「どうしよう・・・・・・」
孤独と悲しみがじわじわと込み上げて来て、座り込んでしまいそうになっていると------
光秀の声「そんなくらい声を出して・・・・・・どうかしたのか、ゆう」
「この声・・・・・・光秀さん!?」
光秀「ああ、俺だ」
突然響いた声に後ろを振り返ると、そこには光秀さんの姿があった。
(嘘・・・・・・。不安になり過ぎて見てる私の幻覚とか・・・・・・? )
薄明かりの中に浮かび上がる白い立ち姿に、思わず現実のものかを疑いそうになっていると------
光秀「何だ、ゆう。狐に化かされたような顔をしているな」
「どうしてここに・・・・・・、ん」
混乱している私を宥めるように、光秀さんはそっと頭を撫でてくれる。
(触られてる感覚がある・・・・・・。本当に、本物の光秀さんだ・・・・・・でも、いつから書庫の中にいたんだろう)
疑問に思っていることが表情に出ていたのか、私の顔を見た光秀さんは呆れた様子で軽く肩をすくめた。
光秀「まさか、本当に気づいていなかったのか?」
「え?」
光秀「ずいぶん前にここへ来たんだが、お前は書物に夢中でまるで俺を見ていなかったな。物音や気配も気にする様子は一切なし・・・・・・。まったく、無防備で心配になる娘だ」
「ん・・・・・・っ」
甘やかな口づけに、閉じ込められた緊張で強ばっていた力が緩んでいく。
光秀「・・・・・・やはり開きそうにないな」
そっと口づけを解いた光秀さんが、扉に手をかけて力を込める。それでも動く気配のない重量感のある扉に、私は小さく肩を落とした。
「光秀さんの力でも開かないとなると・・・・・・ああ、外にいる者に扉を外させたほうが確実だな。この廊下は書庫以外の重要な部屋には通じていない。となると・・・・・・」
「となると・・・・・・?」
光秀「となると、夜明けまでに見回りが一度来るかどうかだろう」
「一度来るかどうかって・・・・・・」
(光秀さんがいなかったら、ひとりでそんなに待つ必要があったんだ。ひとりじゃなくて、良かった・・・・・・)
孤独ではない状況への安堵で、今はもう不安は感じない。恋人とふたりでいる心強さに、私は改めて感謝していた。
光秀「しばし見回りが来る見込みもない。それなら------一緒に城内で遭難といこうか、ゆう」
「っ、はい」
座った光秀さんの膝の上に座らされて、後ろから抱き込まれる。
(城内で避難だなんて、変な感じだな。でも・・・・・・こうして光秀さんと一緒なら、どんな場所でも怖くない)
光秀「城内でこうしてお前と触れ合うのは、ずいぶんと久しぶりだな」
「そうですね。光秀さん、最近は特にお仕事が多かったですし」
光秀「ああ。・・・・・・寒くはないか?」
「大丈夫です。光秀さんとこうしていると、十分温かいですから・・・・・・」
私を片腕で抱いたまま、光秀さんのもう片方の手が髪を撫でる。そのまま頬に触れた手に振り向かされると、やわらかく唇が重なった。
「ん・・・・・・っ」
光秀「・・・・・・こうしてお前とゆるりと過ごせるなら、遭難も悪くもないな。しかし・・・・・・ひとつだけ残念だ。ここ最近、朝餉(あさげ)の時を楽しみにしていたんだが」
「・・・・・・え?」
光秀「こんなことは、これまでの人生で初めてと言っていいだろう。毎朝運ばれてくる朝餉は・・・・・・幸せな香りと味がしたからな」
(それって・・・・・・)
光秀「そんな『ゆうが作った手料理』を食べ逃がすのは、悔しくて堪らない」
「ん・・・・・・?・・・・・・えっ!?」
光秀さんが最後に口にしたひと言で、一気に私の頭は混乱を起こす。
(どういうこと?光秀さん、さっき『ここ最近』って言ってたよね。最近の朝餉ということは・・・・・・まさか、私の手料理だったってことを知ってたの!?)
私の表情の変化から心情を察したのか、光秀さんは指先で自分の唇を示して見せた。
光秀「お前が朝餉の直前まで手伝いをしに行くようになってから・・・・・・『見過ぎ』だ」
「口を・・・・・・? 私、そんなに見てましたか?」
光秀「ああ。熱心に見てくるから、初めは口づけでも強請(ねだ)っているのかと思ったが・・・・・・俺の表情や箸の動きも見ていることに気づいてから、ほぼ確信した」
「・・・・・・迂闊(うかつ)でした」
(気づかれない程度に見てるつもりだったんだけどな・・・・・・でも、光秀さんは私が作った朝餉を楽しみにしてくれてたんだ)
嬉しいやら恥ずかしいやらで、じわじわと顔や首が熱くなっていく。赤くなっているだろう私の首筋を、光秀さんの指先がつうっと撫でた。
「っ・・・・・・光秀さん?」
淡い刺激に肩を跳ねさせて、顔を上げた私は光秀さんと目を合わせる。
光秀「明日の朝餉がお預けになってしまいそうだからな。替わりに、それ以上に魅力的なものを食べたいんだが・・・・・・」
「あ、ん・・・・・・!」
うなじに押し当てられた唇の感触と同時に、瞬間的な鋭い刺激が走る。
光秀「・・・・・・ああ、綺麗についたな」
「・・・・・・っ」
光秀さんの言葉で、髪に隠れる位置に刻まれた赤い痕を想像した。たったそれだけの想像に、私の背筋は期待と喜びに甘く震える。
光秀「ゆう・・・・・・」
「光秀さ・・・・・・ぁ、んん・・・・・・!」
光秀「良い反応だ。もっと他の反応も引き出したくなる」
「あ・・・・・・ん、ぁ・・・っ」
後ろから抱き締められたままで、合わせの隙間からゆっくりと光秀さんの手が着物の中に潜り込んでいく。堪らずに上擦った声が漏れると、光秀さんが私の耳元に唇を寄せた。
光秀「そんな愛らしい声を出していていいのか?ゆう」
「っ、え・・・・・・?」
光秀「夜明けまでに見回りが一度来るかどうか、と言ったが------その一度というのが、今だとしてもおかしくはないんだぞ?」
「・・・・・・っ!」
(そ、うだった・・・・・・!)
ここが城の書庫だと再認識しただけで、一気に恥ずかしさがぶり返す。真っ赤に染った私の耳へと優しく歯を立てて、光秀さんの低い声が意地悪く響いた。
だめよ、駄目。その一回を逃したら、朝までトイレ我慢確定やん!
光秀「ただ------生憎と、止まってやる気はないがな」
「ちょっと、光秀さ・・・・・・っ、あ! だめ、です・・・・・・っ」
光秀「そうして恥じらうから、余計に堪らなくなるんだ」
「そんなこと、言われても・・・・・・ん、ぁあ・・・・・・っ」
光秀「駄目と言いながら、声が甘くなってきているぞ? 声も、顔も・・・・・・もっと甘くなっていく様を見せてくれ」
「あ・・・・・・光秀さ、ぁ・・・ん!」
わざと私の弱い場所ばかり触れる指に乱されていきながら、夜は更けていった------
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翌日の早朝------
「ぶ、無事で良かった・・・・・・!」
光秀「ああ。・・・・・・『何事もなく』、無事に出られて何よりだ」
「・・・・・・っ」
(お、思い出すだけで顔から湯気が出そう・・・・・・)
濃密な一夜の記憶が脳裏に過って、私は頭を抱えそうになる。火照った肌が落ち着いたころに来た見回りに助けを求めて、私達は書庫を出ることが出来た。
(結局、外に出られたのは朝になってからだったな。そのぶん、光秀さんと一緒に過ごせて嬉しかったけど・・・・・・)
光秀「せっかくなら、このまま俺達が行方知れずで騒ぎになる様子でも見たかったが」
「もう・・・・秀吉さんがすごく心配してすごく怒りますよ?」
光秀「ああ、想像がつく」
愉快そうに笑う光秀さんと肩を並べて、私達はようやく御殿への帰路についていた。すっかり朝陽が昇り始めている空を見上げて、私ははっとして光秀さんを見上げる。
「っ、そうだ・・・光秀さん!」
光秀「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます」
光秀「------ああ。ありがとう、ゆう」
「朝餉は間に合いませんけど、夜の宴では腕によりをかけて料理を作りますね」
光秀「それは楽しみだ。ただ・・・・・・寝不足の身体で無理はしないようにな」
「ん・・・・・・っ」
腰を抱き寄せて囁く声に、まだ触れ合ったばかりの身体はどきりと胸を高鳴らせた。
「わ、わかってます! でも・・・・・・光秀さんに味わって欲しいので、精一杯作ります」
(私の手料理を『特別』だと思ってくれていたことが、何よりも嬉しいから・・・・・・)
光秀「そうか。今日はどんな日よりも、更に幸せな日になりそうだ」
ふたりで手を繋いで、ふたりの居場所へと帰る。そんな些細な瞬間を、かけがえのない『特別』として、今日もまた重ねていく------