光秀「いや、それは違うな」

即座に返ってきたはっきりとした否定に、すぐ顔を上げる。

「・・・・・・え?」

光秀「お前を連れて来たのは、しばらく安土を離れるのであれば、共にいたいと思ったからだ。それに、問題が起きているとはいえ、謀反を起こそうという動きなどがあるわけではない。よって、特に見に危険が迫ることはないだろうと判断した。でなければ、お前を連れては来ない」

(私と一緒にいたいから、連れてきてくれたんだ)
曇り空が一気に晴れ渡るように、胸に嬉しさが広がった。

「そうだったんですね・・・・・・」

光秀「ああ。わかってくれたか」

「でも、私が式神っていうのは・・・・・・?」

光秀「元々はお前を式神と紹介する気はなかった。だが、雨宿りの中にお前の話を聞き、ふと思いついたんだ」

(あっ、あの時の・・・・・・!)


・・・・・・

「もしかして、何かを思いついたんですか?」

光秀「ああ。お前のおかげで良い案が浮かんだ」

・・・・・・


「『良い案』って、それだったんですね」

光秀「ああ。インチキ勝負ではそれくらい大袈裟にやった方が良いだろうと思ってな」

(そっか。私の話が、光秀さんのアイデアに繋がったんだ)
少しでも役に立っているようで嬉しくなる。頬を緩めると、光秀さんはどこか優しい眼差しを私に向けた。

光秀「・・・・・・黙ったままで悪かったな。お前のことを信頼しているからこそ、ついこうして巻き込んでしまった」

「いえ、一緒にいたいと思ってくれたのも、信頼してくれてるのもすごく嬉しいですから」

光秀「そうか」

(よし・・・・私も、式神を演じ切ってみせよう)

「光秀さん。今回の作戦、必ず成功させましょうね」

光秀「ああ、よろしく頼むぞ。ゆう」

「はい!」

頼られて気合いを入れながら頷くと、頬にするりと指が滑ってきた。そのまま顔が近づき、そっと額が合わされる。
(あ・・・・・・)

光秀「だが、今はふたりきりだ。ならば陰陽師と式神の関係ではなく、お前は俺の連れ合いだろう?」

「はい・・・・・・、んっ」

唇が重ねられ、すぐに熱が深くまで絡まり合う。鼓動を高鳴らせたまま、私達は束の間、ただの愛し合うもの同士として甘いキスを交わした。

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部屋で少し休憩したあと------

私達は大名の家臣に連れられ、野外舞台の下見へとやってきた。

光秀「随分と広い会場ですね。舞台も立派です」

家臣「ああ。この国のこれからの豊作を願う祭りだから、力を入れているのだ。祭りでは舞台上で、作物の出来などを予言する陰陽師の儀式がある。今回は特別に、その儀式に光明殿にも参加していただきたい」

光秀「承知しました」

家臣「儀式だが、この国の陰陽師と共に予言をして、実力勝負をしてもらうと主が仰っていた」

(え・・・・・・大名自ら、そんな飛び入り参加の人を自分の元にいる陰陽師と競わせようとするの?というか、実力勝負って言うけど、予言にそもそもそんな勝ち負けはないんじゃ・・・・・・光秀さんはどう考えてるんだろう?)
どこか妙な話に懸念が浮かび、隣を盗み見る。

光秀「・・・・・・」

(やっぱり、光秀さんも違和感を持ったみたい)

家臣「光明殿、何か不明点や質問は?」

光秀「いえ。大丈夫です」

家臣「そうか。では、私はこれで。あとは明日まで自由に過ごしてくれて構わない」

説明を終え、大名の家臣は去っていく。ふたりになると、私はすぐに光秀さんに向き直った。

「今の話、なんだかおかしいですよね」

光秀「ああ。予言の勝負も俺への対応もおかしいな。まるで、大名は機会があるならばあの陰陽師を下ろしたいと思っていたように感じられる」

「はい。私もそう思いました」

頷いたその時------

(ん・・・・・・?)
不意に視線を感じて振り向くと、祭りの準備をしている村人が、私達を訝しげな目で見ていた。

(一体どうしたんだろう・・・・・・?)
視線を気まづく思っているうちにも、光秀さんがにこやかに村人へと近づいていく。

光秀「こんにちは。何か私達にご用でしょうか?」

村人1「え?あ、いや・・・・・・」

村人2「その・・・・失礼ですが、貴方は本当に力のある陰陽師なんですか?」

村人は言いづらそうにしながらも、どうしても気になるのか尋ねてきた。

光秀「ええ。ですからこちらにやって来ました。何か、皆様には不安があるようですね。私でよければお話を伺いましょう」

村人3「はい、実は・・・・・・この国では、ある日急に大名が態度を変えて、年貢を増やしたんです」

村人4「そのせいで私達の生活が苦しくなって・・・・・・明日の予言こそが最後の頼みの綱なんです!」

村人3「あの陰陽師も素晴らしいお方だが・・・・・・あなたも力があるお方なら、どうか良い予言を与えてください」

村人達は皆、切迫した様子で光秀さんに訴える。

光秀「なるほど・・・・・・」

(・・・・・・予言に縋らなくちゃならないほど、この国の人達の生活が苦しくなってるんだ。光秀さんは、陰陽師が来てからこの国がおかしくなったって言ってたけど、村の人達はどちらかというと大名に不信感を持ってて、陰陽師を慕ってるみたい)
どこかちぐはぐな印象を受けて、首を傾げる。

(ってことは、陰陽師はむしろ民衆の味方なのかな。それで、邪魔に思った大名が追い出そうとして、無茶な実力勝負を・・・・・・?)
聞いた話から頭を巡らせていると、ふいに村人のひとりが私の方を見た。

村人1「そういえば、この陰陽師は式神を連れてたんだったな」

村人2「じゃあ、式神を見れば、この陰陽師の力もわかるんじゃないか」

(ええ!?)

村人の注目が一気に私へと向き、囲まれてしまう。

村人1「なあ式神さんよ、何か力を披露してくれ!」

(し、式神らしい振る舞いって、何が正解なの・・・・・・!?)
どうすればいいのかわからず、混乱していると------

光秀「・・・・・・皆さま、失礼」

「・・・・・・!」

光秀さんに、ふわりと身体を抱き上げられた。
(ひ、人前なのに・・・・・・!)

光秀「申し訳ございません。この式神の力はまだお見せできないのです。式神へ力を送るのは私なのですが、明日の本番へ向けてその力を抑えておりまして」

(そっか・・・助けてくれたんだ)
光秀さんは人の良い笑みを浮かべながら、私の頭をよしよしと撫でる。

光秀「ですから明日は、どうぞご期待ください」

村人1「なるほど・・・・・・力を送るのか」

村人2「確かに祭りの前だし、仕方ないな」

村人達は光秀さんの落ち着き払った穏やかな物言いに納得したようで、その場が収まった。

光秀「では、私達はこれで失礼します」

光秀さんは私を抱き上げたまま、すみやかにこの場から去っていく。
(・・・・・・さすがは光秀さん。上手くみんなを納得させたな。それなのに私は・・・・・・それらしいこと、ちっともできてない)

伝わってくる温もりの頼もしさに安堵しつつも、役に立てていない自分が不甲斐なく、深いため息がこぼれた。

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その日の夜------

光秀さんは明日の準備があるからと出て行き、私は部屋でひとり留守番をしていた。待っている間、本番で着るようにと用意された式神用の衣装を着てみる。
(すごい・・・急ごしらえしたものとはいえ、それっぽい。特にこの真っ白な羽織、薄紅色のラインが入ってるだけなのに、しゃんとした感じだ。でも・・・・でも格好ばかりしっかりしてても意味がないよね)

式神らしい自分の姿を鏡で見て、ため息をつく。
(光秀さんが完璧な計画を立てているんだから。壊さないように、私もしっかり頑張らないと)

気を引き締めていると、不意に廊下で誰かが怒っているような声が聞こえた。
(ん?なんだろう・・・・・・)

気になって、襖を少しだけ開けて覗くと------

そこには大名の家臣と例の陰陽師の姿があった。

陰陽師「あの素性も知れぬ男と勝負させるとは、どういうつもりだ!私の忠告を聞かなければ、この国には必ず災いが起こるぞ」

家臣「で、ですが・・・・・・」

陰陽師「何だ、この私に口答えをする気か。民には最低限のものを与えるだけで十分だと言っているだろう。搾り取れるだけ絞り取れば良い。この私がこの国の正だ。お前も、この国を呪われたくはないだろう?」

(え・・・・・・)
昼間に見た穏やかな様子とは一変し、怒鳴り声をあげている陰陽師の姿に、息を呑んだ。

(この国の大名は、この陰陽師に脅かされてたんだ。そして・・・村の人はみんな、この人に騙されてた。すぐにでも、光秀さんに伝えないと。こんな人だから、明日もきっと卑怯な手を使ってくるかもしれない)
気づかれないよう、そっと襖を閉めようとした時------

陰陽師「誰だ!」

「っ、あ・・・・・・!」

閉めかけていた襖が掴まれ、勢いよく開かれてしまう。

陰陽師「お前は・・・・・・あの光明とやらの式神か!」

(どうしよう・・・・・・部屋の中じゃ逃げ場がない。こうなったら・・・・・・!)

陰陽師「な・・・・・・っ」

私はとっさに陰陽師の脇を抜けて廊下へ出ると、そのまま一目散に駆け出した。

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走ること数分、まったく知らない場内を逃げ回っていたけれど・・・・・・
(っ、行き止まりだ・・・・・・!)

混乱していたせいで、つい上に登ってしまい、一つしかない部屋で行き場を失った。
(ここは天守・・・・・・?ってことは、外はせいぜい、突き出した板間と欄干があるくらいだ。飛び降りるわけにもいかないし・・・・・・どうしよう・・・・・・)

上がった呼吸が鼓動を乱して、焦りや混乱で頭の中は真っ白になる。こうしている間にも、陰陽師の怒号と荒々しい足音が迫って来ていた。
(光秀さん・・・・・・!)

どうにもならず、心の中で名前を呼んだ時------

???「ゆう!」