???「ゆう!」

聞きなれた声が、私の名前を呼び返したその時、背後の障子がすっと開き、来て欲しかった人がタイミングよく現れる。

光秀「やはりゆうか。何故ここに・・・・・・」

「み、光秀さん・・・・・・!?」

驚いている間にも、陰陽師が部屋の中へ入ってきた。

陰陽師「ようやく追い詰めたぞ!・・・・・・っ」

陰陽師は光秀さんまでこの場にいることに驚き、目を見開く。光秀さんはすぐに現状を理解したのか、私を背に庇うようにして前に立った。

光秀「私の式神に、何かご用でしょうか?すごい形相で入って来られましたね」

陰陽師「そ、それは・・・気のせいでしょう。それよりも、そちらの方と話をさせていただいても?」

光秀「いえ、許可できません。彼女は私の式神ですので」

笑みを堪え冷静な光秀さんに対し、陰陽師の顔が歪んでいく。

陰陽師「・・・・・・っ、何が式神だ。胡散臭い真似をしおって」

光秀「胡散臭い・・・・・・ですか。それはあなたにも当てはまるのではないですか?」

陰陽師「・・・・・・何?」

陰陽師が怒りの形相を浮かべたその時------

大名の家臣たち「そこにいるのは何者だ!・・・・・・あっ」

騒ぎを聞きつけてか、城の人達が数人部屋に駆け込んできた。それを見て、陰陽師は怒りで赤らめていた顔をさっと袖元で隠す。

陰陽師「チッ・・・・・・。邪魔が入りましたね。幸運に恵まれたお方だ。まあ良いでしょう。明日、覚悟しておいてください」

私達にだけ聞こえるように言い捨て、陰陽師はそのまま立ち去っていく。

大名の家臣「陰陽師の方々がいたとは知らず・・・・・・失礼しました。光明殿、こちらで一体何を?」

光秀「・・・・・・いえ、大したことではありませんよ。明日の打ち合わせを、少々。では、私もそろそろ部屋に戻りますので、これで」

光秀さんは何もない素振りで、この場から私を連れ出した。

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そのまま借りている部屋へと戻ってくる。ふたりきりになると、私はすぐに光秀さんへ頭を下げた。

「あの・・・・光秀さん、ごめんなさい」

光秀「何故、謝る?」

(あ・・・・・・)
頭にそっと大きな手が滑り、優しく髪を梳く。どこかあやすような手つきに、鼓動が遠くなっていくのがわかった。

光秀「お前は何も悪くないだろう」

「でも。助けてもらって迷惑をかけたので・・・・・・」

光秀「迷惑なわけがない。そもそも、この件にお前を巻き込んでいるのは俺のほうだ。お前をひとりにして、危険な目に遭わせて悪かった」

優しい♡光秀さんラブ

「そんな・・・・・・!結果的に光秀さんが助けてくれたんですから」

光秀「ああ・・・・ああ偶然とはいえあそこにいて正解だったな。城の者に眺めが良いと言われ案内されていたんだ」

「そうだったんですか」

(光秀さんがいなかったら、今頃大変な目に遭ってただろうな)
ぷるりと背筋が震えて、その先を考えるのをやめる。

光秀「それよりも、何故あのような状況になった」

「はい、それは------」

私は光秀さんに、陰陽師が話していた内容や追われた時の事情を説明していった。話を聞いた光秀さんは、確信したように頷く。

光秀「・・・・・・なるほど、そうか。では、やはりあの男が黒幕だな」

「やはり・・・・・・?光秀さんは最初からあの人が怪しいと思っていたんですか?」

光秀「いや、初めはすべてに疑いを向けていた。だが・・・・・・色々とあってな。お前のおかげで、あの準備は無駄じゃなかったと確信できた」

(・・・・・・そういえば、光秀さんひとりで一体何をしてきたんだろう?)

「準備って、なんの------、っ!?」

ちゅっと、小さなキスで質問を途中で奪われる。

光秀「まあ待て。順を追って、ひとつずつ話してやる。明日はお前に活躍してもらうからな」

「私がですか・・・・・・?」

光秀「ああ。お前には------」

光秀さんは頷き、私にあることを耳打ちした。

「ほ、本気ですか・・・・・・!?」

光秀「俺は至って本気だ。明日はふたりで、最高の祭りを届けてやろう」

作戦内容に驚いている私に、光秀さんはどこか悪戯じみた瞳を湛(たた)えた。

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夜が明け、祭り当日------

いよいよ本番が近づき、緊張も大きくなってくる。
(光秀さんの計画が失敗しないように、上手くやらないと)

緊張で冷たくなった手を握りしめていると、いたわるように手が重ねられた。

光秀「緊張しすぎだ」

「っ・・・・・・光秀さん」

光秀「式神になりきれとは言ったが、難しく考えなくていい。お前らしくいることが一番だ」

(あ・・・・・・)
光秀さんの言葉にはっとし、固くなっていた肩からゆっくりと力が抜ける。

(そうか。無理をするんじゃなくて、自分らしく頑張ればいいんだ)

「はい」

自然と笑みが浮かんだその時、私のすぐそばを鳥がすうっと飛んでいった。
(あれ、あの鳥・・・・・・)

光秀「どうした、ゆう。行くぞ」

「あ・・・・・・はい!」

(とにかく今は、式神として頑張らないと)
気を引き締め、光秀さんと共に舞台に上がっていく。会場に集まった人々の注目が私達に注がれると、陰陽師の男が先に一歩前へ出た。

陰陽師「予言の前に、みなさんにお伝えいたします」

(え・・・・・・?)

陰陽師「こちらの『光明』という陰陽師は偽物。この地へ災いを招く者です」

「なっ・・・・・・!」

会場は大きくざわめき、全員の鋭い視線がこちらへと向けられる。
(酷い・・・・・・私たちを悪者に仕立てあげようとするなんて。どうやって撤回すれば・・・・・・)

想定外の展開に焦りが滲み、思考が上手く回らない。けれど、光秀さんは涼しげな顔で私の肩に手を置いた。

光秀「・・・・・・ゆう、落ち着け。何も問題はない。あの男とこの国のすべての民が的に回ったとしても、俺がいる」

澄んだ瞳で見つめられながら凛と告げられ、波立っていた気持ちが凪いでいく。
(光秀さん・・・・・・)

「はい」

私が頷くのを見届けた光秀さんは、村人達に向け大袈裟に肩をすくめてみせた。

光秀「とんでもない。私たちは災いを招くために参ったのではありません。むしろ・・・・・・その逆です」

光秀さんの言葉に村人達は混乱し、さらにざわめく。

「その証拠です」

私は光秀さんに続き、近くに置いておいた台から布を取り去った。

村人達「あ、あれは・・・・・・」

陰陽師「何・・・・・・っ!?」

布を取り払ったそこには、大量の米俵が置いてあった。

光秀「私たちは、この地を食らおうとする悪しき者を払い、豊作を予言するために参りました」

高らかに響いた声に、あたりがしんと静まり返る。
(みんな・・・・・・どっちを信じてくれるんだろう?)
様子を見守りながら、昨夜光秀さんに耳打ちされたときのことを思い出す。


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「あの陰陽師を名乗る男がかき集めた年貢の米を、隠している場所を見つけた。この国の大名の協力を得てな」

「・・・・・・! 大名が!?」

光秀「ああ。大名はあの陰陽師に、呪いなどを盾に脅され、好き勝手されていたそうだ」

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(だから・・・大名は今の陰陽師を追い払いたがってた。つまりこの作戦は、成功させなくちゃいけない。でも・・・・・・)
村人達はざわめき、陰陽師と光秀さんのどちらが正しいことを言っているのか迷っている様子だった。

(・・・・・・このままじゃ埒が明かない。他に、今の予言を裏付ける何かがあれば・・・・・・)
思考を巡らせているうちに、ふと先程自分の横を低く飛んでいった鳥の姿を思い出す。その時、額にぽつりと冷たいものを感じた。

(・・・・・・これだ!)
私は米俵に布を戻し、一歩前へ出る。

「皆様。もうひとつ、豊作の予言と共にお見せいたしましょう」

光秀「っ、ゆう?」

宣言と共に両手を上げると、雨がざあっと降り始める。それは戸惑う村人達のざわめきを洗い流すように、一気に天から降り注いだ。

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そのあと------

光秀「・・・・・・ゆう、大丈夫か?」

舞台裏で、濡れた前髪を光秀さんが長い指でそっと分けてくれる。

「はい。光秀さんが替えの羽織りを持って来てくださってましたし」

光秀「そうか。相変わらず、お前はたくましいところがあるな」

光秀さんは、私の額をさらりと撫でて笑んだ。優しい手つきと微笑みに、鼓動が速くなる。
(本当に用意周到だな。雨に濡れてどうしようと思ってたら、すぐに着替えを渡されてびっくりした・・・・・・)

一か八かのはったりは、見事民衆の信頼を勝ち取り、負けた陰陽師は舞台を降り立ち去って行った。
(大名も舞台に上がって、もう重い年貢を課さないって約束したし。望み通り、和解って形で解決出来たのは良かったな)

「光秀さん。ひとまず一件落着、ですかね?」

光秀「ああ。何かない限り、この国の民は年貢に苦しむことはないだろう」

(そっか。それなら良かった・・・・・・)
村人達の切迫した訴えを聞いたからこそ、安堵する。

光秀「年貢を重くした経緯に関しては、大名の名誉のためあえて民衆に伏せていたが・・・・・・あの場では民衆を味方につけられなかった場合は大名が事情を説明し、男の悪事を公表する手筈でいた」

「そうだったんですか」

光秀「ああ。だが、お前のおかげでそうせずに済んだ。お手柄だな。せっかくの祭りに、嫌な気分を引きずることになるのは面白くはないだろう。今聞こえるこの賑やかな声は、お前がもたらしたものだ」

「いえ、そんな。大袈裟ですよ」

(でも・・・・・・光秀さんの力になれたなら良かった。理想ばかり目指して背伸びするより、自分らしく頑張ってみる方が大切なんだな)
会場からは楽しそうな笑い声が聞こえてきて、皆の日常を守れたことに嬉しくなる。頬を緩めていると、隣でふっと笑う気配がして顔を上げた。

光秀「任務は無事に終わったな。ここからは、ふたり時間だ。お前に頑張った褒美をやらねば」

(あ・・・・・・)
腰を抱き寄せられ、ゆっくりと光秀さんの影に覆われていく。唇がそっと触れ合った時------

村人「光明様、式神様---?」

(わっ・・・・・・!)
急に村の人の呼び声が聞こえてきて、慌てて光秀さんから離れた。

(びっくりした・・・・・・!)

村人「ああ、こちらにいらしたんですね!よかったら会場で祭りを楽しんでください」

光秀「ああ。そうさせていただこう」

ドキドキと心臓が破裂しそうな私をよそに、光秀さんは涼しい顔で答えている。村の人が行ってしまうと、素早く耳たぶに口づけられた。

光秀「戯れは、あとでの楽しみにしておけ。今は祭りを堪能するぞ」

「・・・・・・っ、はい」

光秀「行こう」

光秀さんが笑顔と共に、私に手を差し出す。顔の熱さを感じながらも、私も笑みを返して目の前の手を取る。
(どっちも楽しみだなんて・・・・・・私本当に光秀さんのことが大好きだな)

握り合った手から感じる光秀さんの温度に胸を溶かされながら、祭り囃子や笑い声のほうへと一緒に歩き出した。