「何だか・・・・・・偽装夫婦の時みたいだ・・・・・・ううん、違う。だって------」
過去のことや城での光秀さんとの会話を思い出すほど、打ちのめされていくようだった。
「だって・・・・・・あの時に光秀さんがくれた言葉や温もりは、本心だったもの・・・・・・」
蘭丸「------ゆう様」
「っ、蘭丸くん」
ひとり立ち尽くす私を呼ぶ声に慌てて振り返ると、そこには蘭丸くんが立っていた。
「どうして、蘭丸くんがここに・・・・・・?」
蘭丸「実は・・・・・・城での光秀様、いつもと違って見えたからさ。気になってこっそり追いかけてたら・・・・・・さっきの会話、俺も聞いちゃったんだ」
「そうだったんだ・・・・・・」
蘭丸「ゆう様が泣いてるように見えて、思わず声かけちゃった。ごめんね、ゆう様」
「ううん。心配してくれてありがとう、蘭丸くん」
(衝撃が大きすぎて・・・・・・きっと自分でも感情とか情報の整理が出来てないのかな。好きな人が、自分を忘れちゃってるのに・・・・・・まだ涙は出そうにない)
蘭丸「・・・・・・大丈夫?」
「うん。光秀さんがひとりで無茶をすることも、誰よりも優しいことも知ってるから。それに・・・・・・今は驚きすぎて、涙も引っ込んじゃってるみたい」
蘭丸「そっか。・・・・・・無理はしないでね、ゆう様。俺もこのこと、知ってるんだから。ひとりじゃないよ?」
「そうだね・・・・・・。ひとりじゃなくて、ちょっと安心した」
(いつまでも、ここで呆然としてはいられない。光秀さんのために出来ること。私に出来ることは何か・・・・・・。前向きに考えなきゃ・・・・・・!)
蘭丸「信長様にだけは、俺から報告しておくよ。信長様ならむやみに情報を漏らさないし、光秀様の無茶を止めてくれるだろうから」
「た、確かにそうだね・・・・・・。それじゃあ、お願いしようかな」
蘭丸「任せておいて!ゆう様は、ひとまず光秀様より早く御殿にもどらなきゃ!」
「っ、忘れてた・・・・・・!」
蘭丸「あはは! じゃあ、俺がとっておきの近道を教えてあげる」
「本当?ありがとう、蘭丸くん!」
蘭丸「お礼なんて気にしないで!・・・・・・俺はいつだって、ゆう様の味方だからね」
お礼???
蘭丸、お礼催促かいーーー(笑)
(蘭丸くんが来てくれて良かった・・・・・・。何だか、前を向く力が出た気がする)
城に戻る蘭丸くんと別れて、私は待っている護衛のところへと急いだ。
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慌ただしく一夜が明けた、早朝------
(光秀さんを襲撃した人達や、謀反の疑いを探る任務のこと・・・・・・一段落するまでは、光秀さんの仕事の邪魔はしたくない)
私のことを傷つけたくないと話していた光秀さんの声が、今は支えのようにも感じる。あまり眠れないまま夜通し考え続けたことを、私は改めて思い返した。
(私の気持ちは揺らがない。いっそのこと、また好きになってもらうくらいのつもりで行こう・・・・・・!だから、今回のことが落ち着くまでは・・・・・・私が光秀さんを支えるんだ)
決意を新たに、私は光秀さんの部屋の襖(ふすま)を開いた。
「おはようございます、光秀さん」
光秀「ああ・・・・・・おはよう、ゆう」
「朝餉(あさげ)を持ってきました。監視役として、ちゃんと食べるのを見届けますからね?」
光秀「おっと、なかなか手厳しい監視役殿だな」
不自然に思われないように、私はふたり分の朝餉を用意しながら笑う。
(ちゃんと笑えてるかな・・・・・・)
光秀「・・・・・・」
「どうかしましたか?もしかして、傷が痛むとか・・・・・・」
光秀「いや、傷は問題ない。それよりゆう」
「え? あ、っ」
光秀さんの腕に腰を抱き寄せられて、一気に互いの距離が縮まる。
光秀「健気な連れ合いを、甘やかしたくなってな」
「ん・・・・・・」
微笑んで私の頭を撫でる光秀さんを見上げると、少しでも表情を歪ませてしまわないように必死だった。
(甘やかされるほど、胸が痛い------、苦しいよ・・・・・・)
与えられる言葉にも、触れる温もりにも、一切の真実はない。連れ合いとして接する光秀さんを前にするほどに、容赦なく現実が私の想いを叩き折ろうとする。
(それでも・・・・・・優しいこの人のために、苦しむ顔なんて見せたくない)
胸の痛みと泣き叫びそうな苦しさを押し殺して、私は前を向き続ける。こうして、真実を隠した恋仲ごっこの日々が始まった------
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それから数日ほどが経った、ある日のこと。
(様子を見に来た家康も、すっかり安心してたな)
光秀さんは、御殿でできる仕事をこなせるくらいに回復していた。
テレワーク(((o(*゚▽゚*)o)))
仕事を再開させた光秀さんの姿に、私も別の意味で安堵を覚えている。
(今まで通りを装ってるけど、やっぱり・・・・・・恋仲として光秀さんが触れてくる瞬間は、どうしても胸が痛い)
思わず足を止めて、思考に意識が囚われていると・・・・・・
光秀「そんな場所で寝惚けているとは、なかなか愉快な寝相だ」
「光秀さん・・・・・・!って、ちゃんと起きてますよ」
声をかけてくれた光秀さんを振り返り、からかう言葉に言い返す。
光秀「そうか。まだ夢の中なら、俺が起こしてやろうと思ったんだがな」
「・・・・・・っ」
頭を撫でる光秀さんの手のひらに、淡く鼓動が高鳴る。
(頭の撫で方・・・・・・記憶がなくなっても、同じなんだよね。それだけじゃなくて・・・・・・ちょっとした時の触れ方とか、からかう時の言い回しだって・・・・・・同じ)
真実を知りながら光秀さんと過ごす時間で、私が気づいたことだった。例え記憶が失われていても、私達のすべてが消えたわけではないのかもしれない------
(そう思うと・・・・・・いつかは取り戻せるんじゃないかって、希望が持てる)
光秀「・・・・・・」
「光秀さん・・・・・・?」
光秀「いや・・・・・・次はどうお前に意地悪をしようかと考えていた」
「っ・・・・・・もう、あんまり意地悪しないでください」
光秀さんの心を伴わない触れ合いも、交わす言葉も・・・・・・何度繰り返しても慣れない苦しさがつきまとう。けれど、それでも変わらぬ想いと、光秀さんと一緒にいられる喜びを同時に痛感していた。
(やっぱり何があっても、光秀さんのことが大好きだから・・・・・・)
「そろそろお茶にしませんか?」
光秀「そうだな。丁度信長様の遣いが城へ戻ったところだ」
「じゃあ部屋に戻りましょう!」
恋仲としての自分を演じることに集中していて、私は気づかなかった。
光秀「・・・・・・お前の、本当の笑顔は------」
私の背中を見つめる光秀さんが、痛みを堪えるような表情をしていたことに------
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(どうか光秀さんの記憶が、無事に戻りますように・・・・・・)
光秀さんの仕事の邪魔にならないように、私は少しだけ出かけていた。手を合わせて祈っていると、ふと背後に人の気配を感じて振り返る。
(ん?他にも参拝者の人がいるのかな・・・・・・?)
男「------お前がゆうだな」
「え・・・・・・っ!?」
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蘭丸「報告は以上です。・・・・・・信長様、どうしますか?」
信長「秀吉は・・・・・・小競り合いの戦からまだ戻っておらんな。いっそ俺が出たほうが早いのだろうが、留守中の城の守りが問題だ」
光秀「その心配には及びません、信長様」
蘭丸「光秀様・・・・・・!」
光秀「ゆうが連れ去られたことは知っております。解放の条件に信長様か俺が単独で向かう、という要求があることも」
蘭丸「・・・・・・っ」
光秀の言葉に蘭丸は息を飲み、信長は見定めるような瞳を向けていた。
光秀「連れ合いを賊に奪われて、大人しくしていられるはずもない。俺が行って、ゆうを取り戻して参ります」
信長「・・・・・・蘭丸から、貴様について報告は受けている。ゆうに関する記憶がないのだろう。それでも行くと言うのか」
信長様の言葉に僅かな動揺を見せた光秀を、今度は蘭丸がじっと見つめる。
光秀「・・・・・・」
この数日間で見てきたゆうの姿を、光秀は目を伏せて思い返す。静かに視線を上げた光秀の瞳には、強い炎が揺らめいていた。
光秀「確かに、今の俺にゆうとの記憶は存在しません。しかし------目が覚めた時・・・・・・何かを失った実感と、途方もない恐ろしさだけが残っていました」
蘭丸「光秀様・・・・・・」
光秀「その恐ろしさが、ゆうと過ごす時はやわらぐ。それだけで・・・・・・十分だ。------俺はあの娘の心からの笑顔が見たい。愛する者を、迎えに行かせてください」
深く頭を下げる光秀に、信長は不敵な笑みで命を下す。
信長「許す。ゆうは織田軍にとっても益のある女だ。必ず取り戻せ」
光秀「はっ」
蘭丸「ゆう様、無事でいてね・・・・・・」
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「う・・・・・・」
目が覚めると、私は後ろ手に手首を縛られた状態で床に転がされていた。
(っ・・・・・・ここ、どこだろう。どうにかして脱出しないと・・・・・・っ)
少しでも状況を把握するために耳を澄ませると、建物の外に見張りらしい気配がある。
(小さいけど話し声もする。複数人から逃げるのは難しいかも・・・・・・ううん。弱気になってる場合じゃない!光秀さんのところにかえらなきゃ・・・・・・!)
「っ・・・・・・、う・・・・・・」
縄を解こうと無理に手を動かす内に、皮膚が擦れて強い痛みが走る。痛みを堪えて必死にもがいたところで、ひとりの男が入って来た。
男1「目覚めてやがったか。こっちに来い!」
「きゃ・・・・・・っ」
無理矢理立たされ、外へと連れ出される。そこにいたのは---------
光秀「待たせたな、ゆう」
「光秀さん・・・・・・!」