秀吉「ああ。今まで黙っていたことも、話したくなったら自分から打ち明けるはずだ」
「そうなの、かな・・・・・・」
(・・・・・・そうだと、いいな)
秀吉さんの言葉に、力が抜けて気が楽になる。
その時------
光秀「俺のいない間に、ゆうを口説きにくるとはな」
「っ、光秀さん・・・・・・!」
(びっくりした!)
いつの間にか帰っていた光秀さんが、腕を組み壁にもたれて立っていた。
秀吉「そんな訳ないに決まってるだろう」
光秀「こんな夜更けに訪ねてきておいて、下心がないと言いきれるのか」
秀吉「当然だ」
光秀「ほう・・・・・・。では、ゆう」
(え? わ・・・・・・!)
光秀さんが片腕で私の肩を抱き寄せた。
「ま、待ってください、秀吉さんの前ですよ?」
光秀「気にすることなど何もないだろう?」
(気にするよ・・・・・・!)
胸をぐいっと押して、光秀さんと距離を取る。
「秀吉さんは、私を心配してきてくれただけです」
光秀「・・・・・・ならば余計な心配だ。これからゆうとゆっくり休むから、お引き取り願おうか」
意地悪な笑顔の光秀さんを、秀吉さんが不機嫌に睨んだ。
秀吉「言わなくても帰る。ふたりともちゃんと休めよ」
お小言を残しながら秀吉さんが出ていくと、光秀さんは肩をすくめた。
光秀「相変わらず、お節介な奴だ」
「もう・・・・・・秀吉さん、怒ってましたよ?」
光秀「いつものことだ。さあ寝るとしようか」
(あ・・・・・・)
大きな手が私の手を包み、ゆったりと光秀さんが歩き出す。
「光秀さん、ちょっと待ってください」
(光秀さんに昔、何があったのか・・・・・・聞くなら今だ)
「あの・・・・・・ええっと・・・・・・」
緊張しながら切り出したものの、どう尋ねればいいのか迷ってしまう。
光秀「・・・・・・秀吉に話していたな」
「え?」
光秀「俺の過去のことが気になっているんだろう」
(聞かれちゃってたんだ・・・・・・)
光秀「お前が気にするようなことではないというのに」
歩みを止めた光秀さんが、口元に苦笑を滲ませた。
光秀「まさか天幕で立ち聞きしていたとはな。俺に気づかれないように身を潜められるようになるとは、お前も成長したものだ。偉いぞ」
(っ、これって・・・・・・茶化して煙に巻こうとしてる?)
胸に熱いものがこみあげ、光秀さんの袖をぎゅっと握る。
「光秀さんお願いです、誤魔化さないでください・・・・・・どうしても、話してもらえませんか?」
光秀「・・・・・・」
光秀「昔話など聞いてどうするんだ?」
じわりと光秀さんの眼差しが厳しくなっていく。
光秀「聞いて楽しいこともなければ、優しいお前のことだから、きっと悲しませるだろう。お前を悲しませる話を、俺がしたいと思うか?」
「っ・・・・・・」
はっきりと告げられた言葉から、話したくはないのだと伝わってくる。
(私はこの人の優しさが、底抜けだってことを知ってる。だから教えないのも、私のためだって理解できる。でも・・・・・・)
「っ・・・・・・光秀さんがそう思っていたとしても・・・・・・私は悲しくなっても構いません。あなたのことを教えて欲しいんです」
光秀「・・・・・・」
切れ上がった瞳がわずかに揺れる。
光秀「どんな過去だとしてもか?」
「ちゃんと受け止めます。大切な人の・・・・・・光秀さんの抱えるものを少しでも理解したいんです」
(いつも私の心に寄り添って、守ってくれる光秀さんのように、私もこの人に寄り添って、生きていきたいから)
「お願いします、光秀さん」
光秀「・・・・・・」
光秀さんは困ったようにため息をつくと、その場に腰を下ろした。
光秀「おいで」
「はい・・・・・・」
差し出された手を取ると、光秀さんは膝の上に私を座らせる。
光秀「俺の負けだ・・・・・・聞いてくれるか」
「はい。聞かせてください」
緊張しながらも頷いた私と視線を交わし、光秀さんは静かに口火を切った。
光秀「・・・・・・俺の一族は、戦に巻き込まれて離散している。住む場所も、主君も亡くした」
「っ・・・・・・」
(覚悟してたけど、やっぱり想像以上だ・・・・・・)
現代で普通の生活を送ってきた私からでは、とても想像もつかないことだった。
光秀「全てを失い・・・・・・守るべきものがなくなった。泰平の世をなすためならば、自分のことは二の次でよかった。そして・・・・・・戦で死んでいった者たちに心の中で誓った。俺は泰平の世をなすと」
初めて触れる光秀さんの感情に、目頭が熱くなっていく。
(泣くな・・・・・・。受け止めるって決めたのは私だ)
光秀「・・・・・・優しいお前が俺の過去を知れば、そうなると思ったんだ」
涙が溜まった私の目元に、温かな唇が触れた。
(光秀さん・・・・・・)
手を伸ばし、光秀さんに抱きつく。
「これからも、ひとりで・・・・・・辛いことがあれば、抱え込んでしまうんですか?」
光秀「お前に話して、悲しませるよりずっといい」
低い声で囁く光秀さんは、抵抗ひとつせず、私の腕の中で大人しくしてくれている。
「この涙は・・・・・・私が悲しいからじゃないです。光秀さんのかわりに泣いてるだけです。だから、少しづつで良いから・・・・・・光秀さんの心にある痛みも、私にもわけてほしいです」
光秀「俺がそれを望まなくてもか?」
「・・・・・・はい」
(どんなことも受け止めたい。光秀さんのことなら)
「私がそばにいて、できることは何でもしたいです。これから先・・・・・・光秀さんの悲しい昔話を増やさないために」
光秀さんを思う感情を、懸命に言葉にして伝えると、
光秀「------ありがとう」
たくましい腕に描き抱かれた。
光秀「・・・・・・昔とは違う」
光秀「今は・・・・・・お前がいてくれる。俺が何より守りたいと思う大切なものが俺のそばにある」
私の片口に、光秀さんがそっと顔を埋める。
(いつも私ばかり守られてると思ってた)
「・・・・・・光秀さんにそう思ってもらえてるなら、嬉しいです」
私の顔を覗きこむようにして、光秀さんが額を合わせた。
光秀「ゆう・・・・・・今から、お前との約束を破っても良いか」
「約束?」
光秀さんの吐息が私の唇に触れて・・・・・・
光秀「一緒にゆっくり休もうという約束だ」
(っ・・・・・・)
その言葉が何を意味するのか、察した途端、肌が熱を持つ。
(嫌なんて言うわけない。でもその前に・・・・・・)
「約束は破っても良いです。でもひとつ新しい約束をください」
光秀「・・・・・・何を望む?」
優しく囁いた光秀さんが、私の頬をそっと撫でた。
「昔のことでも、今のことでも・・・・・・光秀さんがひとりで抱え込んでいることを話したくなったら、私に話してください。頼りにはならないかもしれないですけど・・・・・・私が光秀さんに、頼って欲しいんです」
(何より、光秀さんが辛いことは、私にとっても辛いことだから)
ゆっくり目を瞬いた光秀さんが、くすっと笑った。
光秀「・・・・・・わかった。約束する。その時は、お前だけには嘘偽りのない気持ちを語ると誓う」
(よかった・・・・・・)
光秀「嬉しそうだな」
「嬉しいです。今までよりもっと光秀さんに近づけた気がします」
光秀「まったく・・・・・・」
私の頭の後ろに手が回り、目を閉じるより先に唇を奪われた。
「んっ・・・・・・」
顔を離した光秀さんから、かすかな吐息が漏れる。
光秀「勘違いをするな。誰よりお前は俺に近い存在だ」
(光秀さん・・・・・・)
眩暈がするほど嬉しい言葉に、心臓が甘く高鳴る。もう一度、合わさった唇から、とろりと舌が忍び込んだ。
「っ・・・・・・ぁ・・・・・・」
奥をゆっくりと溶かされ、呼吸が乱れる。たまらず身をよじると、光秀さんは膝の上に座る私をきつく抱きしめた。
光秀「約束したように、休ませてやりたいが・・・・・・許せ」
囁きとともに、狂おしい熱が私を満たして・・・・・・夜の静けさの中、衣擦れの音を響かせながら私は光秀さんに溺れていった。
・・・・・・
《ふたりの甘いひとときの続きは・・・・・・》
そしてひとたび触れ合えば------溢れだすのは、際限のない愛情とぬくもりに満ちた想い。
・・・・・・
光秀「お前に触れているだけで、愛しさで満たされる」
裸の心で抱き合い、絆を深めて------
光秀「・・・・・・ゆう。俺からも約束しておきたいことがある」
茜空の下、ふたりは手を繋ぎ、新たな約束を胸に歩き出す。