元就「拒否するわりには、随分と揺れてたように見えたんでな」

光秀「・・・・・・ああ、それは・・・・・・」

刀が鞘から抜き放たれ、研ぎ澄ましたような光秀さんの眼光が、鋭く元就さんを貫く」

光秀「怒りという、余計な感情を消化していただけだ」

光秀さんの言葉を受け、元就さんはにやりと笑い------

元就「へえ。・・・・・・残念だ」

安心する間も与えず、すぐそばで馬のいななきが響く。

「っ、光秀さんの馬が!」

苦しげにもがきだした馬の脚には、誰が打ったのか矢が刺さっていた。状況を把握する前に、木々の間から見知らぬ男たちが姿を表す。

元就「提案に乗らねえなら、てめえは敵だ。敵は・・・・・・処分しねえとな」

言うや否や、元就さんは刀を鞘から抜いた。

元就「だが、最後の機会をやるよ。今なら、返答次第で刀をしまってやってもいいぜ?殺すにゃ惜しい人材だからな」

光秀「そうか。では------」

光秀さんは刀を下げることはなく、握り直す。

光秀「これが俺の返答だ」

元就「はっ、上等だ。かかれ!」

元就さんの声を合図に、男たちが一斉に襲い掛かってきた。戦いを邪魔しないよう、怪我を負った馬のそばに駆けつけながら、私はただただ見守ることしか出来ない。
(光秀さん・・・・・・!)

どう見ても不利な状況にある中、光秀さんは斬撃を交わしながら、刀を振るった。

そして------

元就「てめえ・・・・・・」

数分後、元就さんは己の刀を握りながら光秀さんを睨みつける。向かってきた男たちは全員、地面に倒れていた。

光秀「そこで見ているだけでは飽きるだろう。そろそろ決着をつけないか」

元就「ああ。まさに今、そう思っていたところだ」

一騎打ちとなっても、元就さんは引く気がないらしく、腕を大きく振るう。ふたりの刀は互いを弾き合うばかりで、焦りが過ぎった。
(実力が互角だからか、なかなか決着がつかない・・・・・・さっき戦況が良くないって言ってたし、光秀さんはすぐに指揮に戻らなくちゃいけないはずだよね。それなら・・・・・・ここで大きく時間が削られたら、まずいんじゃないかな)

「っ・・・・・・よし」

(元就さんには悪いけど、そんなこと言ってる場合じゃない・・・・・・!)
私は心の中で謝りながら、決意を固めると------

元就「っ、な・・・・・・!」

元就さんの顔をめがけて、一握り分の砂を投げつけた。

「光秀さん、今です!」

光秀「ゆう・・・・・・!?」

一瞬出来た隙をみて、そのまま光秀さんの手を取って全力で走り抜ける。

元就「ちっ・・・・・・、なめた真似しやがって!」

(あ・・・・・・!)
元就さんが倒れている敵兵から矢を取り、こちらへ放とうと弓を構えた。

光秀「伏せろ!」

「っ、きゃ・・・・・・っ!?」

その瞬間、光秀さんに肩を抱かれ、近くにあった木の陰に飛び込む。すると踏みしめた土が異様なまでに柔らかく、すっぽりと地面がぬけてしまい------
(わっ・・・・・・!)

そのまま私たちは、穴の底へ転がり落ちた。穴の中は暗くて狭く、土の匂いが広がっている。

光秀「っ・・・・・・ゆう、大丈夫か?」

「はい。ええと、ここは一体・・・・・・」

(トンネルみたいな場所だけど・・・・・・)
足元を見ると、自分たちと一緒に落ちてきた土や草が山になっていた。

(穴を隠してたこれが、クッションになってくれたから怪我をしなかったんだ)
元就さんの声は遠くに聞こえ、どうやら私たちを見失っているらしい。

(無理矢理逃げてきちゃったけど、なんとかなったみたい)

光秀「もしやと思い飛び込んでみたが・・・・・・本当にあったのか」

「ええと・・・・・・何がですか?」

光秀「この道だ。このあたりの村は、昔から合戦の際に人攫いが多く出ていたそうでな。この山中に、村人たちが隠れる場所を作っていたという噂があったんだ」

(あ、そういえば・・・・・・)
光秀さんの言葉で、地図に不規則に付けられていた丸印を思い出した。

「あの・・・・・・もしかしたら私、その位置がわかるかもしれません」

光秀「何?」

数日前に本で見つけた地図のことを話すと、光秀さんは驚いたように目を丸くする。

光秀「では、その複数の丸印は、各道の出入り口になっている場所を指しているのかもしれんな。そしてその印のうちの1つは、こちらが陣を構えている部分の近くだ。ここを進んでいけば、他の兵に会うことなく本陣に戻り、状況を立て直せるだろう」

「それじゃあ、このまま進んでみましょうか」

光秀「ああ」

光秀さんに手を引かれながら、暗がりの中を歩いていく。

光秀「・・・・・・ところで、先程はなぜ元就から逃げようと思ったんだ?」

「それは・・・・・・いつもの光秀さんなら、元就さんとの戦闘を避けて味方のところへ向かうと思ったんです。今回の目標は元就さんに勝つことじゃなくて、戦に勝つことだと思って。それなら、少しでも早く味方の元に戻らないといけないかなと」

逃げ出した時に考えていたことを正直に話すと、光秀さんは頷いた。

光秀「ああ、確かにそうだな」

「でも、私は戦えるわけじゃないので・・・・・・あの場所では、とにかく逃げるっていう選択肢しか浮かばなかったんです」

光秀「そうか。だが、そのおかげで我に返れた。助けられたな・・・・・・あそこで感情を露わにするとは、俺らしくもない。お前がいる中で不利な状況に陥り・・・・・・焦りが先走ったか。情けないことだ」

いつになく力ない声がして、肩越しに光秀さんを見上げる。
(・・・・・・嘘だ。どんなに動揺してたって、光秀さんが戦況のことを忘れるはずがない。あそこで刀を抜いて戦うと決めたのは・・・・・・それだけ、織田軍の人を大切に思ってるから。そして、元就さんや敵から私を守ろうとしてくれたからだ)

・・・・・・私は、光秀さんらしくない、とは思いませんでした」

光秀「ゆう・・・・・・?」

不思議そうに、光秀さんがこちらを振り向く。

「確かに、元就さんの策とか言葉に揺れる姿には、少し驚きましたけど・・・・・・光秀さんは、人形じゃなくて人間です。感情が揺れるのは当たり前のことですよ」

繋いだ手を握り返しながら、今日までに見てきた光秀さんの姿を思い浮かべた。
(光秀さんはいつも、感情が揺れたとしても表に出さずに完璧にこなしてきた・・・・・・ううん、完璧であるために、沢山の努力をして周りを塗り固めてきたんだ)

光秀さん自身は情けないと零す、新たな一面を見たおかげで、私は光秀さんが積み上げてきた努力の数を、改めて思い知る。
(そんな光秀さんを、私は心から愛してる・・・・・・)

「らしくなくても、らしくても、私は大好きです」

光秀「・・・・・・お前は、相変わらず直球で言葉を放ってくるな」

「駄目ですか?」

光秀「そんなことはない。だが・・・・・・この状況では返答として愛の言葉を囁いたところで、恰好がつかないだろう」

(そんなの気にしなくていいのにな)
思わず小さく笑う私に、光秀さんは困ったように眉を寄せつつも、口元を緩ませた。

光秀「だからこそ、らしくないほどに足掻いてでも、この状況を必ず覆さなければな。こんなにも俺を信じている、お前のためにも」

「光秀さん・・・・・・」

ふと足を止めて、光秀さんはまっすぐに私を見つめる。その真剣な眼差しに、鼓動がとくりと高鳴った。

光秀「そして・・・・・・この戦で必ず勝利を収めてから、改めて愛の言葉を告げてやろう」

こちらへ伸ばされた指先が、私の唇をなぞり------
(あ・・・・・・)

口の端で触れるのを止めると、光秀さんは艷っぽく笑ってみせる。

光秀「ここに愉しみも取っておいてあるからな。勝利の暁には、約束を果たしてもらうぞ」

「わ、わかってます・・・・・・」

(・・・・・・この笑顔、いつもの光秀さんだ)
速くなった鼓動を感じながら、私も大きく頷いた。

(きっと・・・・・・この戦は大丈夫!)
そのあと、本陣に戻った光秀さんは、すぐさま戦況を立て直し------

無事に勝利をあげて、数日後には帰路についていた。

「まっ・・・・・・待ってください!」

光秀「何故だ。きちんと約束しただろう?」

「で、でも・・・・・・」

光秀さんと同じ馬に乗せてもらいながら、恥ずかしさのあまり必死に抵抗する。
(何も、こんな帰り道で約束のキスを果たさなくても・・・・・・っ)

「皆さんが見てますし・・・・・・」

光秀の家臣1「えっ!? あ、いえ、お気になさらず!」

いや、私が気にするから!!!

光秀の家臣2「そうです! 我々は景色を見ますので、どうぞお好きなだけ・・・・・・!」

お好きなだけとか。。。f^^*)

(そんな! それだとほんとに光秀さんの思う壷になる・・・・・・!)
助けを求めるも虚しく、家臣たちは気を使って視線を他に向けてしまった。光秀さんは私が照れていることを知っているのか、愉しげに唇に弧を描く。

光秀「良かったな、ゆう。もう不満はないだろう」

「っ、う・・・・・・」

じっとみつめられ、逃げられないことを悟った。
(約束は約束だもんね・・・・・・)

ふっと肩の力が抜けた瞬間、光秀さんから口づけを受ける。
(でも・・・・・・すごく幸せだ)

唇が離れると、見慣れた意地悪な笑顔が視界に広がって・・・・・・

光秀「帰ったら、続きがあることを忘れるな」

「っ、・・・・・・はい」

照れながらも、愛おしさに負けて光秀さんの胸元に寄り添った。
(やっぱり敵わないな。意外な面を見ても、いつも通りの面を見ても・・・・・・全部ひっくるめて、私は光秀さんを愛してるから)

言葉の代わりに、手をそっと光秀さんの胸元に当てる。すると、光秀さんは私の想いに応えるように、優しく肩を抱き寄せた------