抜けるような青空が広がる、ある日のこと。
(ここのところ、みんな一日中忙しそうにしてるから・・・・・・差し入れでもしよう)
私はいつもより早く城へ来て、仕事をする前にみんなが集まっている広間へ向かった。
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広間に着き、声をかけてから襖を開くと・・・・・・
秀吉「ああ、ゆうか」
政宗「ちょうど話の区切りがいいところで来たな」
「本当?忙しそうだったからすぐ失礼するつもりでいたんだけど」
三成「大丈夫ですよ。今しがた、みなさんのおかげで順調にまとまったところでしたから」
家康「まだひとつの策が出来上がっただけだから、すべて終わったような言い方するな」
(・・・・・・何はともあれ、軍議は順調そうだな)
丸く円になって話しているみんなのそばに行き、持ってきた差し入れのおにぎりを広げる。
「みんなお疲れ様。よかったら、これどうぞ」
秀吉「ありがとな。ちょうど一息入れたかったところだ」
三成「ご馳走様です、ゆう様」
「ううん。簡単なものしか作れなかったけど・・・・・・」
私もその場に座りながら、差し入れを喜んでもらえたことにほっと息をついた。
(それにしてもこんなに朝早くから、大変だな・・・・・・)
近頃、各地で起こっている謀反を止めるために、みんなは多忙な日々を送っている。
・・・・・・当然のことだけれど、戦において失敗は許されない。だからこそ、こうして軍議を開いたり、必要な資材を用意したりと、余念なく支度を整えていた。
(光秀さんとも、ここのところはずっと別々に過ごしてて・・・・・・)
「・・・・・・あれ? ところで、光秀さんは・・・・・・」
秀吉「ああ、あいつなら昨夜の軍議が終わってから、書庫へ行ったきりだ」
「昨夜・・・・・・!?」
てっきり席を外しているだけかと思ったけれど、思わぬ事態にすぐ立ち上がる。
「わかった。ありがとう、秀吉さん」
(光秀さん、大丈夫かな・・・・・・)
私はそのまま広間をあとにして、書庫へ急いだ。
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書庫に続く扉を開けると、明かりの下で書物を読んでいる光秀さんがいた。
「光秀さん・・・・・・失礼します」
光秀「ん・・・・・・ああ、ゆうか」
「おはようございます。差し入れを持ってきたんです」
少し遠慮がちに光秀さんのそばに近づくと、重ねられた書物の横におにぎりを置き・・・・・・
「あ・・・・・・あと、これも。ここにいたら、きっとお水も飲めてないですよね」
別で用意しておいた、お茶が入った湯呑みも一緒に渡す。
光秀「気が利くな。ありがとう。わざわざ会いに来るほど寂しかったのか?」
「・・・・・・! それもありますけど・・・・・・最近会えていなかったので、心配だったんです」
光秀「そうか。相変わらず、お前は健気なことばかり言ってくれるな」
わずかに頬を緩ませて、光秀さんは優しく私の髪を撫でる。久しぶりに触れた温もりに、鼓動がとくとくと速くなった。
(何てことないような顔してるけど・・・・・・昨夜から来たって聞いたし、光秀さんのことだから休憩もろくにとってないだろうな)
周りを見ると、光秀さんを囲むように、かなりの数の書物が積んである。
(・・・・・・うん。こんなに沢山読んでたなら、絶対にとってない・・・・・・あれ?)
山のように積まれたそれらの背を見て、ほとあることに気づく。
「書物、どれもひとつの地域について書かれたものばかりですね。ここに何かあるんですか?」
光秀「ほう・・・・・・気づいたか。なかなか観察眼が優れてきたようだな。ここは、次に俺が向かう場所だ。地形などを再度把握しておくために調べていた」
「なるほど」
(再度把握、か・・・・・・それにしてはすごい量だな。光秀さんの完璧な策略って、やっぱりこういう努力から生まれてるんだ)
読むだけでも膨大な量なのに、理解するためにかけた時間を思うと、それだけで気が遠くなってしまう。
(そのくらい真剣ってことだよね。わかっていたつもりだけど、全然足りてなかった。私も少しでも光秀さんの力になれるように、頑張らないと。戦場では、今日みたいにおにぎりを差し入れたりなんて出来ないから・・・・・・)
何か具体的なことで力になりたかった。ひとつ提案があり、私は思いきって光秀さんに頼むために、姿勢を正して座り直す。
「あの、光秀さん・・・・・・!」
その日の夜------光秀さんに戦へ同行させてほしいと頼んだ私は、その地に群生する薬草などがまとめられた本を、書庫から借りて読んでいた。
(なるほど、この葉の形が目印になるんだ・・・・・・わかりにくいな。でも、手当の時に役立つだろうし、しっかり覚えないと)
光秀さんはまだ仕事があるらしく、夜更けになっても部屋に戻って来る気配はない。
(心配だけど・・・・・・頑張っている人に、『頑張らないで』なんて言えない。私に出来るのは、光秀さんの力になれるように、自分も同じように頑張ることだけだ)
「よし・・・・・・!」
書庫で見た、真剣そのものの光秀さんの姿を思い出し、気合いを入れる。次のページをめくろうとした、その時------
(ん? これ・・・・・・何だろう?)
本の中の地図に、不規則な丸印で囲われている箇所をいくつか見つける。
(囲ってあるだけで、特に説明はないみたいだけど・・・・・・このあたりに薬草が群生している、とかそういうこと?)
前後のページを確認してみても、ヒントになりそうなものはない。不思議に思いながら、その日は夜が更けてもなお、勉強に励んだ。
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数日後------
私は光秀さんが率いる部隊に無事に同行することが叶った。
「あ・・・・・・お帰りなさい、光秀さん!」
光秀「ああ。待たせたな」
陣営で負傷した兵たちの手当てをすることしばらく、光秀さんが戻ってくる。
(大きな怪我はなさそう。良かった・・・・・・)
馬から降りて来た光秀さんに駆け寄り、ひとまず胸を撫で下ろした。
「どこか痛むところはありませんか?」
光秀「ない。見ての通り、幸いにも無傷だ」
「本当ですね?」
(小さな傷でも命取りになるかも・・・・・・光秀さんのことだし、痛いのを我慢してないかな?)
身体の上から下まで目を凝らして見つめていると、光秀さんの口の端に笑みが浮かぶ。
光秀「そんなに疑うのならば、甲冑の下まで存分に見せてやってもいいぞ」
「え?」
どこか妖艷な声音で囁きながら、片手で腰を引き寄せられ------
光秀「お前が手当てしてくれるのだろう?」
「なっ・・・・・・」
急に近づいた距離に、無意識に胸が高鳴る。
「あの、存分にって・・・・・・」
光秀「言葉通りだ。行くぞ、ゆう」
(傷の具合は確かめたいけど、なんだかちょっと言い方に含みがあるような・・・・・・!)
戸惑う私を連れたまま、光秀さんは天幕へ向かった。
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光秀「・・・・・・さて。ではまず、戦況から話してやるか」
「え?怪我を見るって話は・・・・・・」
光秀「先程も言った通り、無傷だ。それよりも、戦況をお前が気にしているかと思ってな」
(あ・・・・・・それを説明するために中に入ったのか。怪我がないなら良かった)
光秀「まだ疑うならば、望み通り脱いでやるが」
「い、いえ! 大丈夫そうなら結構です」
光秀さんはからかうように私を見つめながら、口元をかすかにほころばせて床几へ腰かけた。
光秀「現状、こちらが優勢だ。兵たちの士気も上がっている。このまま推し進められるだろう」
「そうなんですね。良かったです・・・・・・!」
光秀さんの口からそう聞けて、思わず安堵のため息がこぼれる。
(思えば、今日は運ばれてくる負傷者も少なかったな。このまま、なるべく被害が少ないまま終わってくれるといいけど・・・・・・)
光秀「お前も負傷兵の手当をかなり頑張ってくれたと、家臣から聞いている。流石だな、ゆう」
「そう言っていただけるだけで、ついて来た甲斐がありました」
(出来ることは少ないけれど、役に立てたのなら嬉しいな)
早く戦が収束することを願った、その時------
光秀の家臣1「光秀様! 失礼いたします」
光秀の家臣2「陣営内に侵入してきた、敵の兵を捕らえました!」
慌ただしく天幕をくぐり、家臣たちが敵兵らしき男を光秀さんの前に連れて来た。しかし、手足を縄で縛られているにも関わらず、敵兵は余裕げににやりと笑う。
(この人・・・・・・自分がピンチの時に、どうして笑ってるの?)
敵兵「明智光秀、か。じきにその顔が歪むところが見られるなんて、愉快だな」
光秀「・・・・・・ほう。どういう意味だ?」
敵兵「『あの人』に勝てる奴なんているわけがない。明日になれば、どちらが勝者かわかるさ」
その場を流れる空気が、にわかに張り詰めた。
(『あの人』って・・・・・・一体、誰のことを言ってるの?)
首を傾げつつ、光秀さんに視線を移すと・・・・・・
光秀「・・・・・・」
何か思い当たる節でもあるかのように、眉をしかめて黙り込んでいる。そんな反応に、嫌な胸騒ぎがした。
(そういえば・・・・・・この戦が始まる前に、すごい量の本を読んでたな。秀吉さんも、『今回の光秀はいつも以上に念入りに策をねってるらしい』って言ってた。もしかして、その理由は全部『あの人』のせい?)
考えるものの、今ここで真相は見えてこない。
(でも、だからこそ光秀さんはこれまで準備してきた。誰が相手だろうと負けるはずない)
ざわつく胸に言い聞かせ、私は手のひらを握り締めた。
光秀「・・・・・・わかった。お前の処遇は追って伝える。もう下がれ」
神妙な声で光秀さんが告げ、敵兵と家臣たちが天幕を出て行く。光秀さんは床几に座り直すと、私へ視線を向けた。
光秀「ゆう、今の話だが・・・・・・」
「はい。光秀さんなら、大丈夫ですよ」
光秀「・・・・・・何?」
私を見つめる目が、見開かれる。
「私はいつだって、光秀さんを信じてますし・・・・・・強いことも知ってます。この戦のために、寝る間も惜しんで準備を進めていたことも・・・・・・だから、勝つのは光秀さんです」
(敵の兵士が何を言っても、怯えたりなんてしない)
迷うことなく自分の思いをつたえると、光秀さんは笑みを浮かべた。
光秀「・・・・・・そうか。お前は、相変わらずだな」