雲ひとつないよく晴れた、穏やかな昼下がり------

私と光秀さんは安土城の広間で、信長様の前に並んで座っていた。

信長「光秀、ゆう。貴様らを呼んだのは例の話についてだ」

「例の話・・・・・・?」

光秀「・・・・・・」

首を傾げる私の隣で、光秀さんは眉ね、をわずかに寄せる。
(この様子だと、光秀さんは呼び出された理由を知ってたのかな?)

光秀「・・・・・・やはり正式に申し込んできましたか」

信長「ああ」

光秀「そうなるのではないかと、懸念していましたが・・・・・・」

(随分深刻そうだけど・・・・・・)
光秀さんの口ぶりから良くない話なのだろうと思い、口を閉ざしていると、信長様が私に視線を向けた。

信長「ここ数か月の内に、織田傘下に入った国がある。そこの大名の娘である桜姫(さくらひめ)が、光秀に想いを寄せているという噂があった」

「えっ、じゃあ申し込んできたっていうのは・・・・・・」

信長「光秀との婚姻だ」

(そんな・・・・・・)
思いも寄らなかった話を聞かされ、瞬く間に不安が広がっていく。すると、すぐ隣から手が伸びてきて優しく頭を撫でられた。

光秀「安心しろ。俺の番(つがい)は生涯お前だけだ」

(光秀さん・・・・・・)
当然のように言い切ってくれた光秀さんに、少しだけほっとするけれど・・・・・・

「ありがとうございます。でも簡単にお断りできない話っていうことですよね」

(でなければきっと、この場に私を呼ばれてないはず)
不安を拭いきれないまま、ふたりを見つめる。

信長「ああ。とはいえ、破談にする方法もある。俺が『織田家ゆかりの姫であるゆうを、片腕である光秀の許嫁にした』と言えば早い話だ。だが、まだ傘下に入ったばかりの大名だ。どんな行動に出るかも予測がつかん」

(・・・・・・信長様から大名がそう聞かされても、自分の娘と光秀さんをどうしても結婚させたければ、怒って何をするかわからないってことだよね)
せっかく傘下に入ったというのに、離反する可能性もあれば、それだけでは済まないのかもしれない。

光秀「噂によれば、その大名は目的のためならば手段を選ばない人物であり、娘を相当溺愛しているそうだ。可愛い娘のため、俺を手に入れようと、ゆうに危害を加える可能性も十分にある」

「そんな・・・・・・」

縁談話ひとつでそこまで大ごとになることも、この乱世では当たり前なのだと思い知らされる。

光秀「俺とお前が恋仲だということは、相手方にはばれないようにするべきだ。ただこの婚姻は、必ずはだんにする。そのために策を考えた」

「どんな策ですか?」

光秀「『信長様が特別気に入っているお前に、俺が一方的に惚れている』ということにすれば、大名も手が出しづらくなる」

「え・・・・・・? どういうことですか?」

光秀「寵愛されている織田家ゆかりの姫に手を出すことなど、信長様の承諾がなければできない。そして、信長様の片腕である俺でさえ許されていないということにすれば、信長様がそれほど気に入っているゆうに、危害を加えようとすることは、おそらくないだろう。大名も信長様を敵に回すようなことはしないだろうからな」

「なるほど・・・・・・でも、光秀さんが私に一方的に惚れてるっていうのは・・・・・・」

光秀「お前は俺に一切気のないフリをする必要がある」

(私が、光秀さんにそっけなくするってこと?)
すでにたくさんの情報を整理するだけでいっぱいいっぱいの頭で考える。

光秀「お前をそばで守るためにも必要な事だ。協力してくれるか?」

「! もちろんです」

(光秀さんが、私を守るためにたくさん考えてくれた上での策だ。気がないフリをするなんてできるか不安だけど・・・・・・頑張らないと)
やり切ろうと強い意志を固め、しっかり頷いてみせた。

信長「ゆう」

「はい」

信長「明日、桜姫が安土に来る。その上、しばらく安土城に逗留することになった」

「!」

(急な話だけど・・・・・・それだけ相手の方も光秀さんに本気ってことだよね、きっと)

信長「お前に蘭丸をつける。蘭丸、入れ」

蘭丸「はい、失礼します」

襖がすっと開き、部屋の外で控えていたのか蘭丸くんが入ってくる。

信長「蘭丸、上手く立ち回れ」

蘭丸「はい!」

蘭丸くんは、私のほうを向くとにっこり微笑んだ。

蘭丸「ゆう様、俺にいっぱい頼ってね」

「ありがとう、蘭丸くん。よろしくお願いします」

(蘭丸くんもそばにいてくれるなら心強いな)
そうして話は終わり、私は光秀さんと一緒に帰路についた。

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その夜------

(明日から、私もしばらく安土城に泊まるんだ・・・・・・)
私達が恋仲であることを隠すためには、光秀さんの御殿で寝食を共にしていたら不自然だということで、安土城で使わせてもらっていた部屋に寝泊まりをするようにと、帰り道に光秀さんから言われた。

(寂しいし・・・・・・それに、光秀さんにそっけなくする、なんて・・・・・・ちゃんとできるのかな)
不安で、ぐるぐる考え込んでいると・・・・・・

光秀「ゆう」

(わ・・・・・・!)
後ろから不意に抱き締められ、鼓動が跳ねた。

「光秀さん・・・・・・」

ちらりと肩越しに振り返ると、いじわるな瞳とばっちり目が合う。

光秀「ずいぶん悩ましい顔をしていたが、安土城にしばらく泊まるのが、そんなに寂しいのか?」

光秀さんはからかうように囁き、耳たぶに舌を這わせた。響いた儚い水音と感触に、震えてしまう。

「んっ・・・・・・寂しいに、決まってるじゃないですか・・・・・・」

(今、こんなふうに触れるなんて、意地悪だ)
甘い疼きが、離れがたい寂しさとないまぜになって、切ない気持ちがこみ上げる。

光秀「寂しい、というのなら俺の方だぞ?」

「え・・・・・・ぁっ」

光秀さんは私の髪をよけ、あらわになったうなじにきつく口づける。

光秀「お前に袖にされるなんて、寂しいものだ。俺はこんなにもお前を好いているのに」

「あ・・・・・・、ん・・・っ」

愛おしそうに触れられ、身体が熱くなっていく。
(からかうように言ってるけど・・・・・・)

光秀さんの気持ちを考えると、胸がしめつけられた。

「そう、ですよね・・・」

(逆の立場だったら・・・・・・私だって寂しい。光秀さんのこの意地悪だって・・・・・・なんだか寂しさを紛らわせてるみたい)

光秀「ゆう?」

いつの間にかうつむいていた顔を、心配そうに覗き込まれる。私は顔を上げ、強い決意を持って光秀さんを見つめた。

「私・・・・・・寂しくても頑張ります。光秀さんが立てた策を信じて、ちゃんと気のないフリができるように」

光秀「------」

光秀さんは一瞬目を瞠(みは)る。そしてすぐに優しく微笑み、腕の中で私を反転させて正面から抱きしめた。



光秀「いい子だな」

「あ・・・・・・」

ちゅっと額に慈しむようなキスが落ちる。

きゃっ❣️💋 ドキュン💘バタン😵

光秀「では・・・・今のうちに片恋の真似事でもしてみるか」

「えっ」

光秀「俺は、本番勝負でも構わないが」

(う・・・・・確かに、少しは練習しておいた方がいいのかも)

「じゃあちょっとだけ練習させてください」

頷くと、光秀さんの表情が急に真剣なものに変わった。

光秀「・・・・・・ゆう様」

名前を呼ぶ声も注がれる視線も熱っぽく、ひどく恋焦がれた様子に心臓が音を立てる。

「つ」

(演技・・・! 演技なんだから・・・・・・)

光秀「どうしたら、私を見てくださいますか?貴方をこんなにも、お慕いして止まないというのに」

頬を優しく包み、光秀さんの親指が私の唇をなぞる。思わずぴくんと肩が跳ね、吐息が零れた。

「ん・・・・・・光秀、様・・・・・・」

光秀「気のないフリだ、ゆう」

むーーーりーーー!!!

(そんなことを言われても・・・・・・)

「お止め、ください・・・・・・?」

どう答えるのが正解なのかわからず、迷いながらもそう口にする。

光秀「止めてほしい、だなんて目には見えませんよ、ゆう様」

ふっと弧を描いた唇が、私の口端に柔らかく触れた。焦らすようなキスに、身体の奥には熱がくすぶる。

「ん、だって・・・・・・こんなふうに触れられたら・・・」

(演技なんてできない・・・・・・もっとして欲しくなる)

光秀「愛しています、ゆう様。どうか私の気持ちを受け入れてくださいませんか」

私の唇の端に触れたまま、光秀さんの唇が動く。掠める吐息と声はあまりにも甘美で、身体中が火照っていく。
(流されちゃいそうになる・・・・・・駄目だ、ちゃんと気のないフリをしないと)

「・・・・・・お放しください。私はあなたのお気持ちには・・・・・・」

(応えられない、なんて)
心にもない言葉を口にするなんて途中でできなくなって、思わず目を伏せた。

光秀「・・・・・・。ゆう、もういい」

「えっ、んっ・・・・・・」

奪うように唇を塞がれ、すぐに深くまで熱が絡み合う。

「光秀、さん・・・・練習は・・・・・・」

唇が少し離れた隙に、荒くなった息を零しながら訴える。

光秀「明日から、嫌でも『フリ』をしなくてはならない。だから今夜は思うままに、お前を愛したい」

「私も・・・・・・明日からは頑張りますから」

ぎゅっと抱き締めつくと、光秀さんは小さく笑った。

光秀「明日からは、ぼろを出さないようにな。ゆう様」

意地悪に笑った唇が、欲しかった熱を再び与えてくれる。しばらく離れなければならない寂しさを埋めるように、私はたっぷりと愛されていった----------

・・・・・・

翌日------

安土城へやってきた桜姫様に挨拶するため、私は織田家ゆかりの姫として着飾られ広間へ向かう。光秀さんは先に行っていて、私は蘭丸くんと遅れて来るように言われていた。
(今日はしっかり、演技しなくちゃ。光秀さんの作戦通りに)