遠い山並みまでも紅く色づいた、秋空の下------
「よし、出来た・・・・・・!」
光秀さんの誕生日前日。私は早朝から御殿の台所に立っていた。
(初日は時間も出来ばえもギリギリで大変だったけど・・・・・・いつの間にか、かなりスムーズに出来るようになったな。やっぱり何回もやって覚えるのって大事だ)
女中「ゆう様、すっかり手際も良くなられましたね」
「いろいろと教えていただいて・・・・・・ありがとうございます」
女中2「いえいえ! 私達も、光秀様に食事を楽しんで欲しいと思っておりますから」
女中1「ええ。ゆう様が作っていたと知れば、きっと光秀様も味わってお食べになるはずです・・・・・・!」
「そうだといいんですけど・・・・・・」
女中2「きっと上手くいきますよ、ゆう様!」
女中達の指導を受けながら、私はここ数日間の光秀さんの朝餉(あさげ)を作り続けている。
(光秀さんに、食べる楽しみや好きな人との食事が幸せな時間なんだって知って欲しい・・・・・・)
光秀さんの誕生日が迫るなか、そう考えた私はとあるドッキリを計画した。
その名も------『実は恋人の手料理でした』ドッキリだ。
↑↑↑笑笑 タイトルそのままやねー!😅
(自惚れすぎかもしれないけど・・・・・・でも、光秀さんなら・・・・・・私の手料理だったって知った時に、もう少し味わって食べれば良かったと思ってくれるかも)
「それじゃあ、あとはいつも通りにお願いしますね」
女中1「はい! お任せください」
光秀さんに気づかれないよう、配膳を任せた私は先に台所を出て行く。急ぎ足になるのを堪えながら、光秀さんの部屋へ戻ると------
光秀「ん? 戻ったか、ゆう」
「はい、ただいま戻りました。あれ?光秀さん、こんな朝からお仕事ですか・・・・・・?」
早朝だというのに、光秀さんは文机で書簡に目を通していた。伸びた背筋や光秀さんが纏う雰囲気から、寝起きから大分時間が経過していることも窺える。
光秀「ああ、急ぎの確認が必要なものもあってな。それに・・・・・・連れ合いが女中達の手伝いをしているのに、寝過ごしていては格好がつかないだろう」
「そ、そんなことありませんよ・・・・・・!光秀さんは普段働き過ぎなんですから、寝過ごしてくれていたほうが安心するくらいです」
光秀「お前が愛らしく寝込みを襲ってくれるというなら、寝過ごすのも悪くはないがな」
「襲うだなんて・・・・・・というか、それ絶対光秀さん寝たフリして、後で私をからかう気でしょう!」
光秀「おっと、鋭いな。一体誰に似たのやら」
「もう・・・・・・似るとしたら光秀さん以外にいませんよ」
光秀「・・・・・・」
「どうかしましたか?」
光秀「いや、的確な不意打ちまで出来るようになるとは驚いた」
ぽつりと呟くような光秀さんの声に私は小さく首を傾げる。
「え・・・・・・?」
光秀「それより・・・・・・朝からこうもお前が働き者では、心配になるな。しっかりと甘やかしてやらねば、心配で夜も眠れなくなりそうだ」
「大袈裟ですよ・・・・・・」
(光秀さんだって、こんな時間からもうお仕事をしてるのに・・・・・・)
手にしていた書簡を文机に置いて、光秀さんが私へと向き直った。
光秀「だから、甘やかさせてくれ」
「え?」
光秀「------おいで、ゆう」
「・・・・・・っ」
座ったまま軽く膝を叩いて見せる光秀さんの意図を察して、じわりと顔が熱くなっていく。
(光秀さんの膝の上に座れ、ってことだよね・・・・・・?)
光秀「どうした。俺に連れ合いを甘やかさせてくれないのか?」
「その言い方はずるいですよ」
光秀「俺のずる賢さは、お前が一番良く知っているはずだ」
「そうですけど・・・・・・」
恥ずかしさで動き出せずにいる私を、光秀さんの優しく声が急かす。
光秀「お前の温もりを抱いていると、俺の疲れも癒える。これならお互い様だろう」
(私が遠慮しなくて済む言い方をしてくれてる。・・・・・・意地悪だけど、やっぱり光秀さんは優しいな)
「それなら・・・・・・失礼します」
光秀「良い子だ」
膝の上にそっと腰を下ろすと、後ろから光秀さんに抱き込まれる。
(・・・・・・恥ずかしいけど、温かくて安心する)
私を包み込む光秀さんの体温と匂いが心地良くて、自然と余計な身体の力が抜けていった。
光秀「恥じらいつつも素直なところは愛らしいな」
「ん・・・・・・」
笑みを含んだ光秀さんの響きが耳を掠めて、甘い震えが背中に走る。髪を撫でていた光秀さんの手が私の顎を掬って、振り向かされた先で視線が絡み合う。
光秀「ゆう・・・・・・」
「光秀、さん・・・・・・」
惹かれ合うまま、ゆっくりと互いの距離が縮まっていく。そのまま唇が重なりかけた、その時------
女中の声「光秀様、ゆう様。朝餉をお持ちいたしました」
「・・・・・・っ!」
襖(ふすま)の向こうから響いた声に、慌てて離れようとする私を光秀さんが引き留める。
「あの、人が・・・・・・んぅ、っ」
有無を言わさずに口づけられて驚く私に、光秀さんが悪戯めいた微笑みを浮かべて見せた。僅かに離れた唇の間で、光秀さんは予想外な言葉を落とす。
光秀「ああ、入っていいぞ」
(嘘・・・・・・!? 今、女中さんが部屋に入って来たら・・・・・・っ)
顔を真っ赤にして慌てる私を、光秀さんは愉快そうに見つめる。再びやわらかく唇を塞がれて、私は焦りながら身じろいだ。
「待って、見られ・・・・・・ん、っ」
光秀「ほら、あまり可愛らしい顔をしたままだと気づかれるぞ?」
「光秀さんのせいでしょう・・・・・・?」
女中が部屋へと入って来る前に、光秀さんは膝から隣に私を下ろした。
女中「失礼いたします」
光秀「ああ」
「ありがとうございます」
(絶対今の私の顔、赤くなってる。恥ずかしい・・・・・・)
さっき私が作ったばかりの朝餉を運んで来てもらったのに、羞恥心から顔を上げられない。
女中「それでは、私はこれで・・・・・・」
私の様子から何かを察したのか、女中はにこやかな声音で一礼をしてすぐにへやを出て行った。
(それとなく配慮してもらった気がするけど、その配慮がもっと恥ずかしいというか・・・・・・)
複雑な心境を抱きながらも、私は光秀さんと向かい合う形で座り直す。食事の際、光秀さんの表情の変化を見るために向かい合って食べるのが習慣になっていた。
「それじゃあ、いただきましょうか」
光秀「そうだな。食べるとしよう」
箸を手に取り、穏やかな朝餉の時間が始まる。けれど--------
(今日の煮物の味、どうだろう。ついつい光秀さんの反応が気になっちゃうな・・・・・・)
光秀「------そう見られていると、流石に食べにくいな」
「っ、すみません・・・・・・!」
(見てることに気づかれてたなんて・・・・・・。計画のことまで悟られてないといいんだけど)
光秀「そんなに熱心に見つめているということは・・・・・・昨夜は物足りなかったのか?」
「え・・・・・・!?」
光秀さんからの思わぬ言葉に驚いて、私は箸をおとしそうになった。
光秀「あんなに可愛がってやったというのに・・・・・・欲張りで何よりだ。お前を満足させられるよう、もっと意地悪も可愛がり方も腕を磨かねばならないな」
艷のある微笑みを浮かべた光秀さんの、わざとみせつけられる舌先にどきりとする。同時に昨夜求め合った時間を思い出して、つい身体が熱くなった。
「ち、違います! 食事中にそんなこと、かんがえませんよ」
(それに、これ以上腕を磨いてどうするんですか・・・・・・)
って、そんなに〇〇んかいー!
出かかった言葉を口にすると光秀さんが意地悪な反応をするとわかっていたので、とっさに飲み込んだ。
光秀「そうか? 食事中だからこそ、思い出すものだろう」
「それは、ええと・・・・・・」
(確かに・・・・・・少し濡れた唇とか、伏し目がちになる所作とか、見てるとどことなく意識しそうになるけど・・・・・・)
私の表情の変化を真正面から見つめて、光秀さんの瞳が弧を描く。
光秀「理解出来たようだな。相変わらずゆうはわかりやすい顔をする」
満足そうな光秀さんに何か言い返したくて、気づくと口を開いていた。
「言われてみればそうですけど・・・・・・でも、さっき見てたのはそういう意味ではありませんよ」
光秀「ほう? まるで別の理由があると言わんばかりの言葉だ」
(しまった・・・・・・!)