緑豊かな田舎ののどかな道を、光秀さんの馬に乗せてもらいのんびり駆けていく。

(こうして逢瀬で遠出をするのって、久しぶりだな。すぐく楽しみ。しかも、光秀さんから誘ってもらえるなんて)
安土の隣の小国で行われる祭りの話を聞いたのは、数日前のこと。小国へ馬を進めながら、私は道中弾む気持ちを抑えきれずにいた。

光秀「ゆう」

優しく耳元で名前を呼ばれ、振り返る。

「はい?」

光秀「気づいているか。ずっと口元が緩んでいるぞ」

「えっ!」

慌てて手で押さえると、光秀さんが意地悪な笑みを浮かべた。

光秀「随分と嬉しそうだな」

(つい顔に出すぎてた・・・・・・!恥ずかしい)

「いいじゃないですか。それは嬉しいに決まってますから。前にも潜入のために旅をしましたけど、今回は違いますし」

光秀「ああ。俺との逢瀬が嬉しくて道中ずっとにやけているとは、本当に可愛いらしい」

光秀さんは、愉しげにくくっと喉を鳴らす。
(すぐそうやって意地悪言って・・・・・・)

手を外すと、赤くなった顔を見られないように前を向き直す。その時、不意に視界を鳥が横切った。
(あれ・・・・・・今のってツバメ?随分と低く飛んでるんだな。ってことは・・・・・・)

「光秀さん、もうすぐ雨が降るかもしれませんよ」

光秀「雨か・・・・・・確かに曇ってきたな」

光秀さんは馬の速度を緩め、空を見上げる。

光秀「念のため、早めに雨をしのげる場所に行くか」

「はい」

・・・・・・

近くに空き家を見つけ、中に入った途端------

「あっ・・・・・・」

外で、急激に強い雨がざあっと降り出した。

「間一髪でしたね。丁度空き家があって良かったです」

光秀「ああ。早めに雨宿りする場所を探したから濡れずに済んだな。お前のおかげだ」

上出来だというように、光秀さんの手が私の頭を撫でる。

「ふふっ・・・・・・いえ」

光秀「それにしても、雨が降るとよくわかったな」

「それは、ツバメが低く飛んでいたので」

光秀「どういうことだ?」

「言い伝えがあるんですよ。ツバメが低く飛ぶと雨が降るって。だから、きっとすぐに雨が降ってくるなってわかったんです」

光秀「ほう・・・・・・まるで陰陽師の真似事のようだな」

「陰陽師って・・・・・・私は別に、すごい力が使えるわけじゃありませんよ?」

光秀「すごい力、とは何だ」

「え・・・・・・」

不思議そうに聞き返されて、私のほうが首を傾げた。

「陰陽師って、そういう人じゃないんですか?」

光秀「陰陽師とは、自然現象を観測して天地の異変から災禍を予知したり・・・・・・あとは、占いによって吉兆を告げる者を指す」

(あれ? 私の中のイメージとはちょっと違うんだな)

「そうなんですか・・・・・・」

光秀「お前の中の人物像と合致していないようだな」

「はい。私の思う陰陽師は・・・・・・霊能力や超能力を使って悪いものを封じたり、式神を操って使役したり・・・・・・と」

曖昧ではあるものの、記憶を引っ張り出して説明する。
(たまに陰陽師が出てくる漫画とかあるけど、みんなそんな感じだった気がする。でも私が知ってるのは創作だし、実際は違うのかもしれないな)

光秀「ほう・・・・・・式神、か。伝説のような形ではあるが、それを使役したと言われている人物がいたな・・・・・・面白い」

光秀さんは、悪巧みをするようににやりと口角を上げた。

「もしかして、何かを思いついたんですか?」

光秀「ああ。お前のおかげで良い案が浮かんだ。それよりも雨で身体が冷えていないか?」

「あっ・・・・・・」

突然、隣からぐいっと肩が引き寄せられ、鼓動が跳ねる。

「ぬ、濡れてないですよ!? 雨が降る前にここに入りましたし」

光秀「だが、雨のせいで先程より気温が下がっている」

両腕で包みこむようにして、光秀さんに抱きしめられた。

光秀「俺の腕の中にいれば温かいだろう。おそらく通り雨だ。止むまではこうしていろ」

優しい♡光秀さん(〃♥^♥〃キャャャア)

「はい・・・・・・」

(ドキドキするけど・・するけど温かい。でも結局、『良い案』の話は流れちゃったな)
誤魔化された気がしながらも、私はそうして雨が止むまで光秀さんに温めてもらった。

・・・・・・・・・・

そのあと------

雨も止み、ふたたび馬に乗って、私達は小国へと辿り着いた。

「わあ・・・・・・すごい」

光秀「ああ。随分と立派だな」

野外に大きな舞台が出来上がっているのを見て、思わず歓声をあげる。
(大きなお祭りみたい。ここで舞とかも披露されるのかな。それにしても・・・・・・)

ここに来る途中で、光秀さんは服装を変えていた。
(お祭りのための浴衣とかとは、また違うし・・・・・・一体なんだろう。さっきから、何度聞いても教えてくれずにはぐらかすし・・・・・・)

ついじっと見つめていると、こちらを向いた光秀さんと目が合ってしまう。

光秀「穴が開くほど俺を見つめるとは、よほど好きで好きで仕方ないらしいな」

「そ、そうじゃなくて、その服・・・・・・」

光秀「似合っていないか?」

「いえ、似合っててかっこいいですけど------」

???「おい、そこのふたり」

背後から聞こえてきた声に、尋ねようとしていた言葉を引っ込めて振り向く。そこには、ふたりの男性が立っていた。

光秀「・・・・・・どなたでしょうか?」

家臣「私はこの国の大名の家臣だ。部外者が何用だ」

謎の男「・・・・・・」

大名の家臣という人は厳しい顔つきだけれど、もうひとりは煌びやかな服を身につけ、穏やかに笑みをたたえている。光秀さんはにっこりと微笑み、ふたりの前でお辞儀した。

光秀「これはこれは、お初にお目にかかります。先日こちらへ文をお送りいたしました、『光明(こうめい)』と申します」

家臣「! あの陰陽師か」

(こ、こうめい・・・・・・? 陰陽師・・・・・・? どういうこと?)

「あの、みつ------、っ!?」

尋ねようとした途端、光秀さんに抱き寄せられ、そっと口を塞がれた。

家臣「・・・・・・その女は何だ?」

光秀「お気になさらず。ただの私の式神です」

謎の男「っ、式神・・・・・・?」

(えっ!? 待って、初耳です!)

光秀「ですが、強い力を持ちすぎて、いくらか言霊を注がねばいけないのです」

光秀さんは目を細め、私を抱き締めたまま耳元に唇を近づけると・・・・・・

光秀「いい子だから、大人しくしていろ。ここで『唇から』言霊を注がれるのは恥ずかしいだろう?」

「・・・・・・っ」

囁かれたことを想像して、頬が熱くなっていく。
(光秀さん、みんなの前で一体何を言い出すの・・・・・・!?)

固まっていると、光秀さんは男性ふたりに向き直った。

「ほら、お利口になりました」

謎の男「・・・・・・式神を使役する陰陽師など、絵空事でしょう。それに式神は通常、人の目には見えないと聞きます。はったりではないのですか?」

光秀「いえ、そんなことはありません。人の目に見えた方が良いと思い、あえてそうしているだけです」

いかにも疑っている男の指摘をさらりとかわし、光秀さんは涼しげな顔をしている。
(光秀さん、さすがだ・・・・・・)

光秀「・・・・・・と、これだけの術を使える私ですから、必ずやお役に立てます。どうかこちらの大名様にお目通りをしたく存じます」

家臣「あ、ああ、わかった。案内しよう」

謎の男「・・・・・・」

大名の家臣が圧倒されたように頷き、先立って歩き出すと、煌びやかな男性もこちらを一瞥したあと、大名の家臣についていく。

光秀「ゆう、俺たちも行くぞ」

「あっ、はい」

(何だか、とんとん拍子で話が進んでいく・・・・・・!)
肩を抱かれたまま、私も光秀さんと共に野外舞台を通り抜け、後に続いた。

・・・・・・・・・・

数刻後------

大名に挨拶を終えた私達は、明日の祭り当日までここを使うようにと言われ、部屋へ通された。
(ようやくふたりきりになれた・・・・・・ずっとわけがわからないままだから、余計緊張しちゃった)

光秀「ゆう。疲れただろう。少しゆっくり休め」

「はい・・・・・・って、それより光秀さん。これは一体どういうことですか?陰陽師とか式神とか・・・・・・光明とか、まったく状況がわかりません」

問い詰めるようにして光秀さんの顔を覗きこむ。

光秀「ああ、そのことだが・・・・・・そうだな、無事にここへ潜り込めたことだし、きちんと話しておこう。まず今回の事の発端となったのは、ある報告だった」

光秀さんは、真剣な面持ちで語り出す。

光秀「この小国は、交流は少ないながらも織田の傘下にある国だ。今まで特に問題という問題もなかったが、ここのところ不穏な話を耳にするようになった」

「どんな話ですか?」

光秀「高い年貢を取られ、民達が苦しんでいる、というものだ。調べてみたところ、それが始まったのは、ある男が現れてからだそうでな」

「え・・・・・・年貢は大名が決めるものですよね?」

光秀「ああ。だからこそ異様に感じるだろう?その男というのは、この国つきの陰陽師だ。先程お前も見ただろう。大名の家臣と共にいた男を」

「え・・・・・・あっ!」

(あの煌びやかな服装をした穏やかそうな男性?)

「あの人がその陰陽師なんですね」

光秀「ご名答。ただし、インチキ者だがな」

「い、インチキ・・・・・・!?」

唖然とする私に、光秀さんはくつくつと笑って肩を揺らした。

光秀「ああ、そうだ。だからこそ、今回の件の解決にあたるため、正体を隠し陰陽師として潜入した。インチキにはインチキを、だ。俺がその男の代わりに陰陽師という立場につくことができれば、真相が掴めるかもしれない」

「なるほど・・・・・・」

説明に納得しながらも、少し寂しさが胸を掠めた。

「じゃあ、今回私を誘ってくれたのは・・・・・・逢瀬じゃなくて、協力のためだったんですか?」

(私は、光秀さんとの逢瀬だって、すごく楽しみにしてたのに・・・・・・光秀さんは違ったんだ)
仕方ないとはいえ、私ばかりが過度に期待していたことに、思わず視線が落ちてしまうと------

光秀「いや、それは違うな」

即座に返ってきたはっきりとした否定に、すぐ顔を上げる。

「・・・・・・え?」

光秀「お前を連れて来たのは------」