???「ゆう!」

聞きなれた声が、私の名前を呼び返した。

「あ・・・・・・っ!」

背後で障子が開く音がして、そのまま腕を掴まれ中へと引き込まれ------

光秀「しっ・・・・・・」

声を出しそうになった口元を、光秀さんの人差し指が押さえた。
(光秀さん!)

光秀「ゆう、お前の羽織を俺に渡し、奥に隠れろ」

(とにかく・・・・・・今は、光秀さんの言う通りにしよう)
こくりと頷くと、素早く脱いだ羽織を手渡し、私は天守の端に隠れた。そして光秀さんがその羽織を欄干の向こう側へひらりと放った時、ふたたび襖が開く。

陰陽師「女、逃げても無駄だ!------っ!?」

天守に入ってきた陰陽師は、光秀さんの姿を見て目を瞠(みは)った。

陰陽師「貴様・・・・・・どうしてここに」

光秀「私がどこにいようが、どうでもいいことでしょう・・・・・・それより、私の可愛い式神を追い詰めたのは貴方でしたか」

陰陽師「何が式神だ。あの女はどこにいる」

光秀「・・・・・・」

光秀さんが無言で欄干の向こうを指さすと、陰陽師はまさかといった顔で外を見た。白い羽織が、ひらひらと風で宙を舞っている。

陰陽師「そんな・・・・・・馬鹿な。本物だったのか」

光秀「ですから、初めにきちんとそう申し上げたでしょう・・・・・・よくも私の愛おしい娘を風に攫わせましたね」

陰陽師「っ・・・・・・!」

陰陽師は、顔色をみるみる青くさせていく。
(光秀さん、すごい・・・・・・!陰陽師に私が本物ね式神だって信じさせるなんて)

陰陽師「聞いてくれ、これには事情があるんだ」

光秀「そのような言い訳が通用するとでも?他者の目にも見えるような式神を操る難しさは、『本物の陰陽師』であるあなたならご存知のはずです。さて・・・・この詫びは、どのようにしていただこうか」

混乱する陰陽師に、光秀さんは目を細めながら詰め寄る。

光秀「貴方に代わりの式神を出していただきましょうか」

陰陽師「そ、そんなことは、私には・・・・・・」

光秀「ならば、この村の豊作のため贄(にえ)となってもらうのがいいでしょう。式神の力を考えれば、それでは不十分なくらいですが・・・・・・」

陰陽師「っ、ひ・・・・・・」

真っ青な顔で後ずさる陰陽師に、光秀さんは薄笑みをうかべまた距離を詰めた。

光秀「私はどちらでも構いませんよ。どうしますか?」

陰陽師「わ、悪かった!許してくれ・・・・・・!」

脅しにも似た光秀さんの台詞に、陰陽師は足をもつれさせながら逃げ出す。

けれどそれを追うことなく、光秀さんは私のほうへ歩み寄った。

光秀「怖い思いをさせなた。怪我はないか」

「はい・・・・大丈夫です。ありがとうございます」

(光秀さんのおかげで、助かった・・・・・・)
ほっとしながら、しばらく詰めていた息を吹き出す。

光秀「長らくひとりにしていて悪かったな」

「いえ・・・・・・!私が悪いので」

光秀「善し悪しはお前の話を聞いてから判断する。一体、何があったのか言ってみろ」

「はい、実は・・・・・・」

先程、陰陽師が廊下で話していた内容と、私がその話を聞いていたのが見つかってしまい、追いかけられたことを説明する。

「早く光秀さんに伝えなくちゃと思っていて・・・・・・」

光秀「・・・・・・なるほど、そうか」

光秀さんは頷くと、微笑んで私の髪を撫でた。

光秀「よくやった、ゆう。お前のおかげで、俺の中にある疑いがすべて晴れた」

「え・・・・・・?」

(疑惑すべて?)
首を傾げると、光秀さんは物陰のほうを向く。

光秀「嘘ではなかったようだな。もう良い。出てこい」

大名「ええ。私が嘘をつくことなどありません。光秀殿」

「・・・・・・!」

物陰から出てきたのは、この国の大名だった。
(っ・・・・・・私達の正体がバレちゃったの!?どうすれば・・・・・・)

焦って光秀さんを見ると、大丈夫だと言うように頭をぽんと撫でられた。

光秀「心配はいらない。俺が自ら大名に正体を明かしたからな」

「え・・・・・・どうしてですか?」

光秀「昼間の違和感をふっしょくするため、事の詳細を尋ねたのだ。これまで民と良い関係を築いていたこの国の大名が、手のひらを返したことも、探りを入れたとはいえ内部情報がここまで漏れていることもおかしかったからな」

「そうだったんですね・・・・・・」

正体はもう知られていてもいいのだと知り、とりあえず胸を撫で下ろす。

光秀「やはりあの陰陽師の男こそが元凶であることはわかった。この地は大きな川が流れ、十分すぎるほどの作物がとれる。それゆえに目をつけられたようだな。そして・・・・・・このように調べが入るよう、こちらに情報を流したのもお前だろう」

大名「はい、おっしゃるとおりです。己の国に住まう民たちが苦しんでいる様を見るのは・・・・・・とても耐えられませんでした」

大名は心底申しわけなさそうに頭を垂れた。

大名「申し訳ございません、光秀殿。脅されていたとはいえ、此度の件は一国を担う私自身の弱さが生み出したもの・・・・・・何なりと、処罰を」

光秀「・・・・・・」

(・・・・・・一体、何て返すんだろう)
光秀さんは黙り込み、沈黙が落ちる。そして、わずかな間を置いたあと口を開いた。

光秀「処罰を決めるのは、俺でなく信長様だ。だが・・・・・・俺は今、ただの陰陽師だ。信長様にはお目通り叶わないかもしれんな。それに、もし叶ったとしても、『明智光秀』は結末のみを述べるだろう」

大名「結末、ですか・・・・・・?」

(どういうことだろう?)
すぐに意味を理解できない私達に光秀さんは頷いた。

光秀「ああ。信長様もお忙しい方だ。報告は簡潔にする。大名は陰陽師の悪を暴き、民の生活を元に戻した・・・・・・この結末が迎えられるか否かは、お前次第だ」

大名「・・・・・・!」

(大名の名誉を守ってあげるんだ・・・・・・!」

大名「も、もちろんでございます。必ず、すべて民に返します」

大名は恐縮した様子で、再び光秀さんへと深く頭を下げる。その姿は真摯で、嘘をついているように見えなかった。

光秀「そうか。ではこの始末は、お前に任せるとしよう。俺は陰陽師『光明』として、祭りを盛り上げねばな」

「え?・・・・・・っ」

突然、腰を抱き寄せられ、どきりとする。

「まだ陰陽師のふりをするんですか!」

光秀「当然だろう?せっかくの祭りを台無しにしてしまうのは勿体ない。乗りかかった船だ。最後まで成し遂げねばな」

愉しんでいるように、光秀さんは口端を上げる。
(確かに、皆が楽しみにしてるお祭りを台無しにするわけにはいかないもんね)
野外舞台の下見をした時、『この国の豊作を願う祭りだから力を入れている』と言われたことや、村人達が立派な祭り会場を作っていた姿を思い出す。
(こういう優しさも、光秀さんらしいな)

私も力強く頷き、光秀さんに笑いかけた。

「はい・・・・・・賛成です!」

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偽陰陽師の件が一件落着し------

その夜、私たちは部屋で寝支度を整えていた。

光秀「今日は色々あって疲れただろう」

「いえ、大丈夫ですよ。それより、光秀さんって本当に優しい人ですよね。大名の名誉も守るだけじゃなく、明日は皆のためにまだ陰陽師として舞台に出ますし」

光秀「あれはただの問題解決にあたっただけだ」

「それでも優しいですよ」

光秀「そうか。だが------」

「っ、ん・・・・・・」

光秀さんは指先で私の口を封じ、顔を近づける。

光秀「俺よりも、お前を褒めさせろ」

(え・・・・・・?)
言葉を呑んだ唇から指が外され、そのままゆるりと頬が手のひらに包まれた。

光秀「今回の件はお前がいたからこそ、すんなり事が運んだ。怖い思いをしたかもしれないが、証拠となる話も掴んできたし、お前のおかげで陰陽師としての力を信じさせることができた」

「そんな。私はむしろ、光秀さんの足を引っ張って・・・・・・」

光秀「それは、お前がそう感じただけだろう。現に俺はそのようには思っていない。そもそも、何かに張り切ったからと言って、必ず万事が上手くいくことはない。それでも、いつだってその心根を曲げないお前だからこそ、愛しているし信頼しているんだ」

「光秀さん・・・・・・」

柔らかい笑顔と言葉は心からのものだとわかり、嬉しさで胸にじわりと熱が滲む。
(光秀さんは、私の根っこをみてくれてたんだ。上手く役に立てないことに、落ち込んだり焦ったりしたけど・・・・・・足でまといにならないようにって考えるより、自分らしくまっすぐに頑張ろう)

私も自然と笑みが浮かび、頷いた。

「はい。じゃあ明日のお祭りは、私らしく頑張りますね」

光秀「ああ。・・・・・・では、そのためにも最後の仕上げだ」

「え・・・・・・何かまだあるんですか?」

首を傾げると、目の前の瞳がどこか愉しげに細められる。

光秀「お前には、ら『式神』として従順になってもらわなくてはいけないだろう?先程放ってしまった羽織は予備があるが、大切なのは恰好よりもその内面だ。それに・・・二度もお前が風に攫われることになっては困るからな」

「あ・・・・・・っ」

頬の手が髪に差し込まれ、後ろ首を引き寄せられながら口づけられた。戯れのように何度も唇が重なる中、身体が押し倒されていく。

「ん・・・・・・、ぅっ・・・・・・」

光秀「・・・・・・良い子だ。このまま愛を注いでやる。俺の元に繋ぎ止めていられるようにな」

「っ、はい・・・・・・」

(いつだって私は光秀さんに夢中だから、絶対に離れないけど・・・・・・こうして触れ合えるなら、少しだけ黙ってようかな)
与えられる甘い熱に、すぐに溺れながら、私はこのあとのふたりの時間に胸を高鳴らせた---------