・・・・)
光秀「・・・・・・ではな」
「はい」
名残惜しそうに私の頬を最後に撫でて、光秀さんが背を向ける。
光秀「どうかしたか」
久兵衛「敵陣の偵察から、斥候(せっこう)が戻りました。それと塩瀬殿から陣中見舞いにこちらが届いております」
お盆に盛られている『ちまき』を、久兵衛さんが差し出した。
(陣中見舞いって、差し入れみたいなものだよね)
光秀「俺はいい。部下たちに配っておいてくれるか」
久兵衛「・・・・・・かしこまりました。斥候は天幕に控えております」
光秀「わかった。ご苦労だったな」
光秀さんを見送ると、久兵衛さんは私を手招きした。
久兵衛「ゆう様、おひとつどうぞ」
「ありがとうございます」
皮に包まれたちまきを受け取りながら、おずおずと聞いてみる。
「あの・・・・・・久兵衛さんは、光秀さんが受け取らないのを、わかっていたみたいですね」
久兵衛「ええ。少しでも召し上がっていただければ、と思ったのですが」
(光秀さんが、食事より仕事を優先させるのは、いつものこと・・・・・・なのかな)
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久兵衛さんと別れ、私は救護の天幕へと戻る。薬の準備や手当てを進めていると、兵達の話し声が聞こえてきた。
兵1「光秀様はやはり優秀なお方だ」
兵2「将たるもの、寝食を忘れて戦に没頭する・・・・・・まさに光秀様は、戦にの心血を注いでおられる」
(家臣から見ると、こういうところも尊敬される一面なんだってことはわかってるけど)
懐からもらったちまきを取り出し、光秀さんを思い浮かべる。
(恋人としては、やっぱり心配だな。手当ても一段落したし、寝る前にもう一度様子を見に行こう)
・・・・・・
仕事を終えて、光秀さんのいる天幕へ向かっていると・・・・・・
(ん? 何か話してる・・・・・・?)
光秀の声「お小言はそのくらいにしておけ、久兵衛」
(光秀さんの声だ。久兵衛さんと話してるみたい)
声をかけるタイミングを逃し、そっと天幕の隙間から中を見る。
久兵衛「明日の正念場に向けて、兵たちに少しでも体力をつけさせたいのはわかります。負傷兵が多いことも配慮し、ご自身の分まで部下に回そうというお考えも理解できます。ですが、ご自身の身をもう少し顧みてはどうです?」
(久兵衛さんも、やっぱり光秀さんのことが心配だったんだ)
光秀さんは書面に筆を走らす手を止め、ふっと息をつく。
光秀「顧みていないわけではない。腹が空かんだけだ」
久兵衛「・・・・・・光秀様がご無理をなされば、ゆう様がご心配なさります。昔ほどではありませんが、もう少しご自愛なさいませ」
(昔・・・・・・?)
久兵衛さんの言葉が、胸に引っかかる。
(昔に何があったんだろう?)
盗み聞きするのは、良くないと思いながらも、気になってその場から動けない。
久兵衛「せめてまともな食事を・・・・・・」
光秀「久兵衛」
光秀さんの声が静かに響く。
光秀「自分の身体のことも、ゆうの心配も、ないがしろにしているつもりはない。昔は昔、今は今だ。そうだろう?」