光秀「待たせたな、ゆう」

「光秀さん・・・・・・!」

心もとない月明かりの下、浮かび上がるような白い姿がそこにあった。

男2「明智光秀・・・・・・!」

光秀「怖や怖や。俺を打ち損じたからといって、連れ合いに手を出すとはな」

男1「敵の弱みを攻めるのは定石だろ?悪知恵の働くお前も理解しているはずだ」

男2「討たれた仲間の数だけ、たっぷりと貴様には苦しんでもらうぞ」

・・・・・・っ」

(『打ち損じた』ってことは、光秀さんを襲った勢力と同じってことだ。狙いが自分だってわかってるのに、光秀さんは来てくれたの・・・・・・?)
記憶がなくとも、消えることのないものがある------

縋るように繰り返してきた考えが、僅かに現実味を帯びた気がした。

男1「得意の銃も、女が前にいちゃあ打てねえなァ?」

「く・・・・・・っ」

光秀「・・・・・・」

後ろ手に縛られたままの私を、男のひとりが乱暴に前へと押し出す。
(っ、私を盾にする気なんだ。なんて卑怯なことをするの・・・・・・!下手に動けば光秀さんが危ない。何かチャンスを待つしか・・・・・・)

強い憤りを感じながらも、今は待つことしか出来ないもどかしさに奥歯を強く噛み締める。

光秀「ほう?有事の際に備え、俺が偽の連れ合いを用意していたとは考えなかったのか」

男1「何・・・・・・?」

男2「化け狐ともあろう男が、見え透いた嘘をつきやがる。貴様がこの女に執心であることなど、城下では周知の事実であろう」

(今なら・・・・・・今の光秀さんなら、偽の連れ合いって嘘を本当にすることも出来る)

「それは・・・・・・どうでしょうか」

男1「あ?」

(私に人質の価値がないことがわかれば、銃を持っている光秀さんを先に倒したがるはず。敵の注意が移った隙に私が逃げることさえ出来たら、光秀さんは自由に戦える・・・・・・!)

「化け狐と知っていてそばにいる女が、ただの女だと思いますか?」

光秀「ゆう・・・・・・」

男1「余計なことを話すんじゃねえ!」

「う・・・・・・っ!」

私を黙らせるために、掴まれている腕を男が強く引っ張る。

光秀「その娘を人質として見ているのなら、手荒な扱いは感心しないな」

男2「指図出来る立場だと思うな」

男1「このまま殺したって盾くらいには使えるんだからよぉ!」

(下手をすれば殺されるかもしれない。それに・・・・・・光秀さんとの関係に嘘をつくことが、痛くて堪らない)
脱出しようとして縄で擦れた手首よりも、今は胸の奥が痛んで仕方がなかった。

それでも------痛みを超えて守りたいものが、確かに私のなかにある。
(記憶が消えても、光秀さんは私を助けに来てくれた・・・・・・。だからこそ諦めたりしない。考えることを止めちゃだめ・・・・・・!私は光秀さんのつがいなんだから!)

・・・・・・貴方達のためにも言ってるんです」

男2「何だと?」

「私には、光秀さんが命を差し出すような価値はありません」

男1「今更命乞いでもしようってのか」

「そうです。私は有事の際の替え玉に過ぎません。証拠は・・・・・・織田家ゆかりの姫であること以外、私の素性は何もわからなかったでしょう?」

重ねていく嘘の数だけ鼓動は速くなり、表情を変えないようにするだけで精一杯だった。

「私は、光秀さんとは何も------」

光秀「確かに、その娘のすべてを『今の』俺は知らん」

(え・・・・・・っ?)
静かに落ちた光秀さんの声が、不意に私の言葉を遮っていく。驚きと困惑のなかで見つめた光秀さんは、どこまでも優しい微笑みを浮かべていた。

光秀「しかし・・・・・・その娘の笑顔が見られるのなら、俺はどんな死地にも喜んで行くさ」

「光秀、さん・・・・・・?」

(私の嘘に合わせれば、もっと簡単に状況が変わるかもしれないのにどうして、そんなふうに言ってくれるの・・・・・・?)
掴もうと手を伸ばすと消えてしまいそうな、淡い期待と希望が募る。

惚気合ってる場合ではないでしょーえー

光秀「さて、俺とその娘・・・・・・どちらの言葉が真実だろうな?」

クイズ出してる場合ではないでしょープンプン

男2っ、ごちゃごちゃと意味のわからんことを!」

男1「だが、女のほうが正しかったらどうする?」

男2「試してみれば済む話だ・・・・・・!」

「きゃ、っ!」

言い争う男のひとりが、私を強引に引き寄せる。刀の柄頭(つかがしら)をこちらに向けて振りかぶり、殴ろうとしていることがわかった。
(避けられない・・・・・・っ!)

恐怖のなかで痛みを覚悟し、ぎゅっと目を閉じる。ふわりと感じた香りの匂いとともに、私の身体が温もりに包まれた。

------ガッ

(・・・・・・え?痛く、ない。どうして・・・・・・?)
鈍い音はしたものの、いつまで経っても殴られる痛みはやって来ない。恐る恐る、閉ざしていた目を開いてみると------

光秀「怪我はないか、ゆう」

「っ、光秀さん!?」

男達が言い争う隙に距離を詰めていた光秀さんが、私を奪い取るように抱き込んでいた。光秀さんのこめかみの辺りには血が滲んでいて、先ほどの鈍い音の正体に気づく。

「血が・・・・・・っ、大丈夫ですか!?」

光秀「・・・・・・」

「光秀さん・・・・・・?」

光秀さんは、一瞬だけはっとしたような表情を浮かべて押し黙る。

光秀「・・・・・・お前が傷付けられると思った時には、身体が勝手に動いていた」

「え?」

抱きしめる光秀さんの力が強まり、見上げた瞳の奥では激しい感情が揺れて見えた。

光秀「この痛みなど・・・・・・お前が耐えて来た痛みに比べれば、些細なものだ。俺の記憶のこと、気づいていただろう。------すまなかった」

「っ、もしかして・・・・・・記憶が・・・・・・?」

光秀「ああ・・・・・・もう二度と、お前を離しはしない。俺のつがいに手を出したからには、覚悟をしてもらわねばな」

「ん、っ」

ねえ~男達は今何してるんですかー??

掠めるような口づけを交わすと、光秀さんは私の縄を短刀で切り落として背に庇う。射抜くような瞳で男たちを見据えると同時に、人質を奪われた男達が一斉に斬りかかってくる。

男1「おおおおっ!」

光秀「・・・・・・」

男1「っ、がは!」

刀を振りかぶる男を、素早く間合いを詰めた光秀さんが斬り伏せる。

けれど・・・・・・

男2「死ねええ!!」

光秀「・・・・・・っ」

「光秀さん!」

背後から斬りかかる男に、光秀さんは一歩反応が遅れてしまった。
(危ない・・・・・・っ)

------カンッ

闇夜から放たれた何かが男の刀を弾き、光秀さんが男を地面に沈める。

男2「ぐ・・・・・・っ」

(今、何が起きたの?)
飛んできた物を確認すると、地面に突き刺さったクナイがらあった。

「あれって・・・・・・?」

蘭丸「ゆう様! 光秀様も無事?」
 
「蘭丸くん!」

光秀「ああ、俺もゆうもこの通り無事だ」

蘭丸「おふたりが心配で、ひっそり追いかけ

て来ちゃったんだ。光秀様が忍びを手配してるのはわかってたけど、俺も力になりたくて」

今頃かい?どーせなら、さっき出て来てよーームキー

「光秀さんが?」

蘭丸「それに・・・・・・忍びには、ゆう様を救うようにとしか指示していないようだったから、いざという時は、俺が光秀様をお助けしなきゃって」

「え・・・・・・?」

光秀「万が一の時はゆうだけでも逃げられるよう、策は打っていた。俺でもこの短期間で用意出来る策には限りがあったがな」

「じゃあ、さっきのクナイもその忍びが・・・・・・」

蘭丸「さっすが光秀様!ちゃんと策を用意して来てたんだね。でも・・・・・・光秀様も一緒に生き抜いてくれないとだめだよ!ゆう様が悲しむのは、俺も嫌だから」

光秀「そうだな・・・・・・。連れ合いを置いていくことなど、俺には出来ん」

「光秀さん・・・・・・」

(本当に、記憶が戻ったんだ・・・・・・)

蘭丸「・・・・・・良かった。これでもう、ゆう様も大丈夫だね」

「蘭丸くん、何か言った・・・・・・?」

蘭丸「ううん!何でもない☆」

「この人達は、どうするんですか?」

光秀「全員息はある。捕らえて雇い主の情報を引き出せば、謀反の件も片づくだろう」

「それじゃあ・・・・・・」

光秀「ああ。ひとまずは、これにて一件落着だ」

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「蘭丸くんに任せてしまって、大丈夫でしょうか」

光秀「俺達に気を遣ったんだろう。あとで何か礼をしないとな。蘭丸も言っていた通り、明日改めて信長様に報告へ行こう」

「そうですね・・・・・・」

1度安土に戻った私達は、捕らえた男達を投獄して信長様に報告へ向かおうとした。けれど、今日は自分が報告しておくからと蘭丸くんに押し切られて御殿に帰って来ている。

光秀「・・・・・・ゆう」

「光秀さん・・・・・・?」

光秀「お前の反応からして、とうに知っていたとは思うが・・・・・・一時のこととはいえ、ゆうに関する記憶が抜け落ちていた」

「っ・・・・・・はい。久兵衛さんとの会話を、偶然聞いてしまって・・・・・・」

光秀「苦しい思いをさせたな・・・・・・すまなかった」

頬を包む体温の低い手のひらに寄り添うと、光秀さんの存在を実感する。この温もりが自分に向けられていることも、愛されていることも------

「いいえ・・・・・・。記憶がなくなっていても、すべてが消えていたわけじゃありませんでした。だから私は、そんなにつらく・・・・・・なんて・・・・・・っ」

実感が増すほどにこれまで押し殺していたものが、ぼろぼろと涙になって溢れ出していく。

光秀「もう大丈夫だ、ゆう」

「っ・・・・・・はい」

光秀「堪えていた涙がすべて流せるまで、今宵はお前を離しはしない。その涙も、お前の想いも------すべて受け止めさせてくれ」

「は、い・・・・・・っんん」

深い口づけに、光秀さんの姿が涙でぼやけることすら惜しく感じる。決して消えない愛を噛み締めて、私達は互いの存在をひたすらに求め合っていった-------